第258話 人もエルフも分け隔てなく



 あらすじ。昼食中にウーラスト・ジル・フィールド先生が現れた。


「あ、どうぞどうぞ」


 突然のウーラスト先生にみんな驚く中で、ナタリアちゃんだけはニコニコ笑いながら、隣の席を引いた。

 先生は、「悪いね」と声をかけてから、ナタリアちゃんの隣に座る。


「なんだか注目浴びちゃってどこも座りにくくてね」


「ならなんでわざわざ女の子だらけのところに来たんですか。そもそも教員は教員用の食堂があるでしょう」


「あ、教育実習の身で教員の食堂は使えないよー、とか?」


「あはは、そんなことはないけれど。生徒との交流を深めようと思って」


 けれど、いざ食堂に来てみれば、思っていた以上に注目を浴びてしまって、立ち往生していた……とのこと。

 そりゃあ、学園どころか国のどこにもいないエルフが現れたんだから、みんな驚くよ。


 人によっては、エルフという特徴は知っていてもエルフを直接見るのは初めてじゃないだろうか。

 というか、初めての人が多いんじゃないかと思う。


「……ぁ」


 そんなことを考えていた。ふと視線をさまよわせ、ルリーちゃんを見た時。自然と声が漏れてしまった。誰にも聞こえてませんように。

 ルリーちゃんは、ウーラスト先生から視線を外すようにして、いつもより深めにフードを被っている。その理由は……すぐにわかった。


 エルフには"魔眼"という目があり、それは人の体内に流れる魔力が見えるのだという。そして、魔力は種族ごとに違うとも。

 実際、"魔眼"を持っているナタリアちゃんは、その力でルリーちゃんがダークエルフだと見抜いた。


 つまり……エルフ相手には、いくら顔を隠そうがルリーちゃんの魔力までは隠せないため、ダークエルフだとバレてしまうということ。

 それがわかったから、ルリーちゃんは……


「る……」


 私は、なんて声をかけたらいいのだろう。ここにルリーちゃんを留まらせるのはよくないと思うけど、あからさまに逃がすのも不思議に思われる。

 そもそも、ルリーちゃんの姿を見られたら終わりだ。ルリーちゃんが席を立てば、反射的にそちらを見てしまう。


 あるいは。ルリーちゃんが被っている、フード……認識阻害の魔導具の効果が、エルフの"魔眼"にも通用する、というのを、願うしか

 ……いや、それだとそもそもナタリアちゃんにバレることはなかったよな。


 そんな私の気持ちが伝わったのか、ルリーちゃんは問題ない、とジェスチャーを送ってきた。


「ところで、先生はウーラスト・ジル・フィールド……でしたよね」


「そうだよ。というかというか、先生はくすぐったいんだけどな」


「生徒からしたら教育実習生でも先生みたいなものですよ」


 わりと積極的に、ウーラスト先生に話しかけているナタリアちゃん。新しい先生に興味がある……というよりは。

 先生がエルフだから、話しかけているって感じかな。


 ナタリアちゃんは、とあるエルフに命を救ってもらい、そのときに"魔眼"を受け取った。あ、"魔眼"をもらったから助かったんだったか。

 だから、エルフ族に対しては親しみのようなものを覚えているのかもしれない。


「まあまあ、好きに呼んだらいいけどね。

 で、オレオレの名前がどうしたって?」


「どうした、と言うほどでもないですが。

 フィールドはわかるんです、グレイシアさんの弟子だと言うなら。けれど、"ジル"は?」


 ナタリアちゃんの疑問、それは私も正直気になっていたところだ。

 人の名前っていうのは、基本平民、貴族に分けられる。例えばルリーは平民、クレア・アティーアは貴族、といった感じだ。


 それ以外だと、ゴルドーラ・ラニ・ベルザみたいに王族の人に、真ん中に名前が入っている。

 ラニっていうのは、この国の一番最初の王族だとかなんとか。


 で、そういう長い名前だってことは……


「もしかして、先生も王族?」


「はは、違う違う」


 笑って否定された。どうやら王族ではなかったらしい。

 先生は、自分のご飯を食べながら、うーんと首をひねっていた。


「ジルってのは、昔世話になった人にもらった名前というか……いやいや、違うか。

 オレオレが世話になって、尊敬してた人の名前を、使わせてもらってんの」


「……尊敬してた人? 師匠じゃなく?」


「グレイ師匠はもちろん、一番尊敬してるよ。エルフの中でね。

 けど、ジルは……人間だよ」


 お肉を食べていくウーラスト先生は、懐かしいものを思い出すように、目を細めていた。

 その言葉の内容に、驚いてばかりだ。尊敬してたエルフはともかく、人間でそういう人がいたなんて。


 じゃあ、ジルは人の名前、フィールドは師匠の名前……ということだよな。

 それも、師匠と同じくらいに尊敬している人の、名前。


「へぇ、なんだか興味深い話ですね」


「お世話になった人だよ。もう何十年も前のことだけどさ。ま、今でもちょいちょい会ってるけど。

 平民だったけど芯が強くて、エルフであるオレオレにも分け隔てなく接してくれてさ」


 だから、自分も人間を深く知りたくなってここに来たのだ……と、ウーラスト先生は言う。そして、理由は他にもあるけどね……と。

 エルフにも分け隔てなく接して……か。そういう人は、案外どこにでもいるのかもしれない。


 こうして、楽しいお昼休みの時間は、あっという間に過ぎていく。

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