第233話 ホントになにも知らない



「とにかく、俺はルリーに会うつもりはない」


 私から顔をそらして、ルランは言う。本人にこうまで会うつもりがないのから、私がこれ以上言っても無駄か。

 会うつもりがないのなら、ルランが生きてる……ということだけを教えても、ルリーちゃんを余計に混乱させるだけだし。


 私と会ったなら、なんで自分とは会えないんだ……と、なりかねないもんな。


「はぁ、意固地だなぁ。なんか、そういうとこルリーちゃんとそっくりだ」


 ルリーちゃんも、ああいう性格だけど実は頑固な一面もあるもんなぁ。そういうとこ、やっぱり兄妹なんだなぁ。

 まあ、これ言ってルランがどう感じるかはわからないけど。


 さて、ちょっと話が脱線しちゃったけど……


「レジーを、どうしよっか」


 最初の問題。捕まえたレジーを、どうするのか。

 最終的に殺しちゃう……のは、物騒だとはいえ。ルランの気持ちを考えれば、頭ごなしに否定もできない。ただ今のところは、情報を、引き出したい。


 でも、情報を引き出したら殺しちゃうなら、レジーが素直に情報を吐いてくれるかどうか……


「ただでさえ、めんどくさい性格してるのにね」


「……なにを考えているかは知らんが、声に出てるぞ。予想もつく」


「おっと」


 とっさに口をふさぐけど、もう遅いようだ。

 めんどくさい性格してるレジーが素直に情報を吐いてくれれば楽なんだけど、まあそうもいかないよねぇ。


 そんな中、今まで黙って静かだったレジーが……肩を震わせて、笑い出した。


「くく……くひひひ……」


「! なにを笑っている」


 喉から絞り出すような声……くくく、と笑うレジーの表情は見えない。けれど、なにかがおかしいのだろう。

 でないと、こんな笑い方はしない。


 念のため警戒するけど、手首は縛られているし、壁にもたれさせる形で座らせている。下手な動きはできないはずだ。


「いやぁ、さっきからずいぶんと余裕だなと思ってね」


「……余裕?」


 なにを言っているのだろう……余裕もなにも、もう戦いは終わったのだ。レジーは捕まえたたし、魔獣も倒した。もう敵はいない。

 警戒するものはなにもないんだ。


 ……なのに、どうしてこうも、さっきから胸の中のざわざわは大きくなるのだろう。


「なにを企んでる?」


「いやなにも。アタシは捕まって、オミクロンも倒された。アタシに企みがあったとしても、もうなにもできねえさ」


 やけに、聞き分けがいいというか、素直というか……ただ、そんな態度を取られると不安になるというもの。

 それとも、レジーはただ私たちを不安にさせて……疑心暗鬼にさせたいだけ、とか。実際は、なにもないのに。


 不安にさせて……なにかあると、思わせて。この場に留めることが目的? なんのために?

 ……時間稼ぎのために?


「この国にダークエルフが、少なくとも二人はいるのがわかった……それがわかっただけでも、充分な成果さ」


 負け惜しみ、というわけではない。まるで勝ち誇ったようなその顔は、本当にそう思っている。これが、充分な成果だと。

 成果って、誰にとってだ? レジーと……他にも、仲間がいるのか。ならばそれは誰だ?


 ……ルリーちゃんたちの故郷を襲った、人間たち?


「ねえ、私ルランたちの身に起こったことは、ルリーちゃんから聞いて……誰に襲われたのかは、知ってるんだけど、さ。

 もしかして、エレガやジェラって人間は、まだ生きてるの?」


「……あぁ」


「じゃあ……あの話って、どれくらい前のこと? 十年前とか?」


「いや……五十年は近いかもな」


 レジーに仲間がいるとするなら、それは同じ黒髪黒目のあの人間たち。そして、それはどうやら間違ってはいない。

 エレガ、ジェラと名乗った人間たちが、いったいいつルリーちゃんたちの故郷を襲ったのかは正確に聞いていなかった……


 それが、ルランの口から明かされる。五十年も、前のことだと。


「え……そんな、前なの?

 じゃあ、エレガもジェラも、生きてたらおじいちゃんやおばあちゃんに……」


「……アンタ、ホントになにも知らないんだね」


 思いもよらない年月の大きさに、私は動揺してしまう。だって、五十年だよ?

 そんなの……途方もない年月に思える。エルフ族は長寿だし、見た目はあまり変わらないとはいえ、そんなに……


 それに、人間なら青年がおじいちゃんになるような年月だ。ルリーちゃんの話だけならわからなかったけど、夢で見たジェラたちは十代後半から、二十代前半という感じだった。

 それでまだ生きているなら、もうおばあちゃんとかになっている。


 そんな私の言葉に、レジーは理解不能だ、といった表情を浮かべる。

 ……なんで、そんな顔をするんだ?


「あいつらは……今も、生きている。あのときの、姿のままで」


「へ……?」


 困惑している私に、ルランがさらなる言葉をぶつけてくる。姿があのままって……言葉通りに受け取れば、いいのかな?

 だとしたら、五十年は経ってるのに、エレガとジェラは当時と姿が変わってない、ってこと?


「あの件のあと、偶然あいつらを見かける機会があった。俺も目を疑ったが、あいつらは当時のままの姿だった」


 あの件、とは、故郷が襲われたあとの話だろう。五十年も時間があったんだ、どこかで彼らを見かける機会があった。

 その姿が、以前と変わらないものだった。ルランも信じられないと言った表情を浮かべているけど……


 だからルランは、執拗にレジーを狙っていたのか。あのときと姿が変わってないのなら、今もどこかに居る、と。

 ただ、エレガやジェラ、レジーは人間族だ……長寿のエルフや、一部の獣人や亜人にも寿命が長い者はいる。


 でも……ただの人間が、五十年も見た目が変わらないなんて、そんなことあるのだろうか。それに……レジーの、私に対する言葉の意味って……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る