【追憶編】世界中の嫌われ者が消えた日
「あそこかぁ、ダークエルフのいる森っていうのは」
遠くに見える、大きな森……ダークエルフの住まう森を見つめ、黒髪黒目の特徴を持つ人物……エレガは感心したように声を漏らした。
ここから見ても大きいとわかるのだ、さらに近づけばいったいどれほどに大きな森だというのだろうか。
正直な話、森に入ってダークエルフを一匹一匹見つけ、処理していくのは面倒だが……
「なぁ、あの森燃やしちまえばいいんじゃねぇの?」
「あんたねぇ……相変わらず乱暴というか、考えなしというか、脳筋というか、バカというか……」
「おい」
獰猛に笑うエレガに対し、呆れたように言葉を漏らすのは同じく黒髪黒目の人物、ジェラ。もはや罵倒に近い言葉を漏らし、エレガを見つめた。
その瞳には、哀れみが浮かんでいた。
「あんたがバカだってのは、昔からわかってたけど……」
「お前なぁ……」
ジェラの言い様に、エレガは額に青筋を浮かべた。明らかに自分をバカにされたような言葉を並べられ、冷静でいられるわけがない。
そしてこの短気さこそが、エレガの短所だと、ジェラは理解していた。
「あんな広い森を燃やしたら、全部燃え広がるまでにどれだけの時間がかかるか。
その間に、逃げるダークエルフが出てきたらどうするの」
「んなもん、中に入って一人一人殺してても同じことだろうが」
あれだけ広い森の中にダークエルフが住んでいる以上、少人数の自分たちがダークエルフを打ち漏らす可能性は高い。
ただでさえそうだというのに、火なんて放てばたちまち、森の中は火の手や煙で前も後ろも見えなくなってしまうだろう。
そんな乱暴な手段を取ってしまえば、大多数のダークエルフは殺せても確実に打ち漏らしが出る。
「だったらさぁ……周りを私たちが囲んどいて、逃げてきたダークエルフは私たちで殺せばいいんじゃない?」
「えー、それってアタシも含まれてんの?」
言い争うエレガとジェラの間に割って入ってきたのは、黒髪黒目の少女。さらにその隣に、げんなりとした表情を浮かべる、黒髪黒目の人物レジーが立っていた。
レジーの態度とは裏腹に、少女は揚々とした様子で言う。
「逃げてきたダークエルフを、怯えたダークエルフをオイシクいただく……はぁ、考えただけでたまんない!」
「この変態暴食家が」
「怠け者には言われたくないんですけどぉ〜?」
「てめっ……」
「はいはい、そこまで」
エレガとジェラの言い合いを止めに入ったはずの少女がレジーと険悪になる。その雰囲気に、ジェラはため息を漏らし、パンパンと手を叩いた。
ここで言い争いをしていても意味などない。それに、残りの三人も今、作戦を実行に移している頃だ。
ダークエルフの殲滅は、大きな意味がある。世界の嫌われ者ダークエルフを殺したところで、誰も困ることはない。いなくなったところで、誰も困らない。
そして、いなくなるからこそ意味がある。
「世界中の嫌われ者……なら、消えることで私たちの役に立ってよ」
その脚は、一歩一歩森へと向かっていた。この世界では珍しいとされる、黒髪黒目を特徴に持つ四人の人間。
彼らが狙うのは、ダークエルフの殲滅。そのために、魔獣も用意した。
その悪意に、ダークエルフたちは気づかない……いや、もしかしたら邪精霊は、いち早く気づいていたのかもしれない。
しかし、その異変は、ダークエルフへと伝わりはしない。
「こいつが結界ってやつか」
森の手前まで来て、エレガが上空を見上げる。そこに、目に見えるものはない……だが、感じることはできる。
ダークエルフの感覚を鈍らせ、かつダークエルフの放つ魔法を無効化する結界。
エレガにとって結界は専門外だが、こういうのに詳しいやつがいてよかった。
ここまで歩いてくる最中に決めた打ち合わせを、彼らは確認する。
「じゃ、俺とジェラで森に入る。森を燃やす。そっから外へ逃げようとしたやつを、お前らが処理する」
「……どうしても燃やしたいのね」
「こんなどでかい森を燃やすのはロマンだろ!」
「はぁ……」
もはや、ジェラに言い返す気力はない。やりたいようにやらせてやることにする。
果たしてこの二人だけで、森から出てくるダークエルフすべてを処理できるのか疑問はあったが……まあ、それは森を燃やそうが燃やすまいが同じことだ。
本当なら、森から逃げられないような結界でも作れればいいのだが、そういう技術はない。
あくまでも、ダークエルフの魔導に対するもののみだ。
「んじゃ、行きますか」
「えぇ」
森へと、一歩足を踏み入れて……エレガは、パチンと指を鳴らす。
その瞬間……森に、雄叫びが響いた。重く、心の臓に響くかのような、獰猛な雄叫びが。
名はアルファ。白き肌を持つ巨大、魔獣だ。まずはこいつに暴れさせ、ダークエルフの戦力を削ぐ。大多数は魔獣討伐に繰り出すだろう。
手薄になったところを、エレガとジェラが叩く。さらには魔獣ミューも共に、暴れさせる。
火の手があがり、ダークエルフは逃げられなくなる。結界の影響で、魔法の効力は無効化される。火の手と、魔法の使用不可が、彼らから判断力を奪う。
そうなれば、いかに森の精霊エルフ族といえど、烏合の衆と成り果てる。
「さあて、ダークエルフ狩りの始まりだ」
にやりと笑うエレガ、そしてうっすらと笑うジェラ。逃げ延びようとするダークエルフを捕らえるべく待機する少女、レジー。
魔獣が森を、ダークエルフを蹂躙し、ダークエルフはその悪意に飲まれていく。
ある者は魔獣に殺され、ある者はエレガに、ジェラに殺され。ある者は逃げようとしたところをレジーに殺され……
怒号が、悲鳴が、叫びが、あらゆる感情をないまぜにした声が轟いた。それは果たしてどれほどの時間だっただろうか。
……この日、数少なくも懸命に暮らしていたダークエルフの、彼らの住む森は焼失し……ダークエルフたちもまた、その多くが失われた。
しかし、すべてがエレガたちの思いどおりではなかった。魔獣のうち一体は倒され、見張っていたはずの少女は退屈だからと森に入ってきて……
なにより、数人のダークエルフを逃した。
それから五十年もの年月をかけ、生き残りを探し確実に殺していき……ようやく、見つけた。
あのとき対峙した、ダークエルフを。
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