第223話 激化する戦場



 氷の槍を放ち、それが魔獣の体に突き刺さっていく。魔獣の皮膚は硬く、氷の槍は触れても砕けていく。

 だけど、目は柔らかいのか、普通に氷の槍は突き刺さる。ダメージはイッているようだ。


 ただ、槍が突き刺さる度に奇声を上げるのは、勘弁してほしいけど。


「でも、これなら……」


 私はこれまで、魔獣を一人で相手した経験はない。まあ、魔獣なんてそうそう出くわすものでもないんだろうけど。

 師匠と二人だったときは、危なげなく対処できた。その後、魔導学園に現れた魔獣は、ルリーちゃんと先生のフォローがなければどうなっていたかわからない。


 でも、今は本当に私一人しかいない。ちゃんと対処できるのか……わからないけど、やるしかないんだ。

 皮膚は硬くても、目には刺さる。しかも、目は体中にある。攻撃は当てやすい。


 これなら私一人でも……


「オォオオオオン!!」


「っ!?」


 まるで怨念の塊のような奇声……それが響いた瞬間、魔獣の体に変化が訪れる。

 無数の目が……すべてではないけど、涙を流し始めたのだ。それが涙かは議論の余地があるかもしれないけど、そこが目で、目からなにか流れている以上、それは涙と言うしかない。


 もしかして、痛くて悲しんでる? 魔獣にそんな感覚があるのか分からないけど、痛くて泣いているというのがしっくりくる。

 でも、涙を見せられたところで、私は攻撃の手を緩めるわけには……


「……へ?」


 私の心の中に、ちょっとだけ「こいつどうしよう」感が生まれてしまった。けど、それはすぐに間違いだったと思い知ることになる。

 なぜなら、目の前で、目を疑うような光景が起こったから。


 魔獣が流した涙……それは重力に逆らうことなく、体を流れ、やがては地面に到達したわけだけど。

 涙の触れた地面が、じゅわっ……と音を立てて、溶け始めたのだ。


「いや……いやいやいや!?」


 それを見て私は、焦りを覚える。複数の目から流れる涙は、結構な量だ。それが、地面へと流れ、溶かしている。

 信じられない光景だけど、信じるしかない。そして、このまま見ているわけにもいかない。


 まずは、涙を流している目を潰す! そのために、氷の槍を生成し、一斉に放った。

 目を突き刺し、今度は開かなくなるまで深く突き刺す。そうすれば、涙も流れないはずだ。


 けれど、そううまくはいかない。放たれた氷の槍は、目から放たれたビームにより砕かれてしまう。


「泣いてる目からも出せるのかあれ……!」


 このままビームをあちこちに撃たれても、涙が流れても、被害は大きくなる一方だ。

 だったら……ちょっと、試してみるか。


「ぬぬぬ……」


 自分の魔力を高めていく。魔導を使うため、イメージする。自分がやりたいことを、頭の中でイメージしていく。

 魔獣の目が光っている。急げ。でも焦るな。


 イメージするのは、魔獣を閉じ込める……檻のようなもの。魔獣の攻撃を閉じ込める、もの!


「せいや!」


 こんな使い方を、したことはない。それでも私は必死にイメージして、杖を振るう。

 直後、魔獣を囲うようにしてドーム状のバリアが張られる。魔獣のビームは、バリアに阻まれ外へ出ない。


 あの涙の被害も、今以上には広がらないはずだ。


「へー、魔導ってそんな使い方もできるんだね」


 感心したように声を漏らすのは、魔獣を呼んだ張本人。ランノーン。

 こいつ、魔獣に加勢することもできただろうに、わざと手出ししなかったな? どういうつもりだ。


 そんな私の疑問を知ってか知らずか、ランノーンは続ける。


「いやぁ面白いよ! たった一人で魔獣をどうやって相手するのか、興味がある!」


 ワクワクした表情で、言った。その姿だけ見るなら、まるでおもちゃを買ってもらった子供のよう。

 この野郎、これを遊びがなにかと勘違いしてないか?


「魔獣は封じた! 次はあんただよ!」


「封じたぁ? おいおい、まさかこの程度で、オミクロンを仕留めたと思ってるんじゃ……」


「死ね!」


 余裕のあるランノーンに、私は杖を向ける。それでもランノーンは表情を崩すどころか、得意げに笑うけど……

 そこに、誰かの声が、した。それは、明確な殺意にあふれたもの。


 殺意の乗った刃が、ランノーンへと振り下ろされる。ランノーンは、それをかわして、後ろに下がりつつ自分を襲った人物を見る。

 それは……


「っ、はは! まさか本当に、ダークエルフが釣れるとはな!」


「! る、ルラン!?」


 そこにいたのは、銀色の髪を揺らし、緑色の瞳を殺意で鋭くしたダークエルフ……ルランの姿だった。

 私は思わず、周囲を確認する。周囲は、魔獣から逃げる人々ばかりで、こちらに気を向けている人はいない。


 ダークエルフが現れたと、バレてはいないんだろうけど……


「な、なんで……」


 思わず聞いてしまったけど、そもそもこれはダークエルフをおびき出すためのものだ。

 ダークエルフの故郷を襲った、白い魔獣。それと同系統のものを暴れさせれば、ダークエルフが出てくるんじゃないか、というもの。


 おまけに、魔獣を操っているのは……


「黒髪黒目……貴様、奴らの仲間か!」


 魔獣と同じくダークエルフの故郷を襲った、黒髪黒目を持つ人間と、同じ特徴の人間だったのだから。

 ルランは、人間を恨んでいる。だから、無差別に"魔死事件"を起こしていた。


 でも、一番許せないのは……


「そうだ、って言ったら?」


「殺す!」


 自分たちから故郷を、仲間を奪った、その相手だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る