第222話 現るる魔獣



 地中から地上へと出てきたのは……巨大で強大な存在。

 オミクロンと呼ばれたそれは、間違いなく魔獣だ。見てわかる……あんなのモンスターの範疇で収まるものじゃない。


 こんな場所に、魔獣が出てくるなんて誰も予想していない。地鳴りに悲鳴を上げていた人たちは、その矛先を魔獣へと変える。


「な、なにあれぇええ!?」


「モンスター……いや、魔物か!?」


「逃げろ、逃げろぉおおお!」


 騒ぎはいっそうに、大きくなる。私とランノーンのただの喧嘩だったのが、魔獣が出てくる事態にまで発展したのだ。

 この場は一気に騒然となり、魔獣から離れるように人々は逃げていく。体は動くようになったみたいだ。


 白い巨体……大きな建物くらいの巨体だ。コーロランのゴーレムと、どっちが大きいかな。

 手足がある、腰のくびれもある、巨大な胴体だけでシルエットは人だ……首より上がないことを除けば。


 巨体に顔と思われる箇所はない。首もないため、首から上を切り落とされたんじゃないかという印象を受ける。

 もちろん、そんなはずもないけど。


「はははぁ! 逃げろ逃げろぉ! そして出てこいダークエルフ!

 てめえらの故郷を滅ぼしたのと同系統の、魔獣がここにいるぞ!」


 逃げ惑う人々を見て、ランノーンは愉快げに笑っている。こんなところに魔獣が出てくれば、こうなるとわかっていただろうに……

 いや、わかっているからこそ、笑っているのか。


 それに、こいつ……ダークエルフを、おびき出そうとしている。あのときの魔獣と、同系統だって。

 悪趣味……!


「思い通りにはさせないよ!」


 なんにせよ、このまま魔獣を放置しておくわけにもいかない。どういう理由か知らないけど、ランノーンが魔獣を操っているってことだ。

 どっちだ……ランノーンを止めるか、魔獣を止めるか……?


 私は素早く、太ももに差していた魔導の杖を抜き、考えた末に魔獣に向けて構える……


「……!?」


 その瞬間……ギョロリと、無数の目が、視線が、私の体を突き刺した。

 魔獣の胴体、腕、足……全身から、目のようなものが開いた。いや、気持ち悪!


 学園に出てきた魔獣は、首から触手出てたりお腹が口みたいに開いたりしたけど、魔獣ってみんなこうなの!?


「って……ちょ……ちょちょちょ!?」


 魔獣の気持ち悪さに唖然としていたが、なんかヤバい雰囲気を感じる。なんでかって? だってヤバいから!

 私を見ている無数の目が、一斉に光りだしたんだもん。なにあれ、なんで目が光ってるの! そもそもあれ目なの!?


 まばたき一つもできない状況……変化は突然だった。カッと光ったかと思えば、目からビームのようなものが放たれる。

 それも、無数の目から放たれるので、無数のビームだ。それが、一斉に私を狙っている。


「うわぁ!?」


 とっさに身体強化の魔法で、脚を魔力強化。その場から飛び退き……直後、ビームが当たる。

 私の立っていた場所は、抉れてしまっていた。焼けたのだろうか、周辺が焦げている。


 焼けて抉れるって、どんな威力だよ……!


「いーい反射神経だねぇ。

 でも……これなら、どうかな?」


「! え、ちょっと……待ってよ……」


 ケラケラと笑うランノーンは、指を鳴らす。すると、魔獣の無数の目は、それぞれに視線を動かしていく。

 その先には、いろんなものがある。空があったり、建物があったり、逃げ惑う人々がいたり。


 さっき、あの目からビームが出た。それは、目線の先にいるものに向けて放たれるのだろう。

 今、無数の目はあちこちに向いている。一つの場所しか見れないなんてことはなく、一つ一つの目がそれぞれ別の場所を見ている。


 ということは……目線の先に、あちこちにビームが放たれるってこと!?


「ちょっ、やめてよ! やめさせてよ! 無差別にあんなビームを撃ったら……」


「たくさん、死ぬかもなぁ。面白いだろ!?」


 だめだ、聞く耳を持たない! かといって、さすがにあちこちに撃たれるビーム全部を対処なんてできない!

 だけど、やるしかない……!


「はっ!」


 私は、助走をつけてその場からジャンプをして……浮遊魔法で、一気に空を駆ける。あえて、魔獣の真ん前に。

 私の存在を、魔獣に釘付けにする。他の場所に目移りなんてしまいように!


「ひゅう。へぇ、飛べんのか」


「せいや!」


 いくつかの目がこっちへ向いたのを確認して、私は無数の氷の槍を創造。それを、魔獣の無数の目へと放つ。

 無差別に、だけど狙いは確実に。全部が全部当たったわけじゃないけど、それでもいくつかの氷の槍は魔獣の目を突き刺す。


 ぶすり、と嫌な音が聞こえ、それが魔獣のものだとわかっていても目に槍が突き刺さるのは痛い光景だ……


「ギィアァアアアアアアアアアア!!」


「……っ!?」


 その直後、耳をつんざくほどの悲鳴……いや、奇声が響く。その声とも音ともわからないものに、手にしていた杖を落としそうになる。

 なんとか耐えて、耳を塞ぐけど……まったく、効果がない。


 うる、さっ……なに、これ……!

 あの魔獣の奇声だよね……いや、でもどっから声出てるの。首から上はないし、学園に現れた魔獣みたいにお腹に口があるわけでもないし。


 目に槍が刺さって痛がっている……ということなんだろうけど。ちゃんと効いているってことなんだろうけど……


「って、やば……!」


 気づいたときには、複数の目が私を捉えていた。私に注意を向けることには成功したけど、まさかこんな状態なんて……!

 光る目、それに注意して私は、地面……じゃなくて空中を蹴って飛ぶ。直後に、無数のビームが放たれた。


 こうして飛んだのは、魔獣に気づかれやすくするため。そして、空中ならば被害が少なくなると考えたからだ。飛べば、自由に動けるしね。


「っ、せりゃ!」


 ビームを避け、弾き……攻撃が効くなら好都合だと考えて、私はさらに氷の槍を撃ち込んでいく。

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