第221話 ダークエルフを殺す者



 銀色の髪は、黒色へ……緑色の瞳は、黒色へ。尖っていた耳は、普通の耳へ……

 背格好こそ変わらないけど、決定的にその姿が変わっていく。ダークエルフでも、エルフでもない。


 間違いなく、人間。それも……


「あいつらと、同じ……」


「てか、さっきからその口ぶり、なんなの? ホントに知り合いなんじゃないの」


 この人が、自分のことをダークエルフと認識させたり、人間と認識させたり……今だって、私に黒髪黒目の人間だと、認識させているだけの可能性はある。

 でも、なんでだろう……今の姿が、彼女の本当の姿だと、思えた。


「……私が、一方的に知ってるだけだよ」


「一方的ぃ? あぁ、ダークエルフのお友達がいるんだっけ。なら、ソイツから聞いたわけだ。

 どんな風に故郷が滅んだのか、仲間が死んだのか、ちゃんと聞いたの? なんなら、アタシが事細かに話してやろうか?」


「……!」


 ケラケラと笑う、そいつの顔を見ていると……勝手に体が動いた。

 一定に空いていた距離を詰め、魔力で強化した拳を、そいつの顔面へと叩き込む。


 だけど、隙を突いたはずの攻撃は、安々と受け止められてしまった。拳が手のひらに打ち付けられ、パァンッと乾いた音が響いた。


「おーこわ。そんなかっかすんなよ」


「くっ……」


「お、おい、なんだあれ?」


「喧嘩かしら?」


 余裕を浮かべるその表情が腹立たしくて、逆の手を握り締める。だけど、周囲の声が聞こえ、一瞬躊躇してしまう。

 そうだ、今は別に、人払いの結界が張ってあるわけじゃないし。ランノーンだって、認識を変えているだけで見えていないわけじゃない。


 ここで暴れれば騒ぎになる……そう思ってしまった矢先、額に鋭い痛みが走った。


「っ、いった……!」


「おいおい、感情任せに突っ込んできたなら、余計なことは考えちゃだめだろ?」


 一瞬別のことに気を取られた隙に、ランノーンに反撃をくらってしまった……!

 たまらずその場でよろけてしまうと、受け止められていた拳を無理やり振り払われ、それを気にする間もなくお腹に膝を打ち付けられた。


「!? げぁ……!」


「ほらほら、どうした、やる気なんじゃないのか?」


 くっそ、感情任せに突っ走った結果がこれか……! 涼しい顔しやがって……!

 私は、お腹を守るように前かがみになり、後ろに下がりながら太ももに差してある杖に手を伸ばす……


 けど、手の先が杖に到達するより先に、手を蹴り上げられてしまった。


「っつ……!」


「ははぁ! やっぱ魔導士ってのは、魔導が使えなきゃ怖くもなんともねえな!」


 ダメだ、私の動きが読まれているみたい……! こいつ、戦い慣れしている。

 それに、まるで今までも魔導士を相手にしてきたかのような発言だ。魔導士は、魔導の杖さえ取らせなければ怖くない、か。


「ちょっと、まずいんじゃない?」


「だ、誰か憲兵を……!」


 周囲にも、異変が伝わったみたいだ。派手になっていく"喧嘩"に、騒ぎも大きくなる。

 ただ、ここで憲兵さんが来て、ランノーンを捕まえてもらえば……ダークエルフの故郷を滅ぼしたり、殺したってことがわかれば。周囲のダークエルフへの反応も、変わるんじゃないか。


 そう、思った……


「おいおい、野暮なことすんなよ……!」


 だけど、私の考えなんてきっと、筒抜けだったのだろう。いや、私のことなんて関係なかったのかもしれない。

 ランノーンは、手を天へと掲げると、凶悪な笑みを浮かべた。次の瞬間……違和感が、全身をめぐる。


「な、なんだ? 体が……」


「お、おい、動かねえぞ?」


「どうなってるの?」


 困惑した、人々の声。みんな、その場に固まったように動かない。いや動けない。

 それでも、意識ははっきりしているみたいだ。


 まるで、これから起こることを、じっと見ていろとでも言うように。その上で、邪魔するなと言うように。


「っ、なんのつもりか知らないけど……!」


 私は、体は動く。だから、なにをしようとしているか知らないけど、ランノーンを止められるのは私だけだ。

 魔導士ってのは、魔導に頼り切りな人もいるけど……体術も鍛えてこそ、真の魔導士だとは師匠の言葉だ。


「さっきは油断したけど……」


 集中しろ。さっきは感情的になっちゃったけど、落ち着くんだ。

 ルリーちゃんになにかするつもりなら、許さない。許さないままに、落ち着いてあいつを捕まえる!


 もう一度、懐にまで距離を詰めて。今度はフェイントを交えながら、確実にダメージを与えていく。

 まあ、私の場合考えながら動くと動きが鈍る、って師匠に言われたことがあるから、あくまで筋道を立てるだけ……


「ん、なんか揺れてる……?」


 ふと、地響きを感じた。それは私だけが感じたものではなく、周囲の人々も反応を見せている。

 動けない中で、次第に揺れは大きくなっていき……立っているのも、やっとなほど。動けない人たちは、良くも悪くも倒れられないけど。


 なのに、ランノーンだけは平然と立っていた。


「なにをしたの!」


 この状況で、平然と立っているなんて……彼女がなにかしたに、違いない。

 彼女は、くくっと笑って、私をバカにするように舌を出した。


「アンタのお友達のルリーちゃん……生き残りのダークエルフを消すのが、アタシの仕事だ。

 けど、この国にはソイツ以外にも、ダークエルフがいるだろう?」


「!」


「けははっ、アンタわかりやすすぎ! だからまあ……

 わざわざ探し出すのもめんどくさいから、全部ぶっ壊してやろうと思ってね」


 直後……地面が、盛り上がる。すぐ近く、一部が盛り上がり、それはだんだんと大きくなって……

 ついには、地面が割れた。


 なにかが、地面の中から、地上へと出てきたのだ。


「さあ、出番だオミクロン! 全部、ぶっ壊しちまいなぁ!」


「……っ」


 割れた地面の中から、姿を現したのは……見上げるほどの、巨体。

 全身が白く、ゴーレムを思わせる姿……でも、ゴーレムとは明らかに違う"意思"を感じる。


 こいつは……もしかして……


「魔獣……!」


 町中に、現れた魔獣……それは、圧倒的な圧力を放っていた。

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