第217話 謎のダークエルフ
普段冷静なゴルさんと先生……二人は、ダークエルフを前にした途端、態度が豹変した。私でも感じる……敵意。
ただ目の前に現れただけのダークエルフに、この二人はとんでもない警戒心を抱いている。相手は、負傷しているのにだ。
ダークエルフに対する、人々の認識……それを私は、まだ甘く見ていたのかもしれない。
「ね、ねえ二人とも、この人は別に私たちと敵対したいわけじゃないみたいだし……そんなに、ピリピリしなくても……」
「なにを言っている、フィールド。ダークエルフ相手に、そんな甘いことを言うとは」
……ダメだ、先生は聞く耳を持たない。ゴルさんも、おそらくはおんなじだ。
いつも冷静で、物事をちゃんと判断する人たちなのに。
ここで、私がこれ以上ダークエルフを庇うようなことを言えば、さっきみたいに今度はこの二人に疑われてしまうだろう。
それどころか、どうしてダークエルフを庇うのか……それを探られて、最悪ルリーちゃんの存在がバレちゃうってことも……
「……ったく、聞く耳がないってやつかい。仕方ない……」
自分に向けられる敵意、それを受けてダークエルフは、スッと目を細める。その瞬間、言いようのない寒気がした。
これまで、ダークエルフと敵対することはなかった……ルリーちゃんやリーサはもちろん、ルランとだって対峙はしたけど、敵対したかと聞かれると微妙だ。
だけど、このダークエルフは……めんどくさそうな顔をしながらも、その目はしっかりと私たちを見定めている。
「っても、こっちは足が充分に動かない。それに、人間と殺し合う気もない、今のところは……」
「おい、なにを言って……」
「だから、そっちの二人は……おやすみ」
「……!?」
なにが面白いのか、くすくすと笑っているダークエルフ……次の瞬間、私たちに異変が訪れる。
いや、正確には私以外の二人に、だ。
突然、その場に膝を付き……なにかに抗うように、ダークエルフに手を伸ばす。
けれど、すぐにその手は落ち……地面に、体ごと倒れていく。
「ご、ゴルさん!? 先生!
……っ、なにしたの!」
なんだ、今なにが起きた? 二人は攻撃されたのか?
いや、そんな素振りはなかった。攻撃されたどころか、ダークエルフは不審な動きすらしていなかったはず……なのに、なんで!?
「ちょー、落ち着いて落ち着いて。
そこの二人には、眠ってもらっただけだから」
「……眠って?」
手を振り、私に落ち着けと促してくるダークエルフは……二人を、指差す。そして、眠ってもらったと言った。
釣られて私は二人を見て、その様子を確認する。
……二人とも、ちゃんと息をしてる。寝息を吐いている。大丈夫、生きてる。
どうやら、寝ているっていうのは本当らしい。
問題は、なんで二人を眠らせたのか……それにどうやって眠らせたのかだけど。
「そーんな目ぇしないでよ。危害を加えるつもりなら、あなただけを残したりはしないって」
「……」
確かに、私たちになにかをするなら、私だけ残すんじゃなく全員眠らせた方がいい。
私だけを残した……つまり、私に用があるってことだ。
「あなたは、ダークエルフに対して嫌悪感がない……むしろ友好的ですらある。だから、ちょっとお話したいなーって思ってね。
そっちの二人は、話もできなさそうだったし」
「……ちゃんと、起きるんだよね」
「もち」
さっきダークエルフから感じた、寒気……あれは、敵意とはまた違うものだった。
少なくとも、このダークエルフには、私と話そうっていう気持ちが見て取れる。
寝ちゃった二人は心配だ。特にゴルさんなんか顔面から地面に激突してたし。
「まあそんな心配そうな顔しなさんな。それほど長い話はしないから。
今は周りの人間たちも逃げたけど、じきにアタシを捕まえようと兵士とかがやってくるだろうしね」
のんびり話すつもりはない、と言いつつ、ダークエルフは近くのベンチに座る。しかもその隣を、ポンポンと叩く。
私に、隣に座れということだろうか。
軽くため息を漏らして、私はダークエルフの隣に、座った。
「人払いの結界は張った、これで心置きなく話せるな」
「……足、治ってる?」
「あぁ。邪精霊の力でチョチョイとな」
なんだろう、このデジャヴュ感……ダークエルフと二人でベンチに腰掛けて、人払いの結界を張って、話をする。すごいデジャヴュ感だ。
そんな私の気持ちには気づいていないダークエルフは、私の顔をじっと見つめた。
なにを聞かれるかは、予想はついている。
「単刀直入に聞くが……アンタの近くに、ダークエルフがいるな?」
「……」
私から、ダークエルフ……つまり、同族のにおいがすると言っていた。それに、さっき探し人がいるとも言っていた。
探し人がダークエルフなら、私からしたという同族がイコール探し人ではないかと、考えても不思議じゃない。
ただ、正直に答えていいものか……いくら同じダークエルフでも、初めて会った相手にルリーちゃんの話をするのはどうなんだろう。
「頼む、教えてくれ。アンタがダークエルフの情報をどこまで知っているかは知らないが、アタシらの故郷はもうない。同族も、みんな死んだと、思ってた。
生きてるやつがいるなら、会いたいんだ!」
……切実に、彼女は私に頼んでいる。その目に、偽りはないように思えた。
そうだよね、故郷がなくなって……仲間とも、離れ離れになって。つらいよね。
あんな怪我までして、みんなに怖がられて追いかけられて……それでも、この人はここまで、来た。
探し人ってのは、きっと特定の個人じゃなく、ダークエルフの仲間のことだ。
「……うん、友達がいるんだ。ダークエルフの……ルリーちゃん。知ってるかな。とっても、いい子なんだ」
「ルリー……」
知りたいのなら、隠す必要はない。この人も、かなり苦労してきたんだから。仲間が生きているんだと、安心させてあげないと。
私の言った名前を、彼女は何度か口の中で繰り返して……
「るりー、ルリー……そっか、ルリーか。
ありがとうね、エラン」
にっこりと笑って、私にお礼を言った。
私はなんにもしていない、ただ友達のダークエルフがいると言っただけだ。でも、彼女は嬉しそうに笑ってくれている。良かっ…………あれ……?
私……この人に、私の名前、教えたっけ?
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