第218話 ランノーン
「なんで、私の名前、知ってるの……私、名乗ってないよ?」
私からルリーちゃんの名前を聞いたダークエルフは、その名前をしっかりとかみしめるようにつぶやいていて……私に、お礼を言った。
それくらい、たいしたことではない。お礼を言われるようなことではないと、軽く流そうとしていたのだけど……
……言った覚えのない、私の名前。それを言われて、私は不思議に感じていた。
そりゃ、初めて会った相手でも仲良くなりたい相手には自己紹介はしたいし、相手の名前も聞きたいと思う。
でも、まだその段階まで進んでいないはず……この人の名前は聞いていないし、私だって名乗っていない。
「ん? あー、いや……さっき、そっちのお友達が、言ってたじゃんか?」
私の疑問に、ダークエルフは頭をかくようにしながら、指先を動かす。指し示す先にいるのは、眠っているゴルさんと先生。
二人との関係性が友達、かはともかくとして……なるほど、私が言っていなくても、どっちかが私の名前を呼んでたってことか。それなら納得……のはずだ。
……ゴルさんも先生も、私の名前、呼んでたっけ?
「じゃ、アタシも名乗らないと不公平だよな」
と、考えている間にもダークエルフは私に向き直る。
一方的に私の名前を知ってしまっている形になっている以上、自分も名乗るのが礼儀だと。そう言うように。
「アタシは、ランノーン。よろしくっ」
名乗ったのは、私の聞いたことのない名前だ……いや、ダークエルフの知り合いは最近できたばかりだから、知らないのも当然なんだけどさ。
そうじゃなくて、私が会ったことがある三人のダークエルフ以外にも知っている名前がある。それは、ルリーちゃんの過去の話の中に出てきた名前。
その中に、ランノーンって名前はなかったなぁ。
エルフ族の見た目と年齢は合わないからぱっと見わかんないけど、もしかしたらルリーちゃんのよく知っている子……女の子なら、ネルって名前の子がいたはずだ。
もしそうだったら、ルリーちゃんにも教えて、感動の再会を実現できたのに。
まあ、それでもいいか。
「ダークエルフの顛末はちょっと聞いてるけど……よかった、生きてる人がいたんだ」
聞いた話だと、ダークエルフの故郷は人間に滅ぼされ、仲間たちも殺された。ルリーちゃんだって、ルランもリーサも死んだと思っていた。
誰が死んで、誰が生き残っているか、わからない状況だ。
私が知らないだけで、ダークエルフの仲間意識は強い。ルリーちゃんも、この人のことを知っているはずだ。
生きている仲間がいるとしれば、きっと喜ぶぞ。
「で、だ。本題だけどて……アンタの友達が、ルリーちゃんなんだって?」
「うん。やっぱり、知り合いなの?」
「あぁ、あぁ。昔はよく遊んでいたもんさ。
そうかい……ならさ、その子のところに、案内してくれないかい?」
うんうん、やっぱ知り合いだったみたいだ。それに、危険だとわかっていて、こんなに人が多い所に来るなんて。
仲間想いな人なんだろう。会いたいと言うなら、断る理由なんてないし。
私は立ち上がり、ランノーンさんを案内しようとするけど……
「あ、でも二人とも……」
眠らされたままの、二人が気になる。このままここに、放っていくっていうのも、なんか良心が痛むなぁ。
かといって、起こしたら起こしたで面倒なことになりそうだし。
「大丈夫。しばらくしたら目を覚ますから。さあ早く案内してよ」
「え、あ、うん……」
仕方ない、とりあえずベンチの上に寝かせておこう。あと、二人が起きた時に私がいないと心配するといけないから……書き置きを残しておこうっと。へへん、簡単な文字なら書けるようになったんだ。
……これで、よし。
書き置きを残している間、少しだけ待ってもらっていたけど。これで、心配はいらないっと。
「待たせてごめんね。じゃあ、行こっか」
「えぇ」
私は、ランノーンさんを案内することに。今日は学園は休みになっているし、ルリーちゃんは学園にいるかな。
あ、でもさすがに学園の中にまで案内するわけにはいかないよね。騒ぎになったらいけないし。
そうだ、この端末。学園から支給されたこれを使えば、登録した人同士で会話ができるんだ。これで、ルリーちゃんを呼んで。どこかひと気のないところで、待ち合わせを……
「……?」
……ふとした違和感が、あった。いや、違和感と言っていいのかわからないけど。
これは、他の人にとっては違和感と感じるものかもしれない。だから私にとっては、違和感ではなくいつもの感覚、と言った方が正しいかもしれない。
『〜〜〜』
精霊さんが、話しかけてきている……?
こんな風に、町中で話しかけてくるのは珍しい。というか、精霊さんから話しかけてくれることは、あまりない。
それに普段は、人気のないところや、自然の多い場所で話すことが多いのに。
それと……ただ話しかけてきているわけではない。まるで、なにかを伝えようと、しているような……
『〜〜〜』
「……っ」
その内容が伝わり、私は足を止める。
精霊さんと仲良くなるのは、魔術を使うための第一条件。もちろん、私は魔術を使いたいだけで精霊さんと仲良くなったわけじゃないけど。
ただ、精霊さんと仲良くなっただけで、終わりではない。精霊さんと仲を深め、会話できるようになってこそ一流の魔導士だ、と師匠は言っていた。
精霊さんに声を伝え、精霊さんの声を理解する……師匠曰く、私は物心ついた頃から、それができたらしい。普通は無理とのことだけど。
まあ、それは置いておいて。普段話しかけてこない精霊さんが、普段話しかけてこないような場所で、私に伝えたいこと……それは……
「? エラン、どうしたの急に止まって。アタシ、早くルリーちゃんに会いた……」
「ねえ、ランノーンさん。…………あなた、誰なの?」
私に合わせて立ち止まったランノーンさんが、後ろから話しかけてきた。
背中に声を受けながら、私は振り返りつつ……問いかけた。
彼女……ダークエルフと"名乗る"何者かに。
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