第216話 同族のにおい



 目の前に、舞い降りた銀髪……褐色の肌を持つその人物は、一瞬目が奪われるくらいに美しかった。

 髪がなびいたことで、露わになった耳……それは、尖っている。


 その特徴を持っているのは、ダークエルフだけだ。つまり、目の前に現れたのは……


「だ……」


「いっっったぁああああい!」


 私か、それともゴルさんか先生か。口を開いたその直後、別の声にかき消された。

 その声は、思わず「うるさっ」とつぶやいてしまうほどの。


 耳を塞ぎながらも、そのダークエルフを観察する。やっぱり露出の多い服、凹凸の激しいスタイル、女性だ。ただ、見た目は大人だがこの叫びは、子供っぽい。

 まあダークエルフは、見た目と年齢は合わないからあてにはならないけど。


 同時に、先ほどの王宮でのやり取りを思い出す。確か、ダークエルフを発見したって言ってた……



『ダークエルフを見かけたと通報があり、現場に駆けつけたところ血痕を発見。

 それを追いかけ、負傷しているダークエルフを発見。逃亡したためそれを追跡していますが、奴は足を負傷していました。捕らえるのは時間の問題かと』



 多分、この人がそのダークエルフ。その証拠に……足を、怪我している。それも、結構な深手だ。

 足首から血が流れている。そんな状態で、どっかから落下し、着地したもんだから……


 そりゃ、痛いよ。


「ねえ、あなた……」


「ひぃいい、あれってダークエルフじゃないの!?」


「に、逃げろ、逃げろー!」


 相手がどんな子か、わからない。ルリーちゃんのようにいい子かもしれない、リーサのように話の通じる相手かもしれない、ルランのように……話の通じない相手かも、しれない。

 それを確認しようと思って、話しかけようとした。けれど……


 聞こえてきたのは、周囲からの悲鳴。恐れ。

 みんなが、ダークエルフの姿を確認して、逃げている。


 人間が、獣人が、亜人が……大人も子供も、みんなが逃げている。



『特に、ダークエルフは、エルフからも嫌われていて……

 汚らわしい種族、として、扱われているんです』



「……!」


 これが……ダークエルフ。世間から、見た……ダークエルフ……!

 それだけじゃ、ない……


「せ、先生?」


「二人とも、下がれ」


 いつの間にか、先生が私とゴルさんを背に、前に出ていた。

 その態度は、警戒……目の前のダークエルフに対して、警戒しているというものだ。


 なんで……ただ、ダークエルフが目の前にいるってだけだよ? この人が、なにをしたってわけでもないんだよ? なのに……


「ダークエルフ……そうか、お前が"魔死事件"の……」


「!」


 先生が、怒りをにじませた言葉をぶつける。その内容に、私は驚いてしまった。

 そうだ、私がさっき言ったんじゃないか。ダークエルフが"魔死事件"の犯人だって。もしかして先生は、この人が"魔死事件"の犯人だと思っているから……?


 実際、"魔死事件"の犯人はルランだ。でも、先生たちはその事実を知るよしもない。

 もしそうなら、この人にはあらぬ疑いをかけてしまっていることになるけど……


 ……ただ、先生がそうだとしても、今逃げている人たちは、そうではない。"魔死事件"のことも、なにも知らない。

 やはり、ダークエルフだから、という理由で、逃げているんだ。


「いっつつつ……うん? あら、キミたちは逃げないんだ?」


「!」


「あははは、そんな警戒しなくても、なにもしやしない……ん?」


 自分が警戒されているというのに、ダークエルフはケラケラと笑っている。場違いなほどに、明るい声。

 その様子に呆気に取られていたけど、ふと笑い声が止まる。そして、ダークエルフの視線は私たちを……


 私を、見ていた。


「んんん?」


「ひゃっ?」


 するりと……私たちを庇うように立っていた先生の横をすり抜けて、ダークエルフは私の目の前へ。それだけではない。

 そのまま私に顔を近づけて来たかと思えば……次の瞬間には、私の首元に、顔を埋めていた。


「ひぃっ!?」


「すんすん……んんー……キミから、同族のにおいがする……」


「!?」


 なぜかにおいを嗅がれて、くすぐったさから変な声が出てしまう。

 ようやく顔を離してくれたダークエルフは……しかしそのまま離れるではなく、私の耳元に顔を寄せる。


 そして、ささやくように言ったのだ。同族ののにおいがする、と。

 同族……それはつまり、ダークエルフの……


「貴様、離れろ!」


「おっとぉ」


 隣にいたゴルさんがダークエルフへと殴りかかるが、あっさりとかわされ、距離を取られる。

 今の、言葉……ゴルさんや先生には、聞かれてはいないようだ。それほど、私との距離は近く、かつ小声だった。


 ダークエルフってのは……いやエルフ族ってのは、その目に"魔眼"を持っていて、対象の魔力の流れを見ることができる。だから相手の種族がわかる、といった判別ができる。

 それとは別に、においでもわかるのだろうか? それも、私からするというにおい……おそらく、ルリーちゃんのもの。


 同じダークエルフなら、ルリーちゃんの知り合いかもしれない。だけど……


「ダークエルフ……貴様を捕らえる」


「捕らえるって、ひどいなぁ。アタシはただ、探している人がいるからこの国に来ただけ。この足の怪我だって、むしろキミらのせいだよ。

 悪いことしてないのに、なんで捕まえられなきゃいけないのさ?」


「お前がダークエルフ、それだけで充分だ」


 ……ゴルさんも先生も、戦闘態勢だ。こんなのじゃ、話をしようってのも、無理かもしれない……!

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