第214話 誰かを信じるということ



 ダークエルフは、処刑する……そう、言った。それも、そのダークエルフが"魔死事件"に関わっていようといまいと、だ。

 それは、衝撃的な言葉だった。少なくとも私にとっては。だって、"魔死事件"を起こした罪で処罰する、って理由ならまだわかるけど……


 なにもしていなくても、処刑する……なんて。


「そんな……」


 それは、なんて乱暴なんだろう。ダークエルフがみんなから嫌われているってのは、わかっている。だけど、これはあまりにも……

 処刑ってことは、殺すってことじゃないか。こんな考えでいることが、怖い……それに、それ以上に怖いのは、周りの反応だ。


 おじいちゃんは、王様の前でこんな物騒なことを口にした。だけど、それを聞いて王様は、なんの反応もない。それは、おじいちゃんの意見を受け入れているってことだろう。

 しかも、私のよく知る、先生やゴルさん……ノマちゃんまで、否定的な意見を見せない。



『特に、ダークエルフは、エルフからも嫌われていて……

 汚らわしい種族、として、扱われているんです』



 初めて会った時、ルリーちゃんはこんなことを言っていた。その後、私が友達だって言って、泣いてもいた。

 あの時は、友達だってくらいで大袈裟だなぁと思っていたけど……


 見つかれば、即処刑……そんな、周りが全て敵みたいな状況で、ルリーちゃんは生きてきたのか。

 同時に、やっぱりルリーちゃんの強さにも、驚かされるけど。こんな、人がたくさんいる環境に身を置くなんて。


「どうされました、エラン殿。そんな青ざめた表情をして」


「!」


 自分でも気づかないうちに、私は青い顔をしていたみたいだ。

 その理由を、悟られるわけにはいかないけど……


「先ほど、エラン殿はダークエルフに罪を押し付けているようでした。なので、エラン殿もダークエルフのことは好いていないと思っていたのですが……」


「! 私は、そんなつもりは……」


「ほぉ? ダークエルフになら罪を押し付けても問題はない。だから、あのようなことを言ったのだと思いましたが……

 ですが、エラン殿の言葉が真実ならば、それはそれで問題ですな」


 私が、私の罪をダークエルフに押し付けた……こんな風に、見られてもいるってことか。

 そもそも私は犯人じゃないんだけど……この理屈は、みんなが嫌っているダークエルフならいわれのない罪をかぶせても問題ない、と言っているようなもの。


 ただ、それは架空の罪。ダークエルフが本当に、"魔死事件"を起こしていて……その事実が、公表されたら。

 ダークエルフの立場が、とんでもなくまずいものになる。どれだけの犠牲を出した事件だというのか、謝れば済む話ではない。


「ダークエルフが本当に事件の犯人でそれが公にされれば、人とエルフの決裂は決定的なものとなる……

 そう、考えてはおるまいか?」


「……っ」


 それは、図星だった。私の考えていることを、まるで見透かされているような、そんな感覚。

 ダークエルフが犯人で、それが発表されたら……それこそ、人がダークエルフに向ける感情はとんでもないことになるだろう。


 事件を追う以上、遅かれ早かれエルフにはたどり着いていたかもしれない。そうじゃなかったとしても、まさかダークエルフの扱いがここまでひどいものだなんて……

 ダークエルフが犯人だと、打ち明けるべきではなかったのだろうか……?


「……正直、ダークエルフがどうとか、今はどうでもいい。

 ジャスミル、お前のことは昔から知っている。常に冷静で、陛下や国のことをよく考えている。人を見る目もあるし、聡明な人物だ」


「……ゴルドーラ様?」


 ふいに、おじいちゃんへと語りかける声があった。それは、ゴルさんのもの。

 突然のことに、私も、そしておじいちゃん自身も驚いた様子だった。しかも、なにが言いたいのかいまいちわからない。


 わからないけど、意味のないことを今、言うはずもない。黙って聞く。


「だが、俺も俺で、人を見る目は養ってきたつもりだ。お前は、エランが事件の犯人ではないかと疑っているようだが……

 エラン・フィールドは、そんなことはしない」


「……っ」


 それは、私が思いもしない言葉だった。あまりに驚いて、開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 私のこと、ちゃんと見てくれてるんだ……というか、さっきまで黙っていたから、てっきりゴルさんも疑っているのかと。


「もちろん、わたくしも同じ意見ですわ! フィールドさんが犯人などありえませんもの!」


「ノマちゃん……」


 続いてノマちゃんも、嬉しいことを言ってくれる。ノマちゃんの場合は、ゴルさんと違って仲のいい友達だから疑いたくない、って理由の方が大きいだろうけど。

 それでも、信じてくれるのは嬉しい。


 二人から、真っ向から反論されて、おじいちゃんは……


「……そうですか」


 目をつぶり、たった一言……それだけを、言った。


「……それだけ?」


 思わず、私は口をついて出ていた。

 それは、別に謝罪を求めて、とかそういう意味で出た言葉ではない。ただ、唖然としただけだ。


 てっきり、二人から反論されても意固地に意見を変えないとか、逆に二人を説き伏せようとするのかと思っていた。

 だから、なんだかあっさり認めたような言葉に、驚いたのだ。


「ゴルドーラ様から、まさか誰かを信じるといった言葉を聞けるとは。いやはや、これは驚きですなぁ」


 ……ゴルさんが私を庇うような言い方が、そんなに驚いた、ってことか。

 ゴルさん、普段からどんな態度で暮らしてたんだよ……

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