第205話 王様からのお願い、これはお願い



「たの……みたいこと?」


 王様に呼ばれた私は、この王の間で……予想もしていなかったことを、言われた。

 まさか、王様から頼み事とは……なんか怒られるのかなとか、そんなことを考えていたから、思わず間の抜けた声を出してしまった。


 ただ、声には出さないだけで隣では先生も、私と同じような表情を浮かべていた。まったくの予想外だというもの。

 前にいて、背中しか見えないからゴルさんの表情は見えないけど、多分ゴルさんも似た表情しているんじゃないかな。


「あぁ。無論、これは命令などではなくお願いだ。嫌ならば断わってもらっても構わない」


「はは……」


 これは命令じゃない……か。でもね王様、いいことを教えてあげる。

 王様くらいの地位の人からのお願いっていうのは、たとえ本人が意識してなくてもそれはもうほとんど命令なんだよ。断れないんだよこっちは。


 まあ、頼み事とやらの内容がわからないから、とりあえず聞いてみないことにはわからないけど。


「それで、頼み事、とは」


「うむ。先ほど話した"魔死事件"、実を言えばまったく調査が進んでいない状況でな。それに、人手も無限にそれに費やせるわけではない。

 そこで、思い至ったことがあってな。"魔死事件"に複数遭遇している者が居ると……」


「……それって、まさか……」


 なんとなく、王様の言おうとしていることがわかった……ところで、隣で動きがあった。

 それは、先生が立ち上がったもの。その場に勢いよく立ち上がり、本人がハッとしているあたりそれは勢い任せのものだったのだろう。


 だけど、先生は座り直すでなく、その場で立ったまま、王様を見つめた。


「王の前ですよ」


「いや、構わん。どうされた、サテラン教諭」


「は、いえ無礼をお許しください。ですが、国王陛下は……

 ……フィールドを、"魔死事件"の調査に加えるつもりですか」


 先生が立ち上がったのは、王様の言葉からある可能性に思い至ったから……そしてそれは、私が想像したものと同じだった。

 難航している"魔死事件"の調査、調査のための人手不足……そこに、"魔死事件"に複数遭遇している者が現れた。


 私を、事件の調査に加えるつもりなのだ。


「あぁ、その通りだ」


 そして王様は、それを肯定した。

 その瞬間、先生が一歩前へと出た。


「国王陛下、お言葉ですが、その案にはうなずきかねます」


「……ほぉ?」


 凛としてる先生も、王様に会うとなったらそのメッキは剝がれる……そう思っていたし、さっきまではそうだった。

 だけど、今の先生は、私の知るいつもの先生だった。


「フィールドは、まだ学生です。そのような者に、危険な事件の調査を任せるなど」


「私は年齢で判断はしない。貴重な目撃者、且つ魔導の才に秀でていると判断したから、だ。

 エラン・フィールドくん、キミは"魔死事件"に複数遭遇し、"魔死者"になったばかりの者を見ている。sのような人材であればこそ、気づきもあろう」


 ……王様が実際に"魔死者"を見たことがあるのかはわからないけど、調査する憲兵さんは見たことがあるだろう。何度も。

 でも、それは死体となって時間が経ったあとのものだ。


 だけど私は、嬉しくないけど死体になったばかりのものを見ている。二回も。

 死体の腐敗速度がどうとか、そういうことはわからないけど……死体になったばかりの"魔死者"を見ているというのは、重要なことなんだろう。


 ただ、先生が言うように、学生に頼むものだろうか、とも思う。


「確かに子供だから、と危険から遠ざけるのは、我々大人のエゴでしょう。

 しかし、それでも納得できません」


「いや、落ち着いてくれ。なにも今すぐに、というわけではない。

 先日魔導学園内で起こった事件……それ以前は、一時期ぱったりと動きが消えていた。こう言ってはなんだが、事件が起こらねば調査はできん」


「……つまり、次に事件が起きた時には、フィールドを調査に加えたいと」


 王様の言いたいことを要約し、先生が小さくため息を漏らす。そして、その視線は私に。

 先生はいろいろと言ってくれたけど、この件をお願いされたのは私だ。


 最終的に決めるのは、私だってことか。


「これに関しても、すぐに答えを求めるのは酷だと思っている。さっきはああ言ったが、私とて子供を巻き込みたくはない……」


「ですが、ご理解いただきたい。少しでも、情報が、人手がほしいのです」


 王様の言葉に続いて、横に立つ執事さんが頭を下げる。

 ああは言っても、王様だって本意じゃない、ってことか。


 こうまでお願いされてしまっては、私としても無下には、できないよ。どのみち、ノマちゃんをあんな目に遭わせた奴に関しては、私自身の手で見つけ出したいと思っていたし。


「王様、私は……」


「ちょ、ちょっとこら! 待ちなさい! 今は大事な……」


「あー! いましたわ!」


 私が、王様、に対して返事をしようとしたタイミングで……部屋の扉が開く音、そして二人の声が聞こえた。

 一つは、部屋まで案内してくれた門番さんのものだろう。そして、もう一つは……


 私が、ずっと聞きたかった……とても明るい、声……!


「の、ノマ、ちゃん……!?」


「エーテン!?」


 今が王様の前だ、ということも忘れて、振り返る。

 その先に、いたのだ……綺麗なブロンドの髪を揺らして、こちらに駆けてくる女の子の姿が。


 あの事件で、身体中血まみれになり、一時はその命に絶望した……ノマちゃんが、そこにいたのだ。

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