第172話 初めての王都
「二人とも、お疲れ様」
事情聴取を終えた私とビジーちゃんは、憲兵さんの詰所を後にした。
結局、私はビジーちゃんの隣りにいるだけだったけど……それでこの子の緊張がほぐれたのなら、居てよかったと思う。
ビジーちゃんはたどたどしくも、当時の出来事を教えてくれた。まあ、ほとんど私が予想していた通りの展開ではあったかな。
道を歩いていたら、あのスキンヘッド男にぶつかってしまった。ビジーちゃんの感覚だと、むしろぶつかってこられたのだと。
で、ぶつかった際に足の骨が折れただのと、因縁をつけられたわけだ。
改めて、どうしようもない男だったなと思う。あんなの、Bランクどころか冒険者であることすらおかしいんじゃないのか。
「でも、偉いよねビジーちゃんは」
「え?」
「あんな大男に詰め寄られて、泣かなかったんだもん。偉いよ」
見た感じ、この子はまだ十歳前後といった感じだろう。そんなときに、強面大柄のスキンヘッド男に因縁をつけられたなら、私なら泣いちゃうかもしれない。
そう考えると、この子は怯えながらもちゃんと向き合っていたし、立派だと思う。
私の言葉に、ビジーちゃんは照れたように笑っている。
「えへへ」
「ところで……お母さんや、お父さんは?」
照れているビジーちゃんに、私は気になっていたことを聞く。ちなみに、ビジーちゃんとは手を繋いで歩いている。
スキンヘッド男に絡まれたときもそうだし、この子は一人だった。お母さんやお父さんと口にしなかったから、なんとなくここまで聞かずに来ちゃったけど。
もしも、一緒に出掛けていたりしていたら、心配していることだろう。ここは、私がちゃんと、家まで送り届けないと。
お姉ちゃんとして! ね!
「ううん、いないよー」
私の質問に、ビジーちゃんは曇りなき眼で答える。
ふむ、いない、か……一緒に出掛けてるとかじゃないのかな。王都のような人目のあるところで変なことがあるとは思えないから、一人で散歩させても大丈夫だと思ったんだろうか。
結果は、変なやつが変なことしてきたわけだけど。こんなんじゃあ一人で安心して散歩もできないよね。
「そっか、じゃあお家は?」
「おうち……」
続いての私の質問に、ビジーちゃんは目を丸くして、うーんと考え込んでしまった。
もしかして、お家の場所がわからないとかだろうか。迷子かぁ……
さっき憲兵さんの詰所で、こういう話しとくんだったな。迷子の扱いも、憲兵さんならよくわかってるだろうし。
「私、おうちない」
「え、もしかして……」
ビジーちゃんの言葉に、私はハッとした。両親もいない、家もない……つまり、この子は私と同じなんじゃないのか?
魔導学園に入学するためにこの国に来た私。目的は違うけど、たった一人で、見知らぬ土地まで来たばかりのこの子。
住むところもまだ決まっていなくて、不安で歩いていた。今まで住んでいた場所から、環境が変わって戸惑っていたんじゃないか。
私より小さいのに、そんな立派なことをしているのか。
「大丈夫、私いい宿知ってるから!」
「やど?」
住むところがなくて困っているなら、うってつけの場所がある。私も大変お世話になった、宿屋のペチュニアだ。
あそこなら安いし、いい人ばかりだし……あ、ビジーちゃんお金持ってるのかな。
まあ、タリアさんなら多少の融通は聞いてくれると思うし……なんなら、私がお金を建て替えてもいい。本人居ないだろうけど。
私も余裕があるわけではないけど、まあこれくらいの蓄えはあるさ。
「それにしても……」
歩いていると、さっきから人の目が気になるなぁ。
注目を集める理由は、私がかわいいこととビジーちゃんも愛らしい見た目をしている……こと以外に、あるのだろう。
なにせ、私もビジーちゃんも、この国では珍しい黒髪黒目をしているからだ。黒髪黒目の人間は珍しく、師匠でさえ私以前に一度も見たことがないらしい。
私は学園に入学してからヨルを見たが、それっきりだ。
最近だと、ルリーちゃんから聞いたルリーちゃんの過去に、黒髪黒目の人間が二人出てきたけど……
そのくらいだ。よっぽど珍しい色だから、人々の注目の的になってしまうのも、まあ仕方ないと言える。
もちろん、ビジーちゃんはそんなこと、気にもしていないようだけど。
さっきみたいに絡まれたり、物珍しさに誘拐、なんてこともなくはない。
「ま、いいや。お姉ちゃんがちゃんと守ってあげるからね」
「うん!」
私がこうして、手を離さなければ問題ないよね!
そのまま、目的地に向かう道すがら、ビジーちゃんとは他愛ない話でわりと盛り上がった。王都には来たばかりだというので、いろいろ説明しながら。
あとは、私がスキンヘッド男を楽々倒していたのもめちゃくちゃ感心されたなぁ。自分よりも大柄な相手に立ち向かっていく姿が、ビジーちゃんには良く映ったのだろう。
「さ、着いたよ!」
「おぉ」
話をしている間に、目的地ペチュニアへとたどり着く。もう何度も通った道だ、一人でもさすがに間違えないよ。
さて、中の繁盛具合はどんなもんかな、っと。
「! いらっしゃいませー」
扉を開けると、元気な声が届く。それは、聞きなれたタリアさんのものではない。
若い女の子のものだ。宿の中に入ってきた私たちに向かって、笑顔を浮かべている。
この宿はタリアさんが一番偉いんだろうけど、従業員が彼女しかいない、なんてことはない。
今日みたいに、タリアさんがいないときなんかは、こうして他の人が店番を預かっている。
「あ、エランちゃん。いらっしゃい」
「どうもー」
そして、この国に来てから魔導学園に入学するまでをこの宿で過ごしていた私は、店員さんとも知り合いだ。
私は受付まで歩いて行き、後ろに隠れていたビジーちゃんを示す。
「この子、王都に来たばかりみたいで、良い宿屋を紹介しにここまで来たんだ。
部屋、空いてる?」
「それはありがとうございます。えぇ、空いてますよ。
それに、エランちゃんの紹介なら、安くしておきますよ」
よかった、どうやら部屋は空いているみたいだ。
しかも、安くしてくれるという。それは、ありがたいんだけど……
「いいの? そんなこと……」
「ふふ、タリアさんから言われているので。エランちゃんの知り合いなら安くしといて、って」
なんと、他ならぬタリアさんのおかげで、私の知り合いだからと安くしてくれるらしい。
嬉しいなぁ。こりゃ、今度なんかお礼しないと。
それから私は、ビジーちゃんを見る。
「じゃ、ビジーちゃん。私が案内できるのはここまでだけど……大丈夫かな」
「……行っちゃうの?」
「うっ……」
おぉう……その上目遣いは反則だよ。
私はビジーちゃんの頭を、撫でる。こうして誰かの頭を撫でるっていうのも、いいもんだな。
「また、会いに来るから。
それに、今日はいろいろあって疲れちゃったでしょ?」
「……うん」
ビジーちゃんにとっては初めての王都……そこで絡まれて、歩き回って。きっと、疲れているはずだ。
ちゃんと、ベッドで休んでほしいよ。
わかってくれたのか、ビジーちゃんはこくりと、うなずいてくれた。
「じゃあ、後のことはお願いします」
「はい」
「またね、お姉ちゃん」
「うん、またね」
手を振ってくるビジーちゃんに、私も手を振って応える。そして、出口に向かって歩き出す。
やっぱり、ガルデさんたちはいないか。ま、いつもいるわけないもんね。
扉を開き、外に出るのと同時に……ビジーちゃんと店員さんの声が、背中越しに聞こえてきた。
「じゃあ、お部屋に案内しますね……あれ、荷物は、持ってないのかな」
「にもつ……えっとね……」
ふと、振り向いたときには……もう、扉は閉まっていた。
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