第171話 私がお姉ちゃんです



「あれ、エランちゃん?」


「ん?」


 女の子からのお礼を受け取っていた私は、背後から聞こえてきた声に振り向く。

 聞き覚えのある声……そして、振り向いた先には見知った顔がいた。


「あ、門番のおじさん」


 私がこの国に来た時に門番をしていて、それに魔導学園内で起こった"魔死事件"を調べに来た憲兵のおじさん。その人が、そこにいた。

 思わぬ再会に、驚いた。同じ学園に所属しているってわけでもないのに、わりとよく会うなぁ。


 スキンヘッド男にお縄をかけながら、優しい笑顔で私に手を振っていた。


「どうしてここに……って、憲兵のお仕事だよね」


「あぁ。むしろ、どうしてここには俺の台詞だよ」


「今日はお休みだから、散歩してたんだ。

 そしたら、この子がそいつに絡まれてて。でも、私が知ってるのは途中からだから」


 事件を聞きつけてここまで来てくれた憲兵さんに、どうしてここにってのも変か。

 とりあえず事件のいきさつを、軽く説明する。


 まあ私は、ただこの子……ビジーちゃんが困っているのを見て来たわけだから、事件に詳しいのは当事者のビジーちゃんだけどね。

 私は、後ろに隠れるように立っていたビジーちゃんを、出てくるように促す。


「なるほどね。なら、少し話を聞かせてもらえるかな」


「は、はい」


 スキンヘッド男、あとついでにトカゲ男も捕まり、憲兵さんがいればもう任せておいても大丈夫だろう。

 あとはビジーちゃんから話を聞いて、そこからは憲兵さんの仕事。スキンヘッド男を処罰するなりなんなりと。もう私にできることはない。


 ただ……ビジーちゃんは、さっきから私の服を摘まんだままだ。


「それにしても、まさかBランク冒険者のグリムロードとは」


 捕まえた男を見て、門番のおじさんは苦々しげにつぶやく。

 やっぱり、有名人なのか……


「ねー、なんであんなのがBランク冒険者なの?」


 別にあいつが何ランクでもいいけど、ガルデさんたちというBランク冒険者の前例を知っているから、あんなのが同じランクなんて納得できない。

 強ければランクが上がる……って単純なシステムでもなくて、人柄とかも影響するって聞いた気がするんだけど。


 そんな私の気持ちが表情に出ていたのかもしれない。門番のおじさんは、苦笑いを浮かべていた。


「……前々から、彼の粗暴の悪さは問題になっていたらしいんだ。けど、冒険者のことは基本、冒険者ギルドで解決することになっているから……」


 ……要は、管轄違いで冒険者については憲兵さんの出る幕ではなかった、ということか。

 今回の件は、さすがにそういう問題にはできないだろうけど。なんせ、こんな小さな子を恐喝していたのだ。目撃者だってたくさんいる。


 さらに、門番のおじさんは声をひそめて、私に言う。


「それと、最近……いや、最近って言い方は変か。

 少し前まで多発していた、"魔死事件"。その犠牲者の中に、高ランク冒険者が多く、冒険者の人材が少なくなっているらしい」


「……だから、多少の横暴は問題にならないってこと?」


 最近は、"魔死事件"が起こらなくなった……それを踏まえ、門番のおじさんは言い直す。

 人手不足だから、多少の問題には目をつぶる……つまりは、そういうことだ。


 "魔死事件"の影響でというのは災難だと思うけど、それで残ったのがあんなのばかりになったらたまったもんじゃない。

 私はよほど顔に出ていたのだろう、門番のおじさんも渋い顔になっている。


「エランちゃんの言いたいことはわかるよ。今後、冒険者ギルドには厳重に注意を促すつもりだ」


「……よろしくお願いするよ」


 憲兵からの注意があれば、今回のような事件も減るだろう。冒険者ギルドとしても、冒険者に対して厳しい目を向けるだろうからね。

 ……もしかしたら、複雑な事情があると知っていたから、スキンヘッド男は自分の横暴さは問題にならない、という打算もあったのかもしれない。


 まあ、今は門番のおじさん、憲兵さんを信じるしかないかな。


「じゃ、私はそろそろ…………あの、ビジーちゃん?」


「や」


 話も終わり、この場から去ろうとしたのだけど……ビジーちゃんは、私から手を離してはくれない。

 うーん、振り払うのは簡単だけど、さすがにそんなことはできないよなぁ。


 ちょこん、と袖の部分をつまんでいるのが、かわいいんだ。


「あはは、懐かれたな」


「うぅ」


 懐かれた、かぁ……かわいい女の子に懐かれるのは悪い気はしない。むしろどんと来いだ。

 さっき助けたのが、よっぽど効いたのかな……もちろん私は、助けた見返りになんて下心はまったくないわけだけど。


 それでも、助けられた本人はそうは思っていないらしい。


「もうちょっと……一緒に、いたい。

 だめかな、エラン……お姉ちゃん?」


「はぅわ!」


 うるうる……と潤ませた目で、私を見上げ……その小さな口で、言葉にする。お姉ちゃん、と。

 ちょっと不安げで、照れくささもあって、それでいて……上目遣いで、お姉ちゃん呼び……だとぉ!?

 あまりの衝撃に私は、胸を押さえる。大丈夫だ、呼吸を整えろ……クールになれ、エラン・フィールド……!


 ……よぉし、落ち着いてきた。危なかった……あと少し判断が遅れていたら、膝から崩れ落ちていたことだろう。


「エランちゃん、大丈夫かい?」


 心配してくれる門番のおじさんの言葉は、悪いけど耳に入らない。

 だって、お姉ちゃん……私のこと、お姉ちゃんって……!


 私はこれまで、師匠と暮らしてきた。師匠は見た目としても私より年上だけど、エルフである彼は実際にはもっと年上だ。

 学園に入ってからの私の周りには人がたくさんいるけど、どれも自分と同じ年、もしくは先輩。つまり、年下はいない。


 言ってしまえば、ビジーちゃんは私が初めて接する、年下の子……! しかも、お姉ちゃん呼びのおまけ付きだ……!


「よし、お姉ちゃんも一緒に、事情聴取受けます!」


「わーい!」


「えぇと……さっき、知ってるのは途中からだって……

 まあいいか」


 ビジーちゃんに私も付き合うことで、場は丸く収まった。私にとっては必要のない時間ではある。けど、私のことをお姉ちゃんと呼んでくれる女の子と、私だって一緒にいたい!

 私は、ビジーちゃんと手をつなぐ。うわぁ、ちいさーい!


 その姿に、門番のおじさんは諦めたようにため息を漏らし……スキンヘッド男とトカゲ男を連行していく。

 私とビジーちゃんも、門番のおじさんに着いていくようにして、憲兵さんの詰所へと歩いていった。

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