第173話 俺に稽古をつけてくれ



「おい、エラン・フィールド」


 ……王都で出会った女の子、ビジーちゃん。その子を宿にまで送り届けた私は、その後一人、王都内をぶらぶら満喫して、学園へと戻った。

 その日に会った出来事を、ルームメイトであるノマちゃんに話したりなんかして、一日を終えたわけで。


 で、その翌日。

 教室に入ると、声をかけてきた子がいた。それが……


「……んん?」


 まさか自分に声をかけられたとは思わなかったが、周囲に人はいないし、なにより私の名前を呼ばれたってことは。

 その人物……イザリ・ダルマスは私に用があるってことだ。


 最初こそダルマ男って呼んでいたけど、決闘やその後のいろいろを経て、まあ普通にダルマスと呼ぶようになった。

 たまにまだダルマ男って呼ぶけど。


 で、そんなダルマスが私になんの用だろう。


「珍しいね、私に話しかけてくるなんて」


「……まあ、な」


 これまで、クラスが同じとはいえ関わることはあんまりなかった。決闘や、魔石採集の授業で絡んだくらいだ。

 ダルマスとは個人的に話をするほど仲が良いわけじゃないし。というか男子と話をすることがあんまりないし。


 しかも、ダルマスの周りにはいつも人がいるのに……今は、一人だ。


「で、なに?」


 なんか、さっきからあっち向いたりこっち向いたりして、なかなか喋りだす気配がない。

 このままだともじもじしているダルマスをずっと見ているというハメになるので、私から話の先を促す。


 それを受け、ダルマスは軽く深呼吸をしてから……


「俺に、魔導の稽古をつけてくれないか」


 と、言った。


「……けいこ?」


 それは、私にとって予想もしていなかった言葉だ。だって、そうだろう。

 ダルマスはそもそも、人に教えを乞うようなタイプではない。学園のような空間だと別にしても、それはあくまで教師や先輩など、年上に限った話だ。


 それが、同じクラスの……それも、最初の頃は田舎者だなんだと見下していた私に、だ。


「でも、稽古なんてしなくても、授業で習ってるじゃない。それに、私じゃなくても……」


 私に稽古をつけてくれとは言うが、ここは魔導学園だ。魔導のことを学ぶための学園。つまり、授業で魔導のことを勉強する。

 知識はもちろん、最近では実技も授業に取り入れられてきた。


 それに、放課後はそれぞれの自由時間。訓練場を使って魔導の練習をするとか、図書室で魔導の知識を深めるとか。生徒の自主性に寛大だ。

 なので、そういう意味ではダルマスの言葉も的外れではない。生徒同士の稽古だって、禁止されてはいないんだから。


 でも、なんで私に頼むんだろう。ダルマスの周りにはいつも人がいるし、先生だっている。わざわざ私に稽古を頼まなくても……

 それに、魔導の稽古をつけて、ということは、ダルマスは魔導の力が私より弱い、と認めているようなもの。プライドの高いダルマスが、そんなこと……


「このクラス……いや学年で見ても、お前の魔導の力はトップクラスだ。俺なんかとは比べ物にならない。

 だから、お前に稽古をつけてもらいたい」


 ……そんなこと、あった。

 その、素直すぎる言葉に、私は思わず沈黙してしまう。


「……なんだよ」


「いや……そんな、正直に言われるとは思ってなくて。

 でも、なんで急に……」


 ダルマスの正直な気持ち……へぇー、私のこと認めてくれてるんだ。

 ただ、それはありがたいけど、だからといってなんで、私に稽古を頼むのか、という話になる。


 別に、授業を受けていれば魔導の力は上がるだろうし……元々、ダルマスは他の子よりも筋がいい。正直、私に稽古を受けなくても独自に強くなっていきそうだけど。


「……近く、魔導大会があるだろ。それに俺も出るんだ」


「魔導大会」


 ポツリとつぶやいた、ダルマスのその言葉に、私は少し記憶を辿って……思い出す。

 そういえば、もうすぐ魔導大会って大会が開かれるんだったな。学内学外関係なく、魔導に自信ある者が魔導の力を競う大会。


 近頃、"魔死事件"やらエルフ族のことやら、忙しくて忘れてたよ。いや忘れてたというより、考える暇がなかった、ということか。


「その大会に出るから、私に稽古を?」


「そうだ。お前に教われば、俺はきっと強くなれる。

 俺は魔導大会で、成績を残さなきゃならないんだ」


 自分の拳を握りしめ、見つめているダルマス。そこには、確かな決意と覚悟があるように見えた。

 成績を残さなきゃならない、か。もしかして、お家のことでいろいろあるんだろうか。ダルマス家って、貴族の中でも上級貴族みたいだし。


 授業を真面目に受けていても強くはなれるだろうけど、大会に間に合わせるためには時間が足りない。ならば、誰かに稽古をつけてもらうしかない。

 その結果として選ばれたのが、私ってわけだ。私自身が評価されてるのは、まあ嬉しい。


 うーん……どうしようかな。私自身、師匠に教わってばかりで人に教えたことなんてないし……



『師匠って、教えるの上手ですよね』


『はは、ありがとう。

 人にものを教えるのは、ただ学ぶよりも難しいって言われてるから、ちゃんとできてるか不安だったけど。エランがそう感じてくれているなら、成功かな』


『教えるのは難しい……そうなの?』


『人に教えるってことは、それだけ理解してないといけない、ってことだからね。

 同時に、人に教えられることで自分に対しての復習にもなる』



 ……そういえば、いつか師匠が言ってたな。教えるのは、ただ学ぶよりも難しいって。


 私を、頼ってくれている。しかもあのダルマスが。

 当初の、ルリーちゃんをいじめていた嫌な奴の印象のままだったら、お断りだっただろうけど……最近、この子の見え方も変わってきたもんな。

 もちろん、それでルリーちゃんをいじめてた過去がなくなるわけではないけど。


 でも、世間のダークエルフに対する印象も、少しはわかって。ただ一方的に、ダルマスを嫌うのもなんか違うな、とは思っていたわけで。


「いいよ」


「! 本当か!」


「うん。私も大会には出るつもりだし、どうせなら一緒に強くなろうよ」


 私を必要としてくれているのは、嬉しいし。それに、応えたい。

 どうせ私も、大会に備えなきゃいけないんだ。なら、一緒にやっていく人がいたほうが、心強いしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る