第154話 ルリーの過去① 【平穏】
「教えてほしいの、ルリーちゃんのこと……ルリーちゃんに、いったいなにがあったのか。
ダークエルフに、なにがあったのか」
不安げに揺れるルリーの瞳を、しっかりと見つめ返してくるエラン・フィールド。
初めて会った時から、不思議な女の子だった……この世界では、エルフが迫害されているのは常識だ。ダークエルフなら、なおのこと。
なのに、彼女はルリーのことを、怖がることもいじめることもしなかった。
それどころか、彼女は幾度もルリーを助けてくれた。
初めて会った時、ルリーを見下す貴族相手に、エランは立ち向かった。魔獣が襲ってきた時、真っ先に駆けつけてくれた。
ルリーにとって、エラン・フィールドという女の子は、ヒーローだった。
そんな彼女が、自分のことを……知りたいと、言ってくれている。ならば、話さない理由など、どこにもない。
話す理由は、それだけで充分だ。
「……もちろんです。エランさんには、私のこと知ってもらいたいから」
「あれ、ボクは違うのかい?」
「な、ナタリアさんももちろんです!」
この場にいるのは、ルリーとエラン・フィールド、その他にナタリア・カルメンタールだ。ルリーと同室の彼女は、ルリーの正体を知っている。
彼女の目に、エルフが持つ"魔眼"である。その目には、魔力の流れが映る。その力で、ルリーがエルフだと察したのだ。
ルリーをダークエルフと知り、それでも受け入れてくれているナタリアもまた、ルリーにとっては大切な友達だ。
他にも、自分と仲良くしてくれる人はいる……が。それらは、ルリーをエルフと知らない人だ。もし、正体を知られたら……
いつか、話せる日が来るのだろうか。
「こ、こほんっ。えっと、じゃあ……どこから、話しましょう」
「焦らなくていいよ、時間はいっぱいあるんだから」
「うん。ルリーくんが話しやすいように、話してみて」
エランもナタリアも、ルリーを急かさない。だから、ルリーも何度か深呼吸を繰り返し……落ち着くことが、できた。
目を閉じて……開く。少し、緊張はしているか。
どこから話せばいいか……そんなことを考えるのも、もうやめた。ただ、自分が思うままに、話そうと……口を、開いた。
――――――
「ルラン、ルリー、朝ごはんができたわよー」
「はーい!」
「わーい!」
それは、今よりも昔のこと。それは十数年か、あるいは数十年か。
そこは、ダークエルフのみが住まう森。彼らは他の種族との交流も一切なく、自分たちだけで暮らしていた。
決して数は多くないが、皆それなりに幸せに暮らしていた。
そして、まさに幸せを体現したかのような一家が、ここにあった。
「今日は二人の好きなものを作ったわよ」
「やったー!」
「おいしそー!」
幼い二人のダークエルフは、母親の作った料理めがけてタタタッと駆けてくる。
我が子のかわいらしい姿に、母親……ルールリアは、頬を緩ませた。
二人の子供、ルランとルリーは我先にと席につき、いただきますと挨拶をしてからがっつくように料理に手を伸ばす。
そんなに急がなくても、料理は逃げないというのに。そんなに急いで食べたら、食べ物を喉に詰まらせてしまう……
「ん、んん!」
と、思ったそばからルリーは食べる手を止め、喉を押さえている。ルールリアは呆れたようにため息を漏らして、水の注がれたコップへと手を伸ばすが……
「あら」
「ん」
「ん、んん……!」
ルールリアが行動を起こすよりも先に、ルリーの前にコップが差し出される。それをしたのは、ルリーの兄であるルランだ。
彼は無愛想な表情ながらも、喉を詰まらせた妹に水を差し出したのだ。それをルリーは、ひったくるように取り、飲む。
「んぐっ、ごくっ……ぷはぁ!」
「ったく、気をつけろよ危なっかしいな」
「えへへー、ありがとーおにーちゃん」
ぶっきらぼうな兄と、底抜けに明るい妹。二人のやり取りに、ルールリアは思わず吹き出した。
二人は、なぜ母親が笑っているのか理解できないものの、大好きなお母さんが笑っているのが嬉しくて、笑った。
太陽がちょうど真上ほどにある昼の頃、家の中から三人の明るい笑い声が、聞こえていた。
「はーっ、おいしかった! ごちそうさま!」
「ごちそうさま。ルリー、遊びに行こうぜ!」
「うん!」
子供は元気だ。食べ終わったかと思えば、すぐに外へと駆け出してしまう。あまり遠くへ行かないように注意しつつ、ルールリアは二人を見送った。
外に飛び出した二人は、近所の年の近い子供たちと一緒に遊ぶのが、日課のようなものだ。
ここに住んでいるダークエルフは多くはない。特に子供は少ない。なので、子供も大人も、みんなが顔見知りだ。
この広い森の中は子供たちにとって、絶好の遊び場だ。自然はいっぱいで体を動かすには最適だし、物心ついた頃から触れ合っている邪精霊もたくさんいる。
ルランやルリーたち子供らは、全員を合わせても六人だけだ。他に、アード、ネル、マイソン、リーサ……
六人は、ほとんどを一緒に遊び、過ごしていた。大人たちも、そんな子供たちを微笑ましく見つめているのだ。
「今日はなにして遊ぶー?」
「そうだなー」
体を動かし、そこらの木々を使ってみたり、または魔導を競ってみたり。この森は邪精霊が好む場所であるため、魔術の練習をするにはうってつけだ。
もっとも、子供だけで魔導を使うのは危ないから、魔導を使う際には大人の同伴が必要だ。
そして、今日は魔導の練習をするからと、付き合ってくれるのが、ダークエルフの青年ラティーアである。
彼は若者たちの中でもリーダー的な存在であり、よくルリーたちの面倒も見てくれるため、子供たちからの人気も高かった。
「みんな、離れちゃだめだよ。隠れて魔導を使おうなんてしないこと。
すぐにわかるからね」
「はーい」
ラティーアが見守る中、子供たちは各々魔導を使う。力を高めるために練習する者もいれば、邪精霊と対話している者もいる。
子供の集中力というものは凄まじく、あっという間にのめり込んでしまう。
その姿に微笑ましさを感じ、ラティーアは見守る。
純粋な子供たち。せめてこの子たちは、世界の悪意に侵されないよう、願いたいものだ。本気で、そう思う。
「ラティーアにいちゃんも、一緒に遊ぼー」
「あそぼー」
「ったく、はいはい」
無邪気な子供たちに誘われ、ラティーアは足を進めていく。
ダークエルフにとって不自由なこの世界で……残された自由を噛みしめる。それが、たとえ残り少ない時間だとしても……
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