第155話 ルリーの過去② 【訓練】



「よし、そっちに行ったぞ!」


「あいよ!」


 森の中に、元気な声が響き渡る。それは、この森に住むダークエルフの子供たちのものだ。

 ガサガサ、と草を踏みしめ、標的を追う。アードとマイソンが追いかけているのは、四足歩行のモンスターだ。


 逃げるモンスターの前に、また別の人影が行く先を塞ぐ。

 急に現れた子供の姿にモンスターは驚くが、止まらない。あるいは、急には止まれないのか。

 いずれにせよ、このままでは子供は、モンスターに跳ね飛ばされてしまうだろう。


「ルラン!」


「そこ!」


 モンスターの先にいる子供、ルランは魔導を放つ。それはまるで、魔導の杖の先端から伸びる光の鞭……

 鞭はモンスターへと向かい、モンスターはそれを避ける。鞭はモンスターの体から狙いを外れるが……


 が、そもそもルランの狙いはモンスター自身ではない。


「ブモ!?」


 とたんに、モンスターが体のバランスを崩す。

 ルランの放った鞭は、初めからモンスターの足を狙っていた。鞭は華麗にモンスターの四つ足を絡めとり、モンスターを転倒させた。


「よっしゃあ、今日の昼飯ゲット!」


「さすがはルラン、精度のいい魔導だね」


「二人が予定通りここまで追い込んでくれたおかげた」


 モンスターを捕らえたことで、それぞれの健闘をたたえ合う。

 男三人がハイタッチしているその姿を見つめているのは、近くの木に持たれて座っている三人の少女だ。


 ルリー、ネル、リーサはその光景を見つめながら、パチパチパチ……と拍手をしていた。


「いやぁ、さすがルランね。ルリー、あなたも妹として鼻が高いんじゃない?」


「お兄ちゃんも言ってたように、アードとマイソンがモンスターを追い込んだおかげだし」


「わぁ、冷めてるなぁ。ネルはどう思う?」


「お、男の子同士の友情って、いいよね……うふへへへ」


「あー、そうね」


 もはや、あの程度のモンスターならば全員でかからなくても、男子たちだけで捕らえることができる。

 魔物であれば話は別だろうが、モンスターのままであれば問題はない。


 少し遅れて、女子たちの拍手とは別の拍手が、その場に響き渡る。


「いやぁ、三人ともお見事」


「ラティ兄」


 柔らかい笑みを浮かべ、姿を見せるのはラティーアだ。村の若者の中心人物で、子供たちの世話係も兼ねている。

 居ることはわかっていたが、いったいどこから見ていたのか。突然隣に現れる彼の姿に、ルリーの胸は高鳴った。


 そのラティーアが向かう先は、三人の男子のところだ。


「俺たちは、ただモンスターを追い込んだだけだよ」


「そうそう。モンスターを捕まえたのはルランだし」


「なに言ってんだ、アードとマイソンの役割だって必要なものだぞ。それぞれが、役割を分担して標的を追い詰める……

 あの、遊んでばかりだった子供が、こんなに立派になって……」


「おっさんかよ」


 モンスターの狩りを初めて、数年が経っていた、本来であれば、狩りなど子供に任せたくはないのだ。

 しかし、ダークエルフの数は少ない。そのため、なにをするにも人手不足となっているのだ。

 なので、子供たちもある程度体力が付けば、村のために協力してもらうこととなる。


 とはいえ、さすがに子供だけで、モンスターの相手をさせるわけではない。いずれは彼らだけで、とは考えていても、まだそのときではない。

 なので近くには、常に大人が付き添っている。危なくなった時、すぐに助けに入れるように。


「けど、このモンスターも森に迷い込んできただけなのに、気の毒だよね……」


「はは、ルリーは優しいな」


 遅れて、ラティーアの後をついてくる女子三人。捕まったまま暴れているモンスターを見て、ルリーはぽつりと呟いた。

 その声が聞こえたのか、ラティーアは笑いながらルリーの頭を撫でる。


「か、髪が乱れるからっ」


「あぁ、悪い悪い」


 自分の頭を撫でる大きくあたたかな手を、ルリーは跳ねのける。しかし、それは本気で嫌がっているわけではない。

 素直に恥ずかしいのだ。だから、無愛想な言い方になってしまう。


 ラティーアも、本気で嫌がっていると知れば撫でてはこないだろう。しかし、事あるごとに撫でるのをやめないのは、ルリーが本気で嫌がってないと気づいているのだろう。

 ……撫でられる度にあたたかくなる、ルリーの胸の内には気づいてはいないだろうが。


「ま、ルリーの気持ちもわかるよ。けど、早いうちに対処しないと……このモンスターが、魔物になってしまう前に」


「魔物……」


 心優しいルリーの気持ちは否定しないながらも、しかしモンスターを放置できない危険性もラティーアは口にする。

 その口から出た、魔物という単語を誰かが復唱した。


「けど、本当なのかよ。モンスターが魔石を食べたら、魔物になるって」


「嘘は言わないさ。以前一度、見ただろう?」


「そうだけどさ……本当に魔石が原因なのかなって」


 どこか半信半疑なマイソンの言葉に、ラティーアは首を振る。

 以前に一度だけ、子供たちにはモンスターが魔物に成る姿を見せたことがある。魔物の危険性、モンスターを放置できない理由を説明するために。


 あれは、まさにモンスターとは別次元の圧力だった。魔物に成ったばかりで油断していたところを、ラティーアが倒したので実際に戦ったわけではないが。


「まあ、正確には魔石の中にある魔力が原因だとは言われているな。

 魔石に込められた膨大な魔力を、モンスターが体内に取り込むことで、魔物に……」


「ちょっとマイソン、ラティ兄の言うことが間違ってるわけないでしょばか!」


「なっ、誰がばかだ!」


「ルリー、今そのラティーアさんが話してるから」


 興奮するルリーの肩を、リーサはポンポンと叩く。つい熱くなってしまった、恥ずかしい。

 その姿を、ラティーアはおかしそうに、マイソンはつまらなそうに見ている。


「ま、ともかくだ。モンスターが魔物になる前に、対応する。それが大切なことだ。

 中には魔石を好まないモンスターもいるから、全部が全部ってわけじゃないけど」


「え、モンスターは魔石を好むんじゃないの?」


「うーん、俺は専門家じゃないからよくわからないけど……

 ネルにも、好きな食べ物や嫌いな食べ物はあるだろう?」


「なるほどー」


 好き嫌いの問題か、とネルは納得した。

 そしてこのモンスターは、魔石を好むモンスターだった……放置して魔石を食べれば魔物になるし、これは聞いたことしかないが魔物がさらに魔石を取り込むと、魔獣と成るらしい。


 それほどまでに注意しなければならないのは、この森には魔石が溢れているからだ。

 村人はたまに、生活に使うためか魔石を採集しに向かう。


 ルリーたちも、何度か魔石採集に同行させてもらったことがある。


「さ、そろそろ戻ろうか。みんなの活躍を、みんなに伝えないとね」


「ワタシたちはなにもしてないけどねー」


「あははは」


 ラティーアがモンスターを担ぎ、子供たちがついていく。

 魔導で運べばいいのにと思うが、なんでもかんでも魔導に頼っていてはダメとのことらしい。


 ともあれ、小さな少年少女たちからちょっとだけ成長した少年少女たちは、今日も平和に過ごしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る