第152話 むぷくーっ



「エランさん、お、お話がありますっ」


「お、おう」


 翌日……というか二度寝したあとに起きてから。

 私はノマちゃんと共に、朝ごはんを食べるために食堂へと向かった。ここでは、残念ながらルリーちゃんを見つけられなかった。


 そのあと、教室に行ってホームルームが始まるまでの間に準備……していたところに、私を呼ぶ声があった。

 それが、私のクラスを訪ねてきたルリーちゃん。そして、私を見ながらこう言ったのだ。


 ……そのタイミングのよさに、私は若干驚いていた。


「エランさん?」


「あ、なんでもないよ。

 ただ、私も話があったから、先にルリーちゃんから言われて驚いちゃって」


 私は、ルリーちゃんにルリーちゃん自身のことを聞くために、話しかけるつもりだった。

 でも、まさか先にルリーちゃんから話しかけてくるなんて。それも、あの人見知りのルリーちゃんが他のクラスを訪ねてまで。


 よほど、話したいこと……いや、話さなくてはならないことなのだろうか。


「それで、ですね……

 明日は、お休みじゃないですか。だから、エランさんさえよければ、お泊まりなんかどうかなって……ナタリアさんが」


「え、お泊まり!?」


「はい。三人で、どうかなと」


 私が聞きたい話は、多分すぐに終わるものではない。そこに、ルリーちゃんからも話があるというのだ。長丁場になるとは思っていたが……

 ルリーちゃんから、まさかのお泊まりのお誘いとは。しかも、ナタリアちゃんからそう言ってくれたらしい。


 ……ルリーちゃんからの話。ナタリアちゃんも含まれている。

 ってことは……もしかしてルリーちゃんの話も、エルフに関することだったりして? 私とナタリアちゃんだけだもの、ルリーちゃんの正体を知ってるのは。


 もちろん、まったく関係ない話の可能性もあるけど……でも、呼ぶのは私だけ、なんだよな。


「うん、二人がいいならぜひ!」


「ホントですか!」


 私の答えに、ルリーちゃんは目を輝かせながら喜んでいる。

 おぉ、なんて眩しい笑顔なんだ。フードで顔全体が見えないのが惜しい。


 さて、お泊まりとなると、ルームメイトのノマちゃんに話を通しておかないと。ノマちゃんの場合、わたくしも行きたいですわ、と駄々をこねる可能性もあるけど……


「私だけ、のほうがいいんだよね」


「……はい。すみません」


「ううん、謝ることないよ」


 部屋に呼ぶのは私だけ、か。やっぱり、エルフ関係のことかな。仕方ない、ノマちゃんはなんとかなだめることにしよう。

 今度美味しいものでもごちそうするって言って、ご機嫌でも取るか。ごめんよノマちゃん。


 ま、私の話はルリーちゃんの過去つまりエルフに関することだから、どのみち他の人は呼べないんだけどね!

 もしかしたら夜ふかしするくらい、長くなるかもしれない。授業中にこっそり寝てしまおうか。


 さて、そんなわけでノマちゃんに、今日ルリーちゃんの部屋にお泊まりする旨を伝えに行った……


「わたくしも行く、わたくしも行きますわ!」


 ……案の定、駄々をこねられた。


「ご、ごめんノマちゃん。その、ノマちゃんを仲間外れにするわけじゃないんだ。

 けど、ほら……今回のお泊まり会、三人用だから」


「聞いたことありませんわよそんな人数制のお泊まり会!」


 うぬぬ……やっぱり無理があったか。

 そりゃそうだよなぁ。私が逆の立場でも、なんでって駄々をこねるだろう。いやこねるに違いない。こねこねするともさ。


 とはいえ、事情を知らないノマちゃんを呼ぶわけにはいかない。この機会にルリーちゃんの正体を話す……という方法もあるにはあるけど……



『ノマちゃんには、ルリーちゃんのことは秘密にしといたほうがいい?』


『……はい、できれば……』



 つらそうな表情を浮かべていたルリーちゃんの気持ちは、無視できない。

 ここは、強引にでもノマちゃんに納得してもらわないと。


「お願いノマちゃん、今度なんか埋め合わせするから!」


「むぷくーっですわ」


「むぅ」


 まるで風船のように、ほっぺたを膨らませるノマちゃん。つんつんしたい。

 いやいや、こんな邪なこと考えちゃあだめだよ。


 現在ノマちゃん所属の「デーモ」クラスにいるわけだけど、周りからの目が突き刺さる。ノマちゃんは机に上半身を乗せて、私を見上げている。

 いちいち仕草がかわいいなぁもう。


 そんなノマちゃんの背後から、近づく影。まあ私からは丸見えなんだけど……その女子が、ノマちゃんの背後から抱きついた。


「わひゃ!?」


「んははー、おもしれぇ声〜」


 小柄なその人物は、ケラケラとおかしそうに笑っている。

 女の子……か。むくれているノマちゃんに背後からいきなり抱きつくあたり、その行為は日常茶飯事なのだろう。


 視線だけ動かしてその子を見るノマちゃん。不服な様子で見つめられているその子は、しかし笑みを浮かべたままだ。


「んなはは、そんなにヤキモチ焼くなってのノママーン。エララン困ってんだろー?」


「や、ヤキモチなんて焼いてませんわ!」


「ノママンってばわかりやしーんだから」


 !? ノママン!? エララン!?


 いきなり現れた人物は、まるでからかうようにノマちゃんのほっぺたをつんつんしている。いいな、私もやりたかった。


「えっと……」


「んなはっ。あー、あーしはロバン・コバン。

 よろしくーん、エララン」


「よろし……エラランって、もしかして私?」


「そ」


「あの、私エランだけど……」


「知ってる。だからエラランー、んなはは」


 ……なんだこの子。いろいろ言いたいことはあるけど、なんか濃い!

 眠たそうに見える垂れた目、おかっぱ頭が印象的な女の子、ロバン・コバンちゃん……名前もすごいな。


 彼女はノマちゃんのほっぺたを、両方押さえるように指先で押さえ込んでいる。それからむにむにしている。

 いいなー。


「話は聞かせてもらったぜ。

 そういうことなら、ノママン今夜あーしの部屋に泊まりなよ」


「え……いいの?」


「もちのろんろんろろーん」


 ロバンちゃんの申し出は、とてもありがたい。変な子だけど、根はいい子なようだ。変な子だけど。

 私だけ泊まりに言って、ノマちゃんだけ一人にするのも忍びなかったし。


 なんだか二人は仲が良さそうだし、それならば安心だ。


「ちょっと、わたくしはまだ行くとは……」


「来ないのー?」


「……行きますけども」


 なんとなく、この短時間で二人の関係性がわかった気がする。

 ノマちゃんはいい子だけど、我が強いから周りと馴染めているか、心配なところはあったんだよ。


 そっかそっか、ノマちゃんにもいいお友達がいたんだね。


「ええい、離れなさい。

 フィールドさん、今日のところは引きますが、ちゃんと埋め合わせをしていただかないと……なんで目元押さえてますの?」


「いや……ノマちゃんがクラスに馴染めてるの、安心しちゃって……」


「親目線!?」


 なにはともあれ、これでノマちゃんの対応は大丈夫だ。

 あとは……お泊まりセット、準備しておかないとな。

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