第150話 ノマの決意
その後は、また軽い事情聴取を受けた。とはいえ、死体を見つけたときの状況などはすでに聞かれていたので、不審な人影を見なかったかとか、なにか変わったことはなかったかと、そういったことだ。
そのタイミングでも私は、なにも知らない……と言うことしかできなかった。
私とレーレさん、そして被害者の恋人は、ある程度の話を聞かれたあたりで解散となった。
レーレさんと恋人さんは顔見知りのようで、被害者の姉と恋人という立場から落ち込むお互いを、お互いに慰めていた。
解散した私は一人、寮へと戻った。
こんな明るいうちから寮に戻るなんて、初めてのことだな。いつも、放課後まで授業。その後はお茶会や生徒会やピアさんの研究室や……いろんなところに、行っていたから。
「あら、おかえりなさい、フィールドさん」
「ただいま、ノマちゃん」
自分の部屋に戻ると、ノマちゃんが迎えてくれる。
私たち呼ばれた四人以外は、午前中の授業で終わりだったからな。というか、集会直後に呼ばれて、そのまま憲兵さんの事情聴取に行ったから、結局授業受けてないや。
なんか、疲れちゃったな。私は荷物を置いて、ノマちゃんが座るベッドに寝転がる。
「あ、わたくしのベッドですわよー」
「いいじゃーん」
自分の場所は二段ベッドの二段目だが、二段目に上がるのはめんどくさい。
なので、すぐに寝転がれるノマちゃんのベッドでゴロゴロ。ふわぁ、疲れた体がふかふかの布団で包まれるぅ。
ノマちゃんも、私がなにをしてきたかは知っているのだろう。口では自分のだと言いながらも、私を追い出そうとはしなかった。
そのまま、私の頭を撫でてくれる。うーん、気持ちいい。
「……大変なことに、なってしまいましたわね」
「んー……」
私の頭を撫でながら、ノマちゃんは言う。学園内で殺人事件があったのだ、気が気でないだろう。
それも、今国内を騒がせている"魔死事件"なのだから。
……私は気づけば、こんなことを聞いていた。
「ねー、もし凶悪な事件のさ……犯人が、自分にとって大切な人……の大切な人だったら、どうする?」
「……」
なんとも、脈略のない質問だろう。それも、内容が妙に具体的だ。
なにを考えているのか、ノマちゃんはなにも言わない。けれど、私の頭を撫でる手を止めて、しばらく黙っていたあと……
「大切な人の大切な人、とはなかなか難しい質問ですが……
わたくしなら、まずは三人で机を囲みますわ」
「三人で?」
「えぇ。なにをするにも、やっぱり話し合いは大切ですわ。
もちろん、顔をあわせて」
「……そっか」
なんだか、ノマちゃんらしいなと思った。少しだけ、胸の中のもやが取れた気がした。
ノマちゃんは再び、頭を撫でてくれる。あぁ、なんだか落ち着くなぁ。
そういえば、誰かに頭を撫でられるなんていつぶりだろう。この国に来てからはないし、師匠と暮らしていたときもそんなに撫でてもらってはいない。
……でも、なんか……なつかしい、感じが……
「…………すぅ……」
ほのかに感じるなつかしさ、そして気持ちよさに私の意識は薄くなり……次第に、眠くなっていった……
――――――
「すぅ……」
「ふふ、おやすみなさい」
ベッドに寝転がり、頭を撫でていたエラン・フィールドが安らかな寝息を漏らし、ノマ・エーテンは満足そうに笑みを浮かべる。
サラサラの黒髪を指に通しつつ、優しく頭を撫でる。
ずっとこうしていたい気持ちもあるが、あまりやりすぎても今度は起こしてしまいかねない。
ノマは、そっと手を退ける。
「気持ちよさそうに寝ていますわね」
すやすやと眠るエランの表情は、とても安らかだ。普段、二段ベッドの二段目で寝ているエランの寝顔を見る機会は、あまりない。
先ほどまでつらそうな表情を浮かべていたが、今だけでもその悩みからは解放されてほしい。
「まったく、悩んでいることがあるなら、言ってくださればいいのに」
部屋に戻ってきたエラン……いや、昨日からだ。なにか、悩み事があるだろうというのは、わかっていた。
それを話そうとしてくれないのは、きっと彼女の優しさだ。エランがあんなになるくらいだ、その重みを背負わせたくないと思っているのだろう。
それでも、ノマは話してほしい。
なにに悩んでいるのかはわからない。しかし、タイミングから考えて……今回の"魔死事件"についてのことであろうことは、予想がついた。
「カゲ」
「ここに」
ノマとエラン、しかしエランは眠り起きているのは一人だけとなった部屋に、もう一つの声が響く。それも、男の。
ここは女子寮だ。本来、女子寮に男子は立入禁止である。
しかしその人物も、その人物を呼んだノマも、それを気にした様子もない。
ノマに呼ばれた人物……カゲ・シノビノは音もなく、部屋の中にいた。
シノビノ家は代々、エーテン家に仕えてきた。カゲはノマのお世話係として、学園に来る前は彼女の身の回りのことを常に行っていた。
それは家の関係として……ではなく、実際にカゲがノマを尊敬しているからだ。
「わたくしたちも、調べますわよ。今回の事件」
「よろしいので?」
「……これ以上、この小さな体に、背負わせるわけにはいきませんもの」
エランはなにかを隠している。そうでなくても、入学からいろいろあったのだ……直近では決闘から、生徒会に所属。その活動として、昨日はダンジョンにまで行き、そこで魔物と戦ったとも。
エランは師匠と二人で暮らしてきたと聞いた。だから、きっと知らないのだ……人に甘えるということを。
なにもかもを、背負わなくてもいいのだということを。
「フィールドさんは、きっと聞いても教えてはくれないでしょうし」
「彼女は意固地なところがありますからね」
「えぇ」
もし、今彼女が抱え込んでいるものを話してくれたなら、彼女の負担も軽くなるはずだ。けれど、きっと彼女はそれをしない。
だったら、違う角度から彼女を手助けしよう。最初から手伝うなんて言っても、断るだろう。というか、事件内容を教えていいもなのかどうかだ。
ならば、自分で調べる分には問題ないし、断れないような領域にまで足を突っ込めばいい。
「そうと決まれば、早速明日から調査開始ですわ」
ふん、と鼻息荒く、ノマは決意した。
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