第149話 ハナシタイハナセナイ
"魔死事件"についての事情聴取のため、事件現場に戻ってきた。そこで、意外な人物と再会した。
私がこのベルザ王国で初めて出会った人物。あの日門番をしていた、おじさんだ。
おじさんは、私のことは印象的だから覚えていたらしい。
けど、私はよくおじさんのこと覚えてたよな。自分の記憶力に感心だよ。
「それにしても、魔導学園で事件があり、今日目撃者に話を聞くように言われたから来てみたら……
まさか、キミだったとはね。こんなときだけど、学園合格おめでとう」
「こんなときだけど、ありがとう!」
このおじさんには、私がこの国に来た理由を話したんだっけか。魔導学園に入るために、ここに来たのだと。
その理由も、ちゃんと覚えてくれていたみたいだ。
懐かしいけど、あんまりのんびりと関係ない話もしていられないだろう。状況が状況だけに。
「なにか、わかったことってないの?」
「部外者には教えられない……と言いたいところだけど、遺体を発見したのはキミだったね」
「うん。でも、一番最初に発見したのは私じゃないよ?」
「第一発見者の彼女にも、もちろん話を聞いてる。
でも、彼女はあまりのショックで、当時のことをよく覚えていないらしい。被害者を見つけ……気づいたら、キミがいたと」
ふぅむ……まあ、仕方ないよね。あの年で人の死体を見ることなんて普通はないだろうし、"魔死者"……しかも恋人だ。
むしろ、あのとき悲鳴を上げることはできてよかったと思う。人は本当に恐怖したときは声も出ない、なんて聞くし。
そうなれば発見は遅れ、多くの人の目にも触れてしまっていたかもしれない。
「だから、どちらかというとキミが一番、状況に詳しいんだと思うよ」
「私が、か」
「そう。見てたわけじゃないけど、聞いた話じゃ、そこに人が集まらないように結界を張ったり、その場に適した人だけに声をかけたんだって?
キミも遺体を見るのは初めてだろうに、大したもんだよ」
「あはは……」
感心……してくれてるけど、褒められるようなことでもない。自分でも、ただ夢中だっただけだ。
あのときと同じことをしろと言われても、多分無理だろう。
それに私は、死体を見るのがあれが初めてだったわけじゃない。
その日の午前、ダンジョンでも同じ"魔死者"を見つけていたのだ。だから、驚きが少なかっただけ。
それを話すと、おじさんは驚いていた。
「そういえば、遺体を発見した子がダンジョンでも同じ状態の遺体を発見した、って聞いてたな。
キミのことだったのか。災難だったね」
「えぇ、まあ」
本当なら、私も今回の第一発見者のようにショックを受けるべきなのかもしれない……人の死体なんて、私だって初めて見た。
でも、あのときはルリーちゃんがいた。それも、被害者の体内の魔力がぐちゃぐちゃになったのを、"魔眼"で見てしまっている。
なんとか気丈に振る舞おうと思って……しかもその直後魔物まで出てきて……それどころじゃなかったのは、大きい。
それに、午前にあんなものを見たから、今回耐性ができていたのもある。
まあ、もう二度と見たくない光景ではあるけど。
「さっきの質問だけど……
残念ながら、これといった手がかりはないよ」
「……そうですか」
「結構な数の犯行が行われているのに、目撃者も手がかりもなし。
ただ今回は、今までと違って学園内という空間だ。そこで、手がかりを得られるんじゃないかと思ったけど」
どうやら、状況は芳しくないらしい。
結局のところ、体内の魔力が暴走して死んでいる、以上の手がかりがないのだ。
……犯人はダークエルフだと話したら、いったいどう思うだろう。ただでさえ人とエルフの間にある確執が、さらに深くなる。
それに、彼が捕まれば彼の妹であるルリーちゃんの正体も、バレる可能性が高まる。そうなると、ルリーちゃんは……
同時に、個人的な感情でこの重大な秘密を留めておいていいのか、とも思う。
もし話せば、事件は解決に近づくかもしれない……でも、ルリーちゃんとルランの兄妹は……"きょうだい"は、いったいどうなる……?
あぁ、私は……どう、したいんだろう。
「犯人も原因もなにもかもが不明。これならまだ、なにかの病気だって言われたほうがマシだよ」
門番のおじさんは、困ったように言う。どうやら、わかっていないのは犯人だけでなく……その原因についてもだ。
死んじゃう原因は、体内の魔力が暴走するから。だから正確には、魔力が暴走する原因……だ。
体内の魔力が暴走するのは、魔石を取り込んでしまったせい。魔石というよりも、魔力の塊……それを流し込まれて、体内では魔力が暴走してしまった。
その結果として、体内では内臓とかがぐちゃぐちゃになり、死んでしまう。
まさか、魔石を取り込んだせい、なんて思いもしないだろう。
「って、さっきから黙っちゃったけど、どうかしたかい?」
「あ……」
ふと、考え込んで口数が少なくなってしまった。そのことを、心配される。
私は、この事件の犯人を知っている……そう話したら、いったいどんな顔をするだろう。
向こうでは、憲兵さんに話を聞かれているレーレさんの姿があった。その目には……うっすらと、涙が浮かんでいるのが、見えた。見えてしまった。
弟を殺されて……いや、彼女だけじゃない。事件の被害者には、家族や友達、恋人がいる。その、残された人たちはみんな、悲しい思いをしている。
……そう、だよ。なにを迷う必要があるんだよ私。犯人がダークエルフでも、ルリーちゃんのお兄さんでも、ここで黙っておく理由なんてない。
……はず、だ。
「あ、の……」
「ん?」
そうだよ、たとえルランのことを話したとしても、いや話さなくてもだ。捕まれば、顔が見られる。そうしたら、ルリーちゃんとの関連を疑われるかもしれない。
だったら私は、二人の関係を隠し通すことだけに気を遣えばいいじゃないか。
問題なのは、ダークエルフが犯人なことじゃない。ルリーちゃんのお兄さんが犯人なことだ。ルリーちゃんのお兄さんが犯人で、そしてダークエルフなことだ。
だから、ルランとルリーちゃんにはなんの関係もないのだと、ごまかす。他人の空似とか、そういうやり方でごまかせるはずだよ。
たとえルランが、ルリーちゃんのことを話したとしても、殺人犯の言葉なんてまともに取り合ってもらえないはず。
私は、ルリーちゃんを守る……それだけ、考えておけばいい。ダークエルフとの確執とか、そういうのは二の次だ。大切なのは、ルリーちゃんのこと。
「私、犯人を……」
「おーい、ちょっとこっち来てくれ」
なによりも、この秘密を一人で抱えるには重すぎる……そう感じ、犯人の特徴を話そうとした。しかし、私の声に被せるように、別の声が響いた。
それは、別の憲兵さんのもの。どうやら、こっちに……門番のおじさんに、用があるようだ。
「っと、呼ばれちまったか。
……ん、なにか言いかけてた?」
「あ、い、いや……なんでも……」
なんで……なんで、話せないんだ……?
「そうか……あ、もしかして気分悪くなっちゃったか。仕方ないよな。
ごめんな、もう少しの辛抱だから。我慢してくれな。俺はもう行かないと」
口早に、おじさんは言う。どうやら、私がなにかを言おうとしたのは、気分が悪くなったことを訴えようとした、と誤解されてしまったらしい。
もう少し付き合ったら解放する……そう、言い残しておじさんは、呼ばれたところへ行ってしまった。
伸ばした手は、虚しく空を切った。
結局、その後も……私は、なにも言えなかった。言おうと、決意を固めたはずなのに。
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