第146話 理事長からのお願い



 理事長に呼ばれた私は、理事長室に足を踏み入れていた。

 このタイミングで、わざわざ理事長からの呼び出し……十中八九、"魔死事件"に関することだろうと思った。


 理事長室には、理事長を始め私を案内してくれたサテラン先生、他三人の先生。校長先生。

 そして生徒会長であるゴルドーラ・ラニ・ベルザ。まあ、ここまではわかる。それに、この面子ならやっぱり呼ばれた理由は、思っていた通りだろう。


 それは、いいんだ……


「やっほー、エラン」


「……」


 なんでこの場に、ヨルがいるんだ?

 私と同じ【成績上位者】かつ、「ラルフ」クラスの【代表者】でもある。実際、組分けの際に魔導具を破壊してしまうくらい、すさまじい魔力を持っている。


 その力に、疑うところはないのだろうけど……私はこの男が、苦手だ。

 初対面でいきなり詰め寄ってきて、その後も妙になれなれしい。私を同じ、黒目黒髪の人物だから、珍しい者同士仲良くしようよ、って思ってたんだけどな。第一印象では。


「あれー? おーい、聞こえてるー?」


 くそっ、最近代表者会議で顔を合わせるのはもう仕方ないし、諦めもついていた……極力、同じ教室内でも関わらないようにしていたのに!

 第四章になってから出てこなかったし、もうこのままフェードアウトしてくれてよかったんだけどな!


「……こんにちは、理事長。エラン・フィールド、今来ました」


「えぇ。まあ、適当に座ってください」


「はい」


「あれ? ねえ、エラーン? おーい?」


 私は軽くお辞儀をして、視線を動かす。

 自分の隣をポンポンと叩いているヨルを無視して、私はゴルさんの隣へと移動する。


「ここ、いいですか」


「あぁ」


「あれー?」


 三人掛けのソファーなので、私が隣に座っても問題はないだろうが……

 ヨルの隣には、すでに別の女性が座っている。わざわざ、反対側に座るよりは、ゴルさんの隣に座った方がバランスがいい。


 それだけ。他意はないんだよ、うん。

 ていうか……ヨルの隣に座っている女の人は、誰だろう。黄色いスカーフをつけているから、二年生か。


 灰色の髪を肩辺りまで伸ばして、後ろで一本にまとめている。

 なんていうか、リリアーナ先輩とは別の意味で大人っぽいなぁ。きりっとしてて……あれだ、武士って感じ。


「……ん?」


「こほん。では、皆さん集まりましたね。

 いきなりのお呼びたて、申し訳ありません」


 理事長は、私たちを集めたことに頭を下げている。

 理事長って、学園で一番偉い人なんだよね……なのに、こうも躊躇なく生徒に頭を下げるなんて。


 普段の言動もだけど、丁寧な人なんだなぁ。


「勘のいい方は、すでに察しがついていると思いますが……」


「弟を殺した犯人が、わかったんですか!?」


 落ち着いた様子で話す理事長……この言葉を遮ったのは、武士のお姉さんだ。その声には、若干の焦りを感じられる。

 ていうか……今、弟、って言ったよね?


 私たちが集められたのは多分、"魔死事件"について。それで殺されたのが、二年生のレオ・ブライデント。

 つまり……


「被害者の……お姉さん?」


「どうなんですか、理事長!」


「落ち着きなさいブライデント、気持ちはわかるが理事長相手に……」


 今にも取り乱しかねないお姉さんを、先生の一人が止めようとするが……その先生をこそ、理事長は止める。

 そして、今度はお姉さんと向き合った。


「申し訳ありません、犯人の目星はまだ……」


「っ……いったい、誰がこんな……!

 犯人を見つけたら、絶対に私が、殺してやる!」


「おい、ブライデント」


 理事長の返答は、お姉さんの……みんなの望んでいるものではなかった。先生たちと、生徒会長と、被害者のお姉さんと……関係者が集められているから、なんらかの進展があったと思ったのだ。

 悔し気に歯を食いしばるお姉さんは、なにかを耐えるように俯いている。


 ……犯人を知った上で黙っている私は、なんともいたたまれない気分になった。

 ルリーちゃんの身の安全のためとはいえ、本当に黙っておくのが、正解なのか……?


「では理事長。理事長が我々を集めた、理由は?」


 考え事をしている間にも、話は進んでいく。話を進めようと努めているのは、ゴルさんだ。

 彼は悲しみに暮れるお姉さんを一瞥して、理事長へと視線を移動させた。


 同時に、みんなの視線が理事長へと向いた。


「えぇ。実は皆さんには、お願いがあってお呼びしました」


「お願い……?」


 理事長から、私たちにお願いだって?

 もしも生徒へのお願いなら、理事長直々である必要はないし、さっきの集会で言ってしまえばよかったのだ。


 そう、しなかったということは……


「お願いですか……その内容は?」


「今回、事件が起こったのは学園内。これまでの犯行は、すべてひと気のない場所で行われてきました。

 それが、今回に限っては学園内。場所は、あまり人の通らない場所とはいえ、これまでの犯行場所と比べれば見つかりやすい場所です」


 確かに理事長の言うとおり、今回の犯行とはこれまでの犯行とは場所が全然違う。ひと気があるかないか……これは、大きな違いだろう。

 ただ犯行を重ねるだけなら、これまでのように人に見つかりにくい場所にすればいい。でも、今回はそうしなかった。


 その違いは、なんだ……ルランは、なにを考えている?

 ルランは人間を恨んでいた。誰か特定の個人ではなく、人間全部を……逆に考えれば、わざわざ危険を冒してまで学園に侵入する必要はない。


 なのに、なんで今回は……


「そこで、あなたがたには、学園内の様子を探ってほしいのです」


「! 様子を、探る?」


 私たちがここに呼ばれた理由……それを話す理事長。

 ここにいる生徒は、四人。それぞれで、学園内を探れっていうのか?

 それは、つまり……


「理事長は、学園内に犯人が潜んでいるかもしれない、と?」


 私が考えていたことを、ゴルさんが口にする。理事長の今のお願いは、つまりそういうことなんだろう。

 学園内の様子を探る……それも、学園内で"魔死事件"が起こった直後のものだ。学園内に犯人が潜んでいて、それを探れという意味なのだろうと思う。


 正直、理事長の考えもわからなくはない。私だって、犯人を知らなければ同じことを考えていたかもしれない。

 これまでの犯行は、言ってしまえば誰でもできる。でも、学園内となれば限られる。先生か……あるいは、生徒か。


 緊迫の空気が走る中で、しかし理事長の表情は変わらない。


「あくまで可能性の一つです。我々教師も目を光らせるつもりですが、教師からの立場では見えないものもあります」


「だから生徒の立場での、意見がほしいと」


「えぇ」


 先生ではダメでも、生徒の前ではなにかボロを出すかもしれない……生徒同士でしか、わからないものもあるかもしれない……だから、数人の生徒で探りを入れるのだ。


 理事長がこう言うってことは、ここにいる先生たちは信用できるってことなんだろうな。

 同時に、ここにいる私たち生徒も。


「生徒会長であるゴルドーラ・ラニ・ベルザさん。

 亡くなった生徒の身内であるレーレアント・ブライデントさん。

 今朝冒険者の方と同行し"魔死者"を目撃したというエラン・フィールドさん。

 そして、ヨルさん」


「ん?」


 私たちが信用に足る人物であると判断してくれたのは、嬉しいけど……

 なんで、ここにヨルが混じっているんだろう。

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