第142話 ちゃんとしたお友達に



 ルランが、去った……さっきまで殺伐としていたこの空間が、少し雰囲気が和らいだのを感じた。

 残っているのは、私と……見知らぬダークエルフだ。


 ルランの知り合い……でも、私に対する敵意とかは、感じない。


「いやー、ごめんねあのバカが」


 それが証拠に、笑いながらこんなことを言ってくるのだ。

 美人さんだけど、なんていうか親しみやすい。ルリーちゃんはかわいいタイプだけど、この人は美人タイプだ。


 すごくサバサバした人だな……それに、服装もなんというか、際どい。胸や下半身と、大事なところを隠している程度の服装だ。


「えっと、リーサ……さん」


「あははは、リーサでいいよ。堅苦しいのは嫌いなんだ」


 と、リーサは呼び捨てオーケーしてくれた。

 うーん、親しくしてくれるのはいいんだけど……ルリーちゃんやルランとはまた違ったタイプだな。


 なんていうか、ダークエルフだから、というのをあんまり気にしていないというか……


「えっと、あの人と、知り合いなんですか。

 それにルリーちゃんのことも、知ってるみたいでしたし」


 とにかく、話が通じるならばありがたい。さっきはルランとは話が通じそうで、通じない感じだったし。

 私を助けてくれたんだし、いい人……って認識でいいんだよね。


「まあ、アイツとは幼なじみみたいなもんかなー。

 っても、ダークエルフは数が少ないから、ほとんどが顔なじみなんだけどね」


 頬をかきながら、ルランとの関係性を語るリーサ。ルランと幼なじみってことは、その妹のルリーちゃんとも、か。

 ルランは人間を敵視し、ルリーちゃんとリーサは人間に歩み寄ろうとしている……ダークエルフにもいろいろいるんだな。


 いや、人間にだっていろんな人がいるんだ。それと同じこと。


「アイツが最近、この国で物騒なことしてるって聞いてね。探してたんだけど……

 まさか、こんな場面に出くわすなんて。ルリーちゃんの友達なんだって?」


「あ、はぁ、その……」


「いいよいいよ謙遜しなくて。

 そっか、友達かぁ……ワタシたちにとっては、同族だけが仲間みたいなもんだったから。

 そんな子がまさか、友達だって言ってくれる他種族の友達ができるなんて……お姉ちゃん嬉しい!」


 うわあ、この人めっちゃグイグイ来る。愉快な人、であることは間違いない。

 それに、ルリーちゃんをとても大事に思っていることも。


 それはそれとして、あまりの迫力に圧されてしまう。そういえば、クレアちゃんからあまりグイグイ行かないほうがいい、って注意されたことがあるけど……もしかして、相手から見た普段の私ってこんななのかな?

 ……気をつけよう。


「でも私、ルリーちゃんのことなにも……」


「あぁ、あのバカの言ったことなら気にしなくていいって。全部話さなきゃ友達じゃないなんて、そんなわけないって。

 誰しも、友達相手だろうと話せないことの一つや二つあって当然」


「……」


 さっきルランに言われたことが、気になってないわけじゃない。相手のことを全部知らなきゃ、友達じゃないなんて……もしそうだとしたら、私はルリーちゃんと……いや誰とも友達になれないだろう。

 だって私には、十年以上前の記憶がない。自分のこともわからないのに、それでどうやって、自分のことを相手にわかってもらうのか。


 だから、リーサの言葉は、私の心をちょっと軽くしてくれた。


「リーサは、ルランを……止めるために、探してたの?」


 リーサは、ルランがこの国で変なことをしていると知って探していた、と言った。それは、その変なことを止めるために探していた、ということでいいのだろう。

 さっきのやり取りを見る限り、それで間違いなさそうだ。


 残念ながら、ルランには逃げられてしまったけど。


「そ。アイツが人間を恨むのも、わかる。

 けれど……だからって、誰も彼も見境なく殺していくなんて、いいわけじゃない」


「……なにが、あったの? ダークエルフは、人になにを……

 ルランやルリーちゃんは、いったいなにをされたの?」


 直接話したルランから、人への怒りが伝わってきた。そしてそれは、リーサからも……

 私を助けてくれたリーサでさえ、ルランが人間を恨むのはわかる、と理解を示しているのだ。その上で、ルランの行いはいけないことだとも。


 人とダークエルフ……両者の間には、私もまだ知らない深い溝があるように思う。

 なにがあったのだと、リーサに聞くと……彼女は困ったように、笑った。


「……これはきっと、私の口から聞くべきじゃないと思う」


「え?」


 私の口から聞くべきじゃない……それって、どういう意味だろう?


「気にしなくていいって言っても、エランちゃん、やっぱりあのバカの言ったこと、気にしてるでしょ」


「!」


 それは、図星だった。

 気にしなくていいと、リーサは言ってくれた。でも、私がルリーちゃんのことを知らないことに、変わりはない。


 そのことが、わかってしまっている。


「だったら、それはきっとあの子……ルリーちゃんから、聞くべきだと思うわ」


「ルリーちゃん、から?」


「えぇ。あの子の過去になにがあって、なにを思って今ここにいるのか。

 私が、全部教えることは簡単だけど……あの子自身の口から、聞くべきだと私は思うわ。キミも、そのほうがいいんじゃない?」


「……」


「それに、ワタシだってあの子の考えてることの全部がわかるわけじゃない」


 ルリーちゃん自身の口から……か。確かに、そのほうがいい。

 リーサはいい人だけど……やっぱりルリーちゃんの話を聞くなら、ルリーちゃん本人からでないと。


 もっとも、素直に話してくれるかはわからない。話すのが嫌だと言うなら、無理に聞き出すつもりもない。

 でも……知りたいんだ。ルリーちゃんのこと、もっと。


「……迷いは晴れたみたいね」


「うん。ありがとう」


 おかげで、やることが見えたよ!

 これまで、触れないようにしていた……ダークエルフの、いやエルフ族の問題。"殺戮の夜"ってものがあって、なにがあったかを知って……

 でも、それ以上を知るのを、どこかためらっていて。


 でも、もう迷わない。なにがあったとしても、私はちゃんと受け止める。

 そして、それも込みで……改めて、ルリーちゃんとちゃんとした、お友達になるんだ!

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