第143話 また会うときまで



 私が、なにをするのかと決意したのを見届けてか、リーサは笑った。

 悩んでいた私に、いわば道を示してくれたようなものだ。


 初めて会うのに、ここまでしてくれるなんて、いい人だなぁ。


「……さて。じゃ、アタシはそろそろ行くよ。あのバカ探さないといけないし。

 アタシに見つかったからには、しばらくは大人しくしてると思うから、事件もしばらくは起きないと思う」


「そっか……」


 このままゆっくりおしゃべり……というわけにもいかないのだろう。

 逃げてしまったルランを追わないといけないし、なにより彼女はダークエルフだ。私がなんとも思わなくても、周囲はそうはいかない。


 ダークエルフは人々や、エルフにさえよく思われていない。その確執は、私が思っている以上だ。

 本を読んだだけじゃ、全部を汲み取れていなかったらしい。


「ルリーちゃんに、会っていかないの?」


 彼女は、ルリーちゃんとも幼なじみだという。ならば、ここで会っていかないのだろうか。

 急いでいるとはいっても、それくらいの時間はあるだろう。


 だけどリーサは、首を縦には振らなかった。少しだけ、残念そうな顔をしながら。


「アタシや、ルランと会ったことはあの子には秘密にしておいてほしい。

 あの子は今、頑張ってる……余計なことで、精神を乱したくない」


「余計なことって……」


 お兄さんや、幼なじみとの再会が余計なことだなんて、思えない。

 だけど、本人が首を横に振っているのだ……私には、なにも言えない。


 それに、仮に会ったことを話しても……リーサはともかく、ルランのことをどう話す。ルリーちゃんは、ルランのことを死んだと思っている。

 それに、話せばさらなる詳細を聞かれるだろう。そこで言うのか? "魔死事件"を起こしてる犯人だと。


 そこだけ隠そうとしても、絶対にボロが出る。


「また会うときは、時期を見て……

 アタシから、会いに行くよ」


「……わかった」


 自分から、会いに行くか。確かにそのほうがいいかもしれない。

 私から、リーサと会った……と話されるより。リーサが直接、会いに行ってあげたほうがいい。


 そこでふと、リーサは私の顔を覗き込む。


「それにしても……エランちゃん、その年ですごい魔力量だね」


 そう話すリーサの瞳は、淡く輝いていた。彼女は"魔眼"を通して、私の体に流れる魔力を見ているのだろう。

 自分じゃ意識したことないけど、やっぱりすごいのか私の魔力。ごめんうそ、意識しまくってます。特に組分けの魔導具破壊のとき。


 ただ、他の人から指摘されると、気恥ずかしいというかなんというか。


「へへ、そ、そうかな〜」


「おっと今のやり取りでなんとなくエランちゃんのキャラ掴めた。

 でも、良かったよー。ルランのバカが先走らなくてさ」


「さきばし……?」


 なぜか、ほっとしたように胸を撫で下ろしているリーサ。

 ルランが、どうかしたのだろうか。


 私の指摘に、リーサは苦笑いを浮かべる。


「あいつ、魔力を操る術に長けてるからさ。

 他人の体内の魔力をいじくって殺す……なんてこともできちゃうわけ」


「……」


 とんでもなく恐ろしいことを、さらっと言い放つリーサ。え、え?

 魔力をいじくって殺す、って言ったの?


 ……魔力を操る。それは自分だけでなく、他者にも影響するやり方があると、聞いたことはある。自分への影響は、簡単なものなら身体強化の魔法だ。

 あれは自分の魔力に干渉し、操っている。結果として、魔力による身体強化が可能となるわけだ。


 リーサが言っているのは、自分ではなく他者への干渉。私はできないけど……まあ言ってる通りのことだ。触れた相手の魔力に干渉して、あれこれするってことだろう。

 魔力で身体を強化させることもできれば、逆に弱くすることもできる。触れられた相手は、自分の意志とは関係なしに体の魔力を操られるのだ。


 だから、他人の魔力を操れる人は、相手に触れていれば、その人の体内の魔力を暴走させることもできる……その結果、死に至らしめることまでもできる。

 そう言っているのだ。


 もしそれが本当にできるのだとしたら。ただ触れるだけで相手を殺せるのだとしたら。

 そんな恐ろしいことはない。今回の"魔死事件"だって、ただ殺すだけなら、わざわざ魔石を流し込む必要すらないのだ。


「私、もしかして結構やばかった?」


「あはは、まあね。でも、本気で殺す気はなかったんだと思うよ。

 でないと、触れた瞬間にお陀仏だもん」


 ルランに触れられていた私は、ルランがその気になれば、体内の魔力が暴走して……死んでいたかもしれない。

 考えただけでも、恐ろしい。


 確かにリーサの言う通りなら、ルランは私を殺すつもりはなく、あくまでも脅し……いや、私はルランが魔力干渉の力を持ってることを知らなかったんだから、脅しにすらならないか。

 ともあれ、殺すつもりはなかった……それは、きっと本当だ。


「じゃ、そろそろ本当に行くね。

 あ、結界は解いといたから」


「……けっ、かい?」


「うん。あ、気づいてなかった?

 この空間だけ、外とは時間の流れが違う結界が張られていたんだよ」


 だからここでいくら騒いでも、外に聞こえることはない……と、リーサは言う。

 道理で、結構騒いでると思ったけど、誰も来ないわけだ。


 私は元々、この区間に人払いの結界を張っていたけど……その中、この空間だけにさらに、別の結界を張っていたのか。

 リーサ曰く、それは闇属性の魔術によるものだという。詳しいことは、よくわからないけど。


「また、会えるかな」


「どうかなー。ま、会える運命なら、また会えるよ」


 最後まで、あっけらかんとした人だ。初対面とは思えないほどに、気を許していた。

 お互いに手を振り、リーサは凄まじい跳躍力で飛び、さらに学園の壁を伝い屋上に登っていった。


 なんか、嵐のような人だったな……というか、この短時間でいろんなことが起こりすぎでしょ。

 また、いろいろ考えることが増えた気がするけど……今は、とりあえず。ゴルさんたちのところに、戻るとしよう。

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