第141話 予期せぬ乱入者



 ルリーちゃんの、なにを知っているのか……そう聞かれ、私は言葉に詰まってしまったのだ。

 ルリーちゃんと友達でない、という気持ちは微塵もない。私とルリーちゃんは、友達だと、そう思っている……いや、思っていた。



『なにも知らない、なにも聞いてない。

 それでよく、友達だなんて言えたもんだな!』



 ルランの言葉が、私の頭の中で反響している。

 なにも、知らない……だってそれは、その通りだったから。


 ルリーちゃんの家族のことも、過去になにがあったのかも……ルリーちゃんのことは、なにも知らない。

 彼女がダークエルフだと、ただそれだけだ。私だけ……というわけじゃないけど、秘密を知って、知った気になっていた。



『お前があいつの、なにを知ってるんだ?』



「わた、しは……」


 ルリーちゃんの、友達だ……でも、その言葉が言えない。

 友達だという気持ちに偽りはなくても。これが本当に、友達という関係なのか? そう、思ってしまった。


 私にとって、この国に来て……いや、これまでの人生で二番目の友達。それは、間違いないはずなのに……

 ルリーちゃんのことをなにも知らないのに、友達なんて……


「すっかり元気がなくなったな。やはり……」


「相手のことを全部知らないと友達じゃない。

 ……なんてワタシは、傲慢だと思うけどなぁ!」


「!」


 私のものでもルランのものでもない、声が聞こえた。

 校舎裏に響く声は女性のもので、どこから出てきたのだろうと視線を動かす。直後、その声の主が姿を現した。


 ドンッ、と、なにかが落ちてきたのだ。

 そのなにかは、人の形をしていて……なびく銀色の髪は、こんな状況でも目を釘付けにして。腰に手を当て、堂々と立つ女性はニッと笑っていた。


「……リーサ」


「やあやあ、バカルラン。こーんなとこでなにしてるのかな」


 声のトーンが一段と落ちて、ルランは目の前の女性を睨みつけた。リーサと呼ばれた女性は、自分に向けられる敵意を理解しているのかいないのか、ニコニコ笑いながら手を振っていた。


 露出の多い、格好だ。そこから見える褐色の肌。銀髪、緑色の瞳、尖った耳……

 間違いないダークエルフだ。


 しかもこの二人、知り合いみたいだ。


「お前、どうやってここに……」


「探してたんだよー、バカがバカやってるって知ってさ。

 あんた、自分のしてることわかってる? 妹の思いを踏みにじってんだよ」


「お前には、関係ない」


 あらら、なんか浅からぬ因縁がある様子だ……

 というか、ルランはいい加減離してほしいのだけど。


 二人はしばし睨み合いを続けたあと、動きがあった。

 目の前にいたリーサが消えた……かと思ったら、私はバランスを崩す。私を捕まえていたルランが、私を突き放して離れたからだ。


 バランスを崩して倒れそうだったところを、リーサに支えられる。

 少し離れたところに着地したルランの頬は、切れていた。


 もしかして、今の一瞬で、ルランとの距離を詰めて、攻撃したのか? ルランも、それをもろに受けないために離れた。


「大丈夫? ごめんねー、あのバカが」


「え、あ、ううん」


 親しげに話しかけてくるリーサからは、敵意はまるで感じられない。

 私を助けてくれた……ってことで、いいのかな。


 舌を打つルランが、私たちを睨んでいた。


「リーサ、なぜ人間を助ける。そいつらは……」


「わかってるよ、人間が私たちになにをしたか。

 でも、全ての人間がそうじゃない。わかってるでしょ? なのに、誰彼構わず人間を……」


「人間は、オレたちダークエルフを誰彼構わず迫害したのに、オレたちだけ我慢しろっていうのか!?」


 ……話が、見えてこないようで見えてきた気がする。

 ルランが"魔死事件"を起こすのは、魔石による進化が人間にも適用されるかを確かめたいから。……でも、それならあんなに多くの人たちを犠牲にする必要はない。


 あんなにたくさんの人たちを殺したのは……人間に迫害されたという、ダークエルフとしての復讐が目的だったのか?

 そして、その復讐心を我慢できずに……


「少し落ち着きなよ。こんなことしたって、なんにもならない。

 許せなくても、それを憎しみで返したら、それはずっと終わらない……」


「それ以上オレの邪魔をするなら、お前でも容赦はしないぞ」


 落ち着かせようとするリーサの言葉は届かずに。ルランは、聞く耳を持たない。

 リーサの方も、もはや口を開くことはない。これ以上の説得は無駄だと思っているのか。


 ともあれ、ここでルランと戦うことになっても……私は、ルランを止めようとしているリーサに加勢する。助けてもらったしね。

 いくらルランでも、二対一で挑んでは来ないだろう。


 ……私がそう考えているなら、ルランもそう考えているのは必然だった。


「ちっ、やめだやめ。お前とどうこうするつもりはない」


「なら、おとなしく……」


「それも断る」


 その直後、視界が……いや、ルランの姿が歪む。まるでそこにあるのが幻であるかのように、ルランの体が揺れ……薄くなっていく。

 リーサが手を伸ばすが、もう遅い。その手が届いた先には、なにもなかった。


 ルランがいたはずの場所には……なにも、なかった。そこにいたはずの人物が、こつ然と姿を消していた。

 なんらかの魔法で退避したのだろうか。ルランが、ずっと幻だったってのは考えにくいし……瞬間移動とか、そんな感じの。


「……バカ」


 さっきまでルランがいた場所を見つめ、そう呟くリーサの姿は……どこか、寂しそうだった。

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