第140話 お前があいつのなにを知っている



 ……魔物とは、モンスターが魔石を体内に取り込むことで生まれる獣。

 それはあるいは、進化と呼べるものかもしれない。


 ならば、人が魔石を取り込んだらどうなるのか。それが気にならないかと言われれば嘘になるか、わざわざ試そうとは思わない。

 そもそも、モンスターと人とでは根本的な違いがある。


 魔力が元々、あるかないか。モンスターには魔力がないため、魔力の源である魔石を取り込めば魔力を持つ魔物になるのは、まあわかる。

 でも、人は魔力を持っている。だから、新たに魔力を取り込んでも進化するどころか、体内の魔力が暴走し死に至る……

 それを確認したのが、今私の背後を取っているダークエルフ……ルラン。ルリーちゃんのお兄さん。


「わからない」


「うん?」


「わからない。人が魔石を取り込んだらどうなるか……人を殺すのはいけないことだけど、気になったことならもう検証できたでしょ?

 なんでまだ、事件を続けているの」


「……」


「それに、魔石を溶かすとか、わけわかんない……!」


 あぁもう、さっきからわけのわからないことばかりだ。それとも、ただ私がバカなだけか?

 かすかに、彼の笑った声が、聞こえた気がした。


「そう、その疑問が生まれた瞬間から、試さずにはいられなくなる……それはエルフも人も、変わらない。

 腹の立つことだがな」


「違う!」


「違わない! だからお前たち人間は、エルフに対してああもむごいことができた! そうだろう?」


 ……わからない。この人は、なにがしたくて……なにに、怒っているんだ。

 エルフが人々に迫害されている理由は、以前図書室で調べた。確か、"殺戮の夜"とかいうやつだ。


 まだなにか、私の知らないことがあるのか……


「だからオレは、試した。今のように、魔石を溶かし……それを、奴らの口の中に流し込んだ。

 すると、どうだ。途端に奴らは苦しみだし……あっという間に、肉の塊になった」


「……ルリーちゃんは、人に歩み寄ろうとしてる。

 でも、お兄さんのあなたが、こんなことしてたら……」


「人間との溝は埋まらない、か。そんなことはわかっている。

 どうかしてるのさ……妹はな」


 人と歩み寄ろうとしているルリーちゃんをこそ、間違いだと思っているのか……この人は。

 多分、この人はルリーちゃんのこと自体は大切に思っている。


 ただ、彼女の行いまでを、是としていないだけで。


「魔石は固体だ、これを人の体内に入れるのは骨だ。

 だが、液体とすればどうだ? 魔石を魔力の状態へと変化させる……そうするだけで、簡単に人の体内へと流し込める」


 ……魔力を操る。そんな芸当ができる者は多くない。

 ただ、この人の言い方だと……魔石の中にある魔力に干渉して、魔力を液体状に変化させた、ということだろうか。

 固体の魔力の塊を、液体の魔力へと変換する。


 実際にできるのかはわからない。でも、実際に被害者が出ている。

 そして、そんな方法があるなら……それが誰でもできるようになったら、大変なことになる。


「魔石は固い。そこらに投げつけても、割れることはない……

 だが、不思議なことにな。モンスターは、魔石を食べられる。食えるんだよ。

 ただそれがわかっても、自ら魔石を食べようとする人間はいないだろう……だから液体にして、流し込む。

 あぁ、もちろんオレも、魔石を食べてはいない」


「……さっきから、なんで私に、そんな話をペラペラと……」


「発見したことは、語りたくなるものじゃないか。

 とはいえ、話せる間柄の者なんて限られている……人間であるキミにこんな話をしたのも、キミがルリーの友人だと自称したからさ」


 ……話に夢中になっている間に、隙を見つけて抜け出そうと考えていたけど。

 この人、全然隙が無い。


 背後を取られているだけじゃなくて、いつの間にか杖を持っている手も押さえられてるし……全然油断もしてくれない。抜け目がない。


「自称って……私は、ルリーちゃんの友達だよ」


「お前があいつのなにを知ってるって?」


「知ってるよ、頑張り屋さんなとこも、寂しがり屋さんなところも、笑うとかわいいところも!

 あなたこそ、お兄さんがこんなことしているって知ったらルリーちゃんは……」


「話せるのか? ルリーに……あいつに、今世間を騒がせている"魔死事件"を起こしているのは、お前の兄だと」


「!」


 くっ……痛いところを、ついてくる。

 確かに、身内が殺人犯なんて……ルリーちゃんに、教えられない。ルリーちゃんから、家族の話を聞いたことはないけど……きっとルリーちゃんだって、お兄さんのことが大好きのはずだ。

 それをこの人は……!


 今回、この人が私の前に現れたのも、私の気持ちを弄ぶためだって気さえしてくる。


「別にオレは構わねえぜ? 死んだと思ってた兄が、実は大量殺人犯……オレは人間なんざ、何人死んでもいいと思ってるが、あいつは違う。この事実を知ったら……

 ……あぁ、考えただけで唆るだろ?」


 楽しんでいる……人を殺すことをなんとも思ってないし、それによってルリーちゃんがどんな反応をするか、想像して楽しんでいる。

 聞き逃せない事実ばかりだ……その中でも、特に聞き逃せないものがあった。


「死んだと、思ってる?」


 さっきも、そんなことを言っていた。


「あぁ、俺のことは死んだと思ってるだろうさ。

 あいつは気を失って、結末までは知らない……まあ、魔獣から逃がすために奮闘した親父とお袋は、マジで逝っちまったが。


 ……その顔、やっぱりなにも知らないって顔だな?」


 心臓が、跳ねたような気がした。

 そんな話、聞いたこともない。魔獣から逃がすために、お父さんとお母さんが犠牲になった?

 ……あの夢……いや、記憶って、もしかしてそのときの?


 まさか、魔獣騒ぎのとき……あんなに、魔獣におびえていた理由って……!


「ぷっ……っはははは! なにも知らない、なにも聞いてない。

 それでよく、友達だなんて言えたもんだな! いーっひひはははは!」


「……く」


「……もう一度聞いてやる。

 お前があいつの、なにを知ってるんだ? ルリーのお友達さん?」

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