第139話 捕まえるべき人



「あなたが……!」


「なにを怒る。もしや、死んだ者の中にはお前の友人でもいたのか?

 ならば、申し訳ないことをした」


 自分でも、ここまで怒りを覚えたのは初めてだ。自分で言うのもなんだけど、人の生き死ににここまで心を乱されると思っていなかった。

 それとも、一連の事件を起こしたのが、友達の身内だから……こうも動揺しているのだろうか。


 なんにしても、この人は、自分のやったことを理解していない。

 ……違うな。理解はしている。理解した上で、こんな態度なんだ。


「そういう、問題じゃない!」


 被害者に、私の知り合いはいない。けど、それはそれ、これはこれだ。

 自分の知った人が死んでいないからって、怒らない理由にはならない。


 私には、ついに彼に魔導の杖を向ける。


「ん? それでどうするつもりだ? オレを捕まえる?

 けど、そうしたらルリーが……」


「捕まえたあとのことは、捕まえたあとに考える。

 なんなら、あなたが犯人なことも捕まえたことも、私が信頼できる人にだけ話して……対応を決める」


「……」


 この人が、ルリーちゃんのお兄さんだから私が手を出せない……と思っているなら、たった今からその認識を改めてもらわないといけない。

 この人は、野放しにしてちゃいけない。だからって、捕まえたと大々的に発表することもできない。


 だったら、この人を秘密裏に捕まえて……そのあと、どこかに監禁でもしておく。

 で、ルリーちゃんやルリーちゃんがダークエルフだって知ってるナタリアちゃんに相談する。私一人じゃ、手に余る。


 この人がダークエルフで、その妹であるルリーちゃんまでダークエルフだとバレてしまう。そうならない方法を考える。そんな方法、ないかもしれない。

 ……だからって、人の命をなんとも思っていないこの人を、私は放っておけない。


「私、自分で言うのもなんだけど結構強いよ。痛い思いしたくなかったら……」


「……く、くく……」


 私の覚悟が伝わったのか、黙り込んでいたお兄さん……

 けれど、いきなり笑い始めた。口元に手を当て、声を押し殺そうとしているけど、それは無理なようで。


 でも、下手に騒ぎを起こせない現状は理解しているんだろう。だからこそ、あんな風に笑いを抑えようと……


「な、なにがおかしいの」


「くく、あぁいや……悪い悪い。

 ルリーの名前でも出しておけば、オレを見逃すとでも思っていたんだが……なかなか、根性が座っている」


「……」


 この人は……本気で、ルリーちゃんの身内だから逃げられる、と考えていたわけではないらしい。そうなればラッキー、くらいの考えだったんだろう。

 でも、私の様子が変わったので、それは無理だと悟った。


 いいさ、このまま観念してくれればよし。そうでなければ……


「はっ!」


「!」


 それは突然だった……油断していたわけでは、ない。でも、虚を突かれたのは確かだ。

 彼は、その場で腕を振るう。てっきり、杖でも振ったのかと思ったけど……違った。

 それはまるで、なにかを投げるような仕草。というか、実際になにかを投げてきた。


 彼が手に持っていたもの……それは、魔石だ。

 魔石を投石代わりに私に放ったのか……そう考えたけど、私の体にあったのは魔石をぶつけられた痛みではなかった。


「!? こ、これ……!?」


 なにかが、体に付着する。それは、液体……固形の魔石ではなく、なぜか液体をかけられたのだ。

 水をかけられた、なんてかわいらしいものじゃないだろう。相手は、人を戸惑いなく殺すような人だ……まさかこれ、毒とかじゃないよね?


 一瞬、彼から目を離した……たった一瞬。でも、再び目線を戻した時に、もう彼は正面にいなかった。


「……っ」


「キミは弱くはない……んだろうが。想定外の事態に弱いな」


 直後、背後から声がする……同時に、腰辺りに手のひらを押し当てられた。

 いつの間に、背後を取られたんだ……今の一瞬で、こんなに早く?


 やっぱりこの人、強い……!


「なにを、浴びせたの……?」


「ん、そんなに気になるか?」


「女の子なもんで。変なもんぶっかけられたらたまったもんじゃない」


「やはり肝が据わってるなぁ」


 体勢はそのままに、話を続ける。なんとか、この状態から脱したいんだけど……

 今、大声を上げれば近くにいる先生が、駆けつけてくれるだろう。ただその場合、この人を秘密裏に捕まえるという方法が失敗してしまう。


 ……私ってば、もしかして自分で自分の首を絞めてる?

 まああと、私が変な動きを見せたら、超至近距離から魔法ぶっぱしてくるだろうし。


「安心しろ、それは毒なんかじゃない。

 それは、魔力さ」


「……はい?」


 自分の体にかけられたもの、その正体を告げられ、私は眉を潜める。

 だって、そうだろう。魔力なんて、いきなり言われても……それに、魔力は自分の体内に流れていた李、大気中に膨らまれていたり。

 魔力を水のようにかける、なんて発想、誰にも思いつかない。それそれ魔力って液体なのか?


 この人は……?


「そう不思議に考えることじゃない。

 キミにかけた魔力は、さっきキミに見せた魔石を溶かしたものだ。魔力自体に害はないし、すぐに気化して大気へと帰る」


「……はぁ?」


 ますます、意味が分からない。これは、魔石を溶かした魔力だって?

 そんなの、あり得ない。魔石はとっても固いんだ、それを砕いたり溶かすことなんて……


 ……あれ? そういえば……大事なことを、忘れていた。

 魔石は、とても固い。ならば、この人はどうやって、魔石を人の体内に流し込んで、"魔死者"を生み出しているというのだろう。

 そもそも……



『確か、オレが魔石を流し込んだことで死んだ奴らは、"魔死者"と、呼ばれているんだったな?』



 魔石を流し込むって……なんだよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る