第138話 世界は未知に満ちている



 ルリーちゃんのお兄さん……エルフがいないこの国で、学園で、なんでわざわざダークエルフの彼は姿を見せた?

 以前の魔獣騒ぎは、自分がやったと、自分で言った。その行動の結果、魔獣がルリーちゃんを殺そうとした……ルリーちゃんを、手に掛けようとした。


 いくらルリーちゃんのお兄さんでも、許せないことだ。それに、魔獣を学園に放った方法や、目的はなんだ。

 本当なら、先生たちの前に連れて行って聞き出したいが、それができない……!


「どうした、なにを迷っている?」


「……意地が悪い!」


 この人、私が捕まえることができないのをわかっていて、余裕に構えている……!

 くそ、ルリーちゃんのお兄さんじゃなかったらぶん殴ってやるところだ。


 いや、そもそも、だ。


「なんで、あんなことを……」


 魔獣騒ぎを起こした理由は、なんだ。一歩間違えれば、大惨事になっていた。それほど、強大な魔獣だった。

 お遊びとか、そんなものじゃ片付けられない。


 質問に、答えろ……その私の気持ちは、わかっているはずだ。でも彼は、笑みを浮かべたまま……口を開かない。

 それどころか、懐に手を入れ、なにかを取り出す。なにか、武器でも取り出すんじゃないかと、警戒したけど……


「……魔石?」


 それは、魔石だった。なんの変哲もない……という言い方が正しいのかはわからないけど、普通の魔石だ。

 なんだ、私の質問と、なんの関係があるんだ魔石。それとも、関係なしに出しただけか?


 不審に思う私に構うことなく、お兄さんは魔石をポンポンと手のひらで跳ねさせ、遊ぶ。


「魔石とは、なんだと思う?」


「……は?」


 それは、脈略のない質問だった。いきなり、なんの話だ。

 というか、先に質問していたのは、私だろう。


 質問に答えない私を無視して、お兄さんは続ける。


「続けて聞こう。魔物とはなんだ?」


「なんだ……って言われても」


 またも質問。しかも、さっきは魔石のことを質問したのに、今度は魔物についてだ。

 そもそも私の質問との結びつきもない。私の質問に答えてくれないのに、私がお兄さんの質問に答える義理はない。


 けど、ここで私が答えないと、話が進まなさそうだしな……


「ただ魔物はなんだって言われても、答えようが……」


「なら、質問を変えよう。

 魔物はどうやって出現する?」


 魔物は、どうやって出現する……か。

 その答えは、午前中にこの目で、見てきたばかりだ。


「それは……モンスターが、魔石を食べることで……」


「そう! モンスターが魔石を……正しくは魔石に込められた魔力を取り込むことで、魔物と化す。これは常識だ。だが、常識の向こう側に目を向ける者は少ない。

 ……なぜ、モンスターが魔石を取り込むと、魔物に変化するのだと思う?」


「……」


 質問に質問を重ねられるうち、次第に私はその質問に呑まれていた。考えたことが、なかった。

 モンスターが魔石を取り込むと魔物になる。それを教えられ、そうなんだと……特に、疑問に思うこともなく。


 そして実際に、魔物になるモンスターをたくさん見てきた。そういうものだと、知識はあった。


「オレも初めは、疑問だった。そしてこう思った……なぜ、こんな当たり前のことを疑問に思わなかったんだ、と」


 確かに……言われてみれば、その通りだ。なんで、疑問に思わなかったんだろう。

 モンスターが魔物になることは理解しても……その理由まで、知ろうとは思わなかった。


「だが同時に、こうも思った。あぁ、なんて素晴らしいのだろうと。

 そうだろう、考えてみれば当たり前に思っている物事……それも、視点を変えれば未知に満ちている。

 この世には、まだこんなにも胸踊る疑が満ちているのだと!」


 だんだんと、その言葉には熱が帯びてくる。クールな人だと思っていたけど、こんなテンションも出せるんだ。

 あれだ、自分が興味あることには、途端に口達者になるタイプだ。


「魔石とは、魔力を蓄え力を振るうことを可能としたもの。言わば、魔力の貯蔵庫と言える。

 場合によっては、一個人が保有する魔力量など優に超すだろう」


 お兄さんは、ニヤリと笑みを浮かべた。


「モンスターは元々、魔力を持っていない。

 魔力のないもの、その体内に、魔石に溜め込まれた膨大な魔力を流し込む……

 すると、どうなるか」


「……それ、って……」


 モンスターは元々、魔力を持っていない……今、お兄さんが言ったとおりだ。モンスターは、人とは違って魔力を保有していない。

 そこに、魔力を流し込む……そこでようやく、私はお兄さんが言おうとしていることを、理解した。


 魔力を持たないモンスターが、魔力を得る……外部から魔力を与えられる。そうすることで、モンスターは魔物となるのではないか、と。

 それと同じ理屈で、魔物がさらに膨大な魔力を得ることで、魔獣となる……


「モンスターは魔石を取り込むと魔物になる……ならば、人ならどうなるか? 気にならないか?」


 気にならないか、と言われても……気になったからって、どうなんだって話だ。

 そもそも……


「でも、人は……」


「そう、人は生まれながらに魔力を持っている。

 程度の差はあれ、魔導を扱うことができるか否かの違いはあれ……少なからず、魔力を有している」


 人は、モンスターと違って元々魔力を持っている。そんな存在に、外部から魔力を与えたところで……

 ……あれ?


 人に、外部から魔力が流し込まれる……あれ? なんだろう、なんだかすごい、引っかかる。

 人が、その人が元々持つ魔力の保有量は決まっている。その保有量を超える、魔力を与えられてしまったら……


「だからこそ、気になるだろう? 魔力を持った人間に、その貯蔵量を超える魔力を流し込んだらどうなるだろう、と」


「……っ、まさ、か……!」


「ある者は……いやほとんどは、体内に保有できる魔力量を超えると、内側から魔力による暴走が起こる。結果として、その者を死に至らしめた。

 それが人間の限界……いや、モンスターもそうだったのかもしれんな。我々が知らないだけで、魔石を取り込んだモンスターも死んでいるかもしれん。今いる魔物の数以上に、な。

 モンスター自身の魔力の限界量を超え、進化したのが魔物……人間にも、そういった進化が起こる可能性がある。そうは、思わないか?」


 ……正直、この人がなにを言いたいのか。なにを言っているのか、よく理解できない。いや、理解しようとしていないのかもしれない……

 だって、重要な可能性に、気づいてしまったから。そして、その可能性は、今本人が言った言葉で事実となる。


 今この人は、『体内に保有できる魔力量を超えると、内側から魔力による暴走が起こる。結果として、その者を死に至らしめた』と言った。

 体内で、魔力が暴走し……死に至る。その現象を、私はよく知っている。


 なぜなら、ついさっきと……今朝も。今日二度も、その現象で死んだと思われる人を、見たからだ。


「あなたが……あなたが、"魔死事件"の、犯人……!?」


「ん? あぁ……確か、オレが魔石を流し込んだことで死んだ奴らは、"魔死者"と、呼ばれているんだったな?」


「な……!」


 この、人は……認めるのか。言い訳することもなく……潔いと言えばそうなんだけど、そういう問題じゃない。

 自分が、あの凄惨な死体を生み出したと……認めるのか、この人は!


 何人……いや何十、もしかしたら百を超えるかもしれない"魔死者"。それだけの人を犠牲にしておきながら、殺しておきながら……なんで、そんな平然としていられる!?

 しかも、事件を起こした理由が……気になったから、だと? モンスターが魔物になるように、人間にも変化が起きるかもしれない……


 それが気になったから。ただそれだけの理由で、これだけのことを、しでかしたっていうのか!?

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