第137話 ルリーのお兄さん



 対峙している、ダークエルフ……それは、ルリーちゃんのお兄さんだ。

 まさか、こんなところでルリーちゃんのお兄さんに会えるなんて……そもそも、兄弟がいたって聞いたこともなかったな。


 ただ、顔はルリーちゃんとそっくりだけど、その中身は違う。少なくとも……


「……今の言い方だと、ルリーちゃんがこの学園に入ったのが間違い、って聞こえるんだけど?」


 正体を隠したままとはいえ、人間と歩み寄ろうとしてくれるルリーちゃん。対して、お兄さんは人間と歩み寄る必要なんてない、と考えている。

 考えが、真逆だ。


「実際にそう言っている」


「!」


 そして、お兄さんもそれを肯定している。

 ルリーちゃんのことを想ってくれてはいるようだけど、その行動を認めているわけでもないのか?


 ……と、いうか。


「だったらなんで、ルリーちゃんが魔導学園に入学するのを、黙って見送ったのさ」


 人間と歩み寄る必要がないと考えるなら、なんでわざわざルリーちゃんを、魔導学園に送り出したのか。

 その疑問が浮かぶ。それをぶつけると、お兄さんは軽く嘆息して……


「仕方ないだろう。あいつは、オレのことを死んでいる、と思っているからな」


「……へ?」


 返ってきたのは、思ってもいない言葉だった。

 死んでいると思っている……だって? それって、いったい。


 私がその理由を聞こうとするよりも先に、お兄さんが口を開くのが早かった。


「お前は……エラン・フィールドだと言ったな」


「え? あ、はい」


 先ほど自己紹介をした。たった一度だけで、名前を覚えてくれたのか。

 なんだろう、やっぱり話し合いができる相手なのだろうか……


「そうか、お前だったか……

 "オレの魔獣"を倒したのは」


「……は……?」


 なんとか平和的な話し合いに持ち込んで、人間はいいものだと思ってもらえないものだろうか……そう、思っていた。

 その気持ちは、まっさらになった。だって、あまりにも意味の分からない言葉を、投げかけてくるもんだから。


 なんで今、魔獣の話が出てくる? というか、オレの魔獣って言った? どういう意味だ?

 私が倒した魔獣なんて、一体しかいない……


「おい、なんだその呆けた顔は。まさかまだ、気づいてないのか?」


「い、や……だ、って。私が、倒した、魔獣なんて……学園に現れた、魔獣騒ぎの、あいつしか……」


「なんだ、わかってるんじゃないか」


 ……それが、答えだった。


「……っ」


「そうさ、あの魔獣を送り込んだのは、オレだ」


 まるで、挨拶でもするかのような、あっさりとした告白……聞き間違いではないのかと、思いたくなる言葉。

 ……学園の森に現れた、あの魔獣。それをしたのが、ルリーちゃんのお兄さん……?


 いや、いやいやいや。


「そんな、うそ、だよ……だって、あなた、ルリーちゃんの、お兄さん……」


「オレとお前は初対面だ。そんな相手のことを、自称友達の身内ってだけで、信用するのか?」


「っ」


 確かに……私は、この人のことをなにも知らない、けど。

 ルリーちゃんのお兄さんだからって、全面的に信用する……のは、間違っているかも、しれないけど。


 それでも……なにかの間違いだと。冗談だと、言ってほしい。

 ……けど、お兄さんは自分の言葉を、訂正することはない。


 ただ……もし本当に、あの魔獣を送り込んできたのが、お兄さんだったのなら……


「ルリーちゃんを……妹を、殺そうとしたの!?」


 あの魔獣は、執拗なまでにエルフを狙っていた。そして、あの場にいたエルフはルリーちゃんのみ。

 現に、私が間に合わなかったら、ルリーちゃんはあの魔獣の餌食になっていたかもしれない。


 そんな危険な魔獣を、送り込んできたって言うなら……


「答えて!」


「もちろん、オレはルリーを殺すつもりはない。そんなわけないだろう、今やたった一人の家族なんだぜ?

 あれは、単なる事故さ」


「事故……」


 あれが、事故……本当に? それが本当だとして、そんなに落ち着いているのはなぜ?

 本当に、ルリーちゃんを殺すつもりはなかったの?


 ……ともあれ、だ。


「あの魔獣を手引きしたのがあなたなら、話をしてはいさよなら、ってわけにもいかない。

 一緒に、来てもらいます」


 魔獣騒ぎに関しては、今も調査中だ。そして目の前にいるのは、重要参考人……ここで逃がすわけには、いかない。

 大丈夫、この人は強いけど、ここじゃあ逃げ場はない。それに、派手に騒げば近くにいる先生やゴルさんたちが駆けつけてくる。


 私の言葉を受けて、お兄さんは素直に観念したかのように、笑って……


「く、くく……」


 わらっ……て?


「なにが、おかしいの」


「くく、いやぁ、少しおかしくてな。

 事の重大さが見えてないようで」


 事の重大さ、だって?

 なにを言っているんだ、捕まりたくないからって適当なことを言っているのか?


 いや、そもそも捕まりたくないなら、自分がやったって暴露しなければいい。それが本当でも嘘でも、魔獣騒ぎに関わっているという時点で取り調べは免れない。

 そう、ルリーちゃんのお兄さんとはいえ、重要参考人なのだから……


 ……ルリーちゃんの、お兄さん?


「あ」


「ようやく、気づいたか」


 事の重大さ……ルリーちゃんのお兄さん……そうか、そういうことか。

 このままお兄さんを連れていけば、取り調べは免れない。そうなれば当然、ルリーちゃんとの関係性も明らかになる。


 ……ルリーちゃんのお兄さんは、ダークエルフだ。そして、その妹であるルリーちゃんは……いったい、どうなる?


「お兄さんの身元を明らかにしたら……ルリーちゃんがダークエルフってことも、バレる?」


「そういうことだ」


 なんてことだ……そうなったら、最悪だ。

 ルリーちゃんは、自分がダークエルフだってことを隠している。それは、この世界でのダークエルフへの扱いがひどいからだ。


 そんな中で、ルリーちゃんがダークエルフだと明かす行為は……避けたい。すでに正体を知っているナタリアちゃんはともかく、他の子がどんな反応を示すか。

 クレアちゃんたちは、大丈夫……と、思いたい、けど……


 だったら、この人にルリーちゃんとの関係を隠してもらって……ダメだ、そんな約束を守ってもらえるとは、思えない。

 それに、私でさえルリーちゃんにそっくりだと感じたんだ。いくらルリーちゃんは常にフードで髪を隠しているとはいっても、お兄さんの顔を見ればルリーちゃんを連想してしまう人がいるかもしれない。

 あのフードは魔導具で、認識をずらす効果を持っているらしいけど……そもそも疑いを持たれて、フードを脱げと言われたら。疑われただけで、アウトなのだ。


「さあ、どうする? オレはどちらでも構わないが……ルリーの、お友達さん?」


「くっ……」


 この人、まさか……ルリーちゃんの正体を明かされたくないって私の気持ちを盾にしてる!? あんな騒ぎを起こしたのも、私相手ならば捕まらないとたかをくくって……

 ……いや、そもそも対峙したのが私以外なら、意味のない行動だ。


 じゃあ……なんなんだ、この人はなにを考えている!?

 そもそもなんで、あんな騒ぎを起こしたんだ!

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