第136話 それは果たして誰の記憶か



 銀色の髪……そんな色の髪をしているのは、この学園にはたくさんいる。なんにも、不思議がることじゃない。……そう、銀色の髪"だけ"なら。

 ……なぜだろう。なんだか、気になる。すでに、銀色の髪は校舎の角の向こう側に隠れてしまった。


 ……気になる。


「ん? おい、どこに行くエラン」


「すみません、皆さん! えっと、あの……ちょっとトイレに!」


「えぇ!? って、トイレはあっち……

 ちょっとエランちゃーん!?」


 気づけば私は、走り出していた。下手な言い訳でごまかせただろうか。

 幸いと言うべきか、みんな事件のことを考えたり調べたりしているからか、私を見る人はいても声をかけてくる人はいない。


 走って、走って……銀色の髪を見つけた場所の、その角を曲がる。

 その先は、行き止まりだ。壁を登って上にでも行かない限り、そこで足止めされることになる。


 だから、だろうか……その人物は、そこにいた。ここが行き止まりだと知らなかったのか、それとも……私を、待っていたのか。

 びゅう、と吹く風になびく、銀色の髪。それによって露わになる耳は……尖っていた。さらには、顔や手など、見える部分の肌は褐色だ。


 間違いない……この特徴を持っている、種族は……


「ダーク、エルフ……」


 銀色の髪、尖った耳、褐色の肌、そして輝く緑色の瞳。その特徴が、彼……だと思う……を、ダークエルフだと示していた。

 そのダークエルフが男なのか判断に戸惑うのは、中性的な顔立ちだからだ。正直、男でも女でもイケると思えるくらい。


 ルリーちゃんのように、フードとかで髪を隠してはいないのか……


「って、ルリー……ちゃん?」


 こっちをじっと見るばかりで、言葉を発しないダークエルフは……なんとなく、ルリーちゃんを思わせる。雰囲気というか、見た目というか?

 それとも、単に私がダークエルフをルリーちゃんしか知らないから、そう感じているだけだろうか。


 その瞬間、ダークエルフの肩が、少し動いたような気がした。


「……お前……」


 ふと、そのダークエルフが口を開いた。ルリーちゃんの名前にまさか反応したのか、それとも睨み合いに痺れを切らしたのか。

 声を聞くと、男性のものだとわかった。どこか落ち着いた、優しい声だ。


 ……聞き覚えのある、声だ。



『――――――……ルラン、お願い』


『あぁ、行くぞ――――――』


『やだよぅ、お母さん! お父さん! 離して、お兄ちゃん!』



 ……この声は……この、記憶は……


「ルラン……お兄ちゃん……?」


「!」


 あれ、今私……なんて言った? ルラン……お兄ちゃんって、言ったのか?

 その名前は、昨日見た夢の中で聞いた名前。夢か、それとも正確には記憶なのかは、わからなかったけど。


 でも、なんで今、そんなことを……


「お前は……誰だ」


「へ?」


 自分でも気づかないうちに、夢の名前を言っていた。それを聞いたからだろうか、目の前のダークエルフの雰囲気が、変わった。

 これまでなにも感じていなかったのに……若干の、敵意を。


 ……この人、強い。この場でやり合っても、正直……


「なぜ、オレの名前を知っている。妹から聞いたのか?」


「へ?」


 一触即発の雰囲気。だけど、ダークエルフの言葉に私は唖然とした。

 自分の名前……ってことは、ルランが彼自身の名前だと、認めたのだ。私の夢の、名前……夢じゃ、なかった?


 いや、それ以上に……妹? 妹って誰よ。

 ダークエルフの妹、つまりその子もまたダークエルフだ。私が知っているダークエルフは一人しかいない。

 それに、さっき彼が反応を示した名前があった。



『って、ルリー……ちゃん?』



 私は彼を見て、第一印象にルリーの雰囲気と似たものを感じた。だからつい、その名前を呼んでしまった。

 ルリーちゃんの名前に反応を見せ、そして自分の名前は妹から聞いたのか、と言った。


 この二つからわかることは……つまり……


「ルリーちゃんの……お兄さん?」


 言って改めて、二人がそっくりなことに気づく。見た目だけの問題じゃなくて、雰囲気、髪をいじる仕草、立ち姿、魔力の感じ、その他諸々が。

 この人本当に、ルリーちゃんのお兄さん?


 ……ってことは、だよ。ちょっと待ってよ。このダークエルフがルリーちゃんのお兄さんで、名前がルランで……私の夢に出てきた名前もルランで、彼にも妹がいて……

 あれが、単なる夢じゃなく、記憶だったとして……それが、私以外の記憶だったとしたら……



『ルリー……ルラン、お願い』


『あぁ、行くぞルリー』


『やだよぅ、お母さん! お父さん! 離して、お兄ちゃん!』



 ……まさかあれは、ルリーちゃんの……記憶!?


「おい」


「!」


「質問に答えろ」


 あ、まずい……目の前のダークエルフ放置してた。

 若干の敵意を感じるダークエルフだけど、いきなり攻撃を仕掛けてこないあたり、話し合いの余地があると思いたい。


 私はなるべく、相手を刺激しないように話す。


「え、えっと……ルリーちゃんのお兄さん、なんですか?」


「質問しているのはこちらだ」


 あちゃあ、選択肢ミスったかなぁ……いやでも、ダークエルフさんの質問に答えるには、ここはっきりさせておかないといけないし……

 いや、ここは自分の推測を信じろ。彼はルリーちゃんのお兄さんだ。


「わ、私はルリーちゃんのお友達の、エラン・フィールドという……」


「……友達? あいつの?」


「! はい!」


 自己紹介をする前に、彼はまたも反応を示した。間違いない、妹イコールルリーちゃんで正解だ!

 だったら、もうこの人は知らないダークエルフじゃない! 友達のお兄さんだ!


 ……というか、なんかさっきから肩が震えているような……


「ぷっ……あっははははは!」


「え、え?」


 お兄さんは、いきなり笑い始めた。いや、なんで!? なんか面白かった!?

 てか、そんな大きな声で笑ってたら、人が来ちゃうよ!


 オロオロする私をよそに、お兄さんはひとしきり笑ったあと……


「はー、そうかそうか……友達、ね。

 それはまた……随分と滑稽なことだ」


「え」


 目尻に浮かんだ涙を拭いつつ、そんなことを言った。

 滑稽……ルリーちゃんと友達なのが、滑稽って言ったのか?


 それは、どういう……


「いや失礼、気を悪くしないでくれ。

 だが、当然だろう? 世間からの我々ダークエルフの扱いを知って、それでも友達などと……なにを企んでいる?」


「たくら……え?」


「妹は純粋な子でね。ダークエルフの汚名を拭うために立派な魔導士に、という理由でこの学園に入学したようだが……

 そもそも、我々を迫害した人間と歩み寄る必要などないのだ。わかるだろう?」


 なんだ、この人……妹想いの優しいお兄ちゃん……って、感じのことを言っているようにも聞こえるんだけど……

 なんだろう、なんか……うまく言葉に出来ないけど、なんかやばい!

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