第134話 悲劇は終わらない



「エランちゃん、お疲れさま。

 いろいろ大変だったみたいじゃない」


「へぇ?」


 教室に戻ると、クレアちゃんを始めクラスのみんなが迎えてくれた。

 その中には、クラスメイトたちから質問攻めにあったのだろう、ぐったりした姿のキリアちゃんも。


「生徒会の仕事で冒険者に着いていく、なんて言って、キリアちゃんを連れて行ったんだもの、驚いたわ。

 で、なにがあったの?」


 目をキラキラさせるクレアちゃん……いや、それはクレアちゃんだけじゃあないな。

 他のみんなも、話を聞きたい、聞きたいと目を輝かせている。


 みんながこういう反応だってことは、キリアちゃんはダンジョンでの出来事を話していないのだろう。うん、偉い子。


「冒険者の人たちと、ダンジョンに行ったよ〜。それ以上は秘密です」


「えー、そんなのわかってるわよー。もっとこう……」


「あ、冒険者ってのはガルデさんたちのことだったよ」


「え、本当に? なぁんか懐かしいわねぇ、私も行けば……じゃなくてっ」


 クレアちゃんの実家の宿屋『ペチュニア』、そこに常連として訪れていたガルデさんたち。看板娘だったクレアちゃんとは、当然顔見知りだ。

 学園に来てからは、会ってないのだろうし……すでに懐かしい気持ちになっているようだ。


 なんとか話をごまかせたかと思ったけど、うまくいかなかったらしい。さらに詰め寄ってくるクレアちゃんに、私は落ち着けとなんとかなだめて……


「ほらお前たち、なにをしてる。授業始めるぞ」


 タイミングよく先生が教室に入ってきたため、渋々クレアちゃんたちは解散した。

 今日は、午前中はダンジョンに行っていたから、授業は午後からだけだ。なんだか、新鮮な気分。


 その後、いつも通り授業を受けた。今日は座学で助かったよー、もうクタクタだもん。

 先生からはなにも聞かれなかったけど、ゴルさん経由で伝わってるだろう。ダンジョンでの話も、外部には漏らすなとは言っても、先生にはある程度伝わるだろう。


「ちなみに、今日のことは話してはだめだと決まっているから、フィールドやキリアに聞いても無駄だぞ」


 と、授業終わりに先生が言ってくれたおかげで、その後みんなから質問攻めにあうことはなかった。

 また同じ目にあったら、どうやって回避してやろうかと思っていたから、助かったよ。


 さーてと。今日の授業も終わったし、これからなにをしよっかなー。魔法の訓練? それともお茶会? それともぉ……


「きゃああああ!!」


「!?」


 うん、と伸びをしていたところに、聞こえてきた悲鳴……それは、おそらく外からのものだ。

 だけど、その声は教室内に響き渡るほどに、大きい。いや、学園中にも響いているんじゃないか……それほどの、大きな声。


 つまり、ただならない事態が、起こっているということだ。


「び、びっくりした……って、エランちゃん!?」


 悲鳴に驚いて危うく、椅子から落ちそうになってしまった。それを踏ん張り、体勢を直した勢いで立ち上がり、行儀が悪いけど椅子を蹴ってジャンプ。

 誰もがその場で動けない、動かない中、私が向かう先は外。だけど、廊下から出ていたんじゃ間に合わない。


 だから、窓から外へと、飛び出す。


「エランちゃん!?」


 驚くクレアちゃんの声を背中越しに聞きながらも、私は足を止めない。

 慌てて窓から外へ飛び出たのを、浮遊魔法でうまく着地。それから、声がした方向を探す。


 広い学園だ、どこから声がしたのか、どう響いたのかわからない。わからない、けど……


「! こっち、ね!」


 ふと、精霊さんが道を教えてくれる。

 それに従って、私は走る。大きい学園だから、距離があるんだよな。悲鳴が聞こえたっていっても、建物に反響して出処はわからないし。


 それでも、精霊さんの案内のお陰で、私は迷いなく走り出せた。今日は、悲鳴をよく聞く日だ……なんて、のんきには考えられないくらい、懸命に走った。気づかないうちに、身体強化の魔法を使っていたかもしれない。


「いた!」


 視線の先には、女子生徒の姿。なにかを見つめて、腰を抜かしている。

 まるで、彼女の視線の先に、あってはならないものがあるかのような……


 ……嫌な予感が、する。


「どうしたの!?」


 座り込んでいるのは、一年生……私と同じ学年だ。

 彼女はひどくおびえた様子で、私の声にすら肩を震わせた。けれど、恐る恐るといった感じで私を見ると、その姿に少しだけ安心した様子。


 そして、ゆっくりと、震える指先で、正面を指さした。その先を目で追って、私は……


「っ……」


 そこにあった光景に、息を呑んだ。


 ……一人の男子生徒が、建物の壁を背にするように、座り込んでいた。うつむき、まるで眠っているよう。だけど、それが眠っているわけじゃないのは、見て明らかだ。

 彼の口から、目から、鼻から、耳から……穴という穴から、血が流れ出し、流れた血が彼の体を、制服を、そして地面を汚していた。


 そこにいたのは……"魔死まし者"だ。


「な……んで……」


 景色が、揺れる。あまりの衝撃に、立ちくらみを起こしてしまうが……すぐに、倒れてしまわないように踏ん張る。

 なんで、ここに……学園内に、"魔死者"がいる? いや、そもそもなんで、死んで……?


 ……いや、いけない。冷静になれ私。怯えているこの子を落ち着かせるほうが先だ。それに……


「なんだ、今の悲鳴?」


「こっちのほうから聞こえなかった?」


 人が、集まりだしている。

 幸運なことに、今はこの子以外はいない……とはいえ、あんな悲鳴を聞いて動いたのが私だけ、なんてことはないだろう。当然、騒ぎを聞きつけて人は集まる。

 ただ、集まった人たちにこの光景を見せてしまうのは……まずい。人が死んでいるのすらショッキングなのに。


 遅かれ来るだろう先生たちならともかく、こんな光景を生徒に見せられない……


 どどど、どうしよう……!?


「ええぃ!」


 こうなったら……人払いの結界を、張る。範囲は狭いけど、今は一刻を争う……とりあえずこの場に、人が集まらないようにしないと。

 一旦この場を離れて、誰か呼んでこないと。それに、この子もどこかに……ここに居させるのは、あまりにかわいそうだ。

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