第132話 誰も悪い人なんていない



「あ、魔石だ」


 黒焦げになって落ちてきた魔物は、数秒と経たずにその体は消滅した。あとに残ったのは、魔石のみ。

 魔物や魔獣が死ぬと、その体は消滅して、魔石だけが残る。つまり、今魔物は完全に息絶えたってことだ。


 私は、ゆっくりと足を進めて、そこに残った魔石を拾う。ちょっと黒っぽい。

 魔石にはいろんな色がある。この色には、なにか意味があるのか、ないのか……師匠に教えてもらった気がするけど、忘れちゃった。忘れたってことは、たいした理由はないのだろう。


 手のひらサイズより、ちょっと大きめってとこか……やっぱりというかなんというか、普通の魔石よりも大きいんだな。


「魔石か……じゃあ、倒したってことでいいんだよな」


「むしろあれで死んでなかったら、俺たちにはどうしようもできねえんじゃね」


「それな」


 後ろから、ガルデさんたちが近づいてくる。安全が確保できたので、魔力防壁から出てきたようだ。

 みんな無事なようで、よかった。


「しっかし、すげえ威力だったなぁ」


「いやぁ、あれはダンジョンで強化されてたから……」


「だとしても、さ。すでに並の冒険者なんか目じゃないほどじゃないか?」


 さっきの魔術の威力は、ダンジョン内の魔力が外よりも高濃度だから、いつもより強化されただけだ。

 でも、やっぱり魔術の威力を褒められるのは嬉しいな。


 それからガルデさんは、こほんと咳払いを一つ。


「ま、いろいろ話もあるだろうが……まずは、ダンジョンを出よう」


「そうですね、また魔物が出てこないとも、限りませんし」


 ダンジョンを出ようというガルデさんの意見に、キリアちゃんがうなずく。他のみんなも、異論はないようだ。

 またあんなのに絡まれたら、溜まったもんじゃない。


 今のところ、周囲に変な気配はないしね。


「ま、他に魔物が出てきても大丈夫だろ。こんだけ辺りがめちゃくちゃになってたらな」


「ちげぇねぇ」


 ケルさんとヒーダさんが、周囲を見て笑う。そこには、私の魔術の影響で天井が崩れ、あちこちに岩が崩れ落ちた跡がある。

 また魔物が出てきても、これじゃあ道をうまくは走れまい。


「入口まで塞がってないことを祈るけどな!」


「むぅ」


 知らなかったとはいえ、やりすぎたのは反省しているから、からかうのもほどほどにしてもらいたい。

 ……あ、そうだ。


「ダンジョンを出るなら、さっきの……」


 ここを出るならば、一緒にあの死体も……と、周囲に目を向けたところで、目に映るのは当然岩の塊。

 どこで彼を発見したのかもわからないし、仮にわかったとしても……


「……こりゃあ、諦めたほうがいいな」


 落下した岩に潰されてしまっている可能性が高い。同じことを思ったらしいガルデさんが、あちゃあ、といった表情を浮かべている。

 すでに死んでいたとはいえ、その死体を潰してしまうようなことを私は……


 うぅ、ごめんなさい。


「エランさんは、悪くないですよ」


「あぁ、そこまで気にすることはない」


 ちょっと落ち込む私を、ルリーちゃんとガルデさんは慰めてくれる。

 二人とも、優しい……!


 その後、私たちはなんとかダンジョンを脱出した。落ちてきた岩が道を塞いだりしていたが、入口までは塞がっていなかったみたいだ。

 それから、私は……


「はい、これ」


「……いいのか? 仕留めたのはエランちゃんだぜ?」


「いいよ、私が持ってても仕方ないし」


 魔物から回収した魔石を、ガルデさんに渡した。冒険者の流儀はよくわからないが、魔物を倒した人がその魔石を手に入れる、というなら、私が持っていてもいいのだろう。

 でも、私には魔石を集める趣味なんて持ってないし、持っていてもどうしようもない。


 ……あ、ピアさんのところに持っていけば、魔導具作るための素材にはするかも。


「どのみちこれは、ギルドに報告するために必要。でしょ?」


「……確かに、な」


 まあ、個人的な理由でなくても、この魔石はガルデさんたちに預けておいたほうがいい。

 ガルデさんたちはこのあと、ギルドに戻る。そして、今回の依頼の結果を報告する……今回起こった、不可解な現象とともに。


 なぜか先にダンジョン内にいた冒険者らしき人物、それが死んでいた事実、モンスターが屍を喰らい魔物になったという事態……それらを説明し、魔物が現れた証拠として魔石が必要だ。

 本当なら、私たちも証人として、ガルデさんたちに着いていったほうがいいのかもしれないけど……


「じゃ、この魔石は俺たちが預かる。

 エランちゃんたちは、早ぇとこ学園に帰りな」


 ここからは冒険者の仕事だからと、ガルデさんたちは私たちの同行を拒否した。元々、今日はガルデさんたちに着いて依頼をこなすだけの作業だった。

 それに、私としても今回の件は、いち早くゴルさんに届けたほうがいいだろう。


 学園の生徒なら、冒険者やダンジョンに関わる機会はそうそうないだろうとはいえ、今回のようなこともあるし。

 経過報告として、責任は私もちゃんと果たすさ。


「ガルデさん、ケルさん、ヒーダさん、今日はありがとうございました」


「あ、ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


「礼を言われるようなことはなにもしてねえさ。

 それどころか、悪かったな」


 今回、大変なことはあったけどいい経験だった。

 きちんとお礼を告げると、ガルデさんはどこか複雑そうな表情だ。ケルさんとヒーダさんも同じ。


「ただの魔石採集のはずが、変なことに関わらせちまった」


「そんな……ケルさんたちのせいじゃ……」


「それに、エランちゃんがいなけりゃ、みんなを守れたかもわからねぇ。情けねぇ話さ」


「……」


 変なことというのは、もちろん魔物のことだろう。

 ダンジョンにモンスターは出るとはいえ、それは一階層より下の階層での話。まさか今回、モンスターが出て、しかもそれが魔物になるだなんて、誰も思わない。


 ガルデさんが、ケルさんが、ヒーダさんが……責任を感じる必要なんて、どこにもないんだ。

 私は再度、首を振る。


「あんなの、誰も悪くないよ。あれは事故みたいなものだよ」


「そうです。私は、その……途中、吐いちゃい、ましたけど……でも、皆さんと行動できて、よかった、です」


「わ、私も!」


 私に続いて、ルリーちゃんとキリアちゃんもそれぞれ、口を開く。みんな、誰かのことを悪いだなんて、思っていない。

 互いに言い合って、私たちは、顔を見合わせて笑った。


 それから、お互いにそれぞれ握手をして……ガルデさんたちは冒険者ギルドに。私たちは学園へと戻っていく。

 二人には、いろんな意味で刺激的な時間になっただろう。私もだけど。ただ、その時間もこれで終わり……


 私にはまだ、やることが残っているけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る