第122話 ボクの命の恩人



「それで、結局犯人の目星はついているのかい?」


「いんや。そもそも目撃者が被害者しかいないし、被害者は全員死んでるから、まったく手がかりないんだってさー」


 目の前の机に顎を乘せて、私はぶつくさとつぶやく。そんな私の話に付き合ってくれるのが、隣に座って苦笑いを浮かべているナタリアちゃんだ。

 その逆側に座っているルリーちゃんも、笑みを浮かべている。


 ここは、ルリーちゃんとナタリアちゃんの部屋。今私は、二人の部屋にお呼ばれしているわけだ。

 そこで、さっき生徒会で話題に上がった『魔死事件』について話しているわけで。


「ナタリアちゃんたちは、なにか知らない?」


「ボクたちも、知ってる情報は似たりよったりだよ。

 王都を騒がしてる事件だし、むしろ知らない人のほうが珍しいんじゃないかなぁ」


「ですよねー」


 生徒会に所属していなくても、事件のことはほとんどの人が知っている。私やルリーちゃんのように、この国に来たばかりでない限りは。

 そして、これだけの騒ぎとなっているのに、犯人が捕まらないどころか、犯行も続いている。


 ま、前々からいろんな人がこの事件について調べてる。

 事件の詳細を聞いたばかりの私が、いくら頭を悩ませてもわかりっこない。ただ、これまで以上に身辺に気をつけろ、ということだ。


 学園内にいれば安全だと思いたいが、突然現れた魔獣の件もある。それに、休日なんかは外にも出るだろうし。


「それはそうと、話は変わるけどさ」


「なんだい?」


「ルリーちゃん、やっぱり短い髪も似合ってるよぉ、かわいいよぉ」


「え、えへへ、そうですか?」


「本当に話が変わったね。いいけども」


 あんまり暗い話をしていても、場の雰囲気が暗くなってしまうだけだ。なので、話題を変えよう。

 それというのも、ルリーちゃんの髪型についてだ。


 以前……私と会った頃は、腰まで伸びるほどの銀髪だった。それが、今ではショートヘアとなっている。バッサリいったものだ。

 いつからだったか……確か、私とゴルさんの決闘が終わって、しばらくしてからだったか。


 結果として、初対面時のロングヘアよりも、それから髪を切ってからのショートヘアのほうが見慣れてしまった。


「そういえば、髪を切った理由聞いたことなかったけど……」


 当時は、バッサリ髪切ったことにそりゃ驚いたものだ。まあ、普段は髪はフードの中に隠しているから、ほぼショートみたいに見えるんだけどね。

 長い髪だと、みんなから隠すのに不便だろうな、とは思っていたけど。


 私の質問に、ルリーちゃんは照れくさそうに笑って……


「じ、実は……エランさんと、おそろいにしたいなって」


「ほほぅ」


 なんだ、髪を短くしたのは、隠しやすくするため、ではなかったのか。ただ、おそろいなんて言われるとちょっと照れちゃうなぁ。

 ぜひとも、みんなにも見せたいくらいかわいいけど……ルリーちゃんが髪を露わにできる場所は、限られているもんなぁ。


 ダークエルフであるルリーちゃんは、その正体を隠している。正体を知っているのは私と、"魔眼"っていうのを持っているナタリアちゃんだけだ。

 なので、正体を知っている私たちの前……部屋の中でなら、フードを取って自由に髪をさらしている。

 まあ正確には、隠さなきゃいけないのは耳なんだけど。銀髪って特徴だけなら、珍しくはない。


 普段、ダークエルフであることを隠すために、ルリーちゃんは気を張っている。彼女の被っているフードは、その人の認識をずらす魔導具であるため、フードが脱げたりしない限りは正体がバレることはない。

 けれど、油断は禁物だ。だから、こうやってルリーちゃんの気が緩む瞬間では、思う存分羽根を伸ばしてもらいたい。


「はぁー、こんなきれいな髪なのに、みんなに見せられないなんて」


「わ、私は……エランさんさえ、知っててくれれば……」


「おやぁ? ボクはいいってのかい?」


「な、ナタリアさんももちろん!」


 ……最初のうちは不安だったけど、ルリーちゃんとナタリアちゃんはこんなに仲良しになったみたいで、よかったよ。

 なにせ、ルリーちゃんの正体、ダークエルフの扱いはこの世界ではとても敏感だ。私はなんとも思わないけど、正体を知った人がどう思うかはわからない。

 だからこそ、私はルリーちゃんと同室になりたかったんだけど……


 結果として、その人に流れる魔力の気配を見ることができる、という"魔眼"を持ったナタリアちゃんと同室になったのは、助かったといえる。

 ナタリアちゃんも、ダークエルフに関して悪く思っているわけじゃないし、誰かに言いふらすこともしていないから。


 ……"魔眼"かぁ。


「そういえば、ナタリアちゃんのその"魔眼"って……まるで、エルフみたいだよね」


 普段は、きれいな深い青色の瞳なのだけど……彼女が"魔眼"だと説明してくれた右目は、緑色へと変色した。つまり、両目ではなく右目だけが"魔眼"なのだろう。

 そして、そのきれいな緑色は……エルフのそれとそっくりだ。


 私の言葉に、ナタリアちゃんはキョトンとした表情を浮かべて。


「あぁ、そういえば話したことは、なかったかな」


 と、右目を手のひらで覆うようにして、軽く笑みを浮かべた。

 どうやら、ルリーちゃんは聞いたことがあるようだ。ま、同じ部屋にひと月以上暮らしていれば、そういう話にもなるか。


 ダークエルフだとバレた時点で、"魔眼"の話にはなるだろうし……そうなれば、その目の話に話題は切り替わる。

 私が小さくうなずくと、ナタリアちゃんは小さく深呼吸をして。


「エランくんになら、話しても問題はないかな。

 これは正真正銘、エルフの瞳だよ」


 自分の右目まがんについての謎を……ゆっくりと、語り始める。


「この"魔眼"は、その身をしてボクを助けてくれた、ボクの命の恩人……そのエルフの、形見なんだ」

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