第121話 魔死者



 さて、生徒会の仕事は当然、学園生活をよりよくしていくために活動していくことだ。

 それに、学園で起こった事件や事故……とにかく学園に関することは、生徒会が優先して調査などを行う事になっている。ひと月前の魔獣騒ぎも、そうだ。


 ただ、あの件に関しては未だに、全容どころか手掛かりすら掴めていないらしい。

 魔獣が現れた理由、手段……警備がしっかりしているこの魔導学園。その中に、あんな大きな魔獣がどうやって出現したのか謎のままだ。しかも、事前に先生たちが安全を確認した、森にだ。


 大きな進展がないまま、それだけのことにばかり注視しているわけにもいかない。

 最近は、特にそうだという。


「そういや聞いたー? まーた出たらしいよ、"魔死まし者"が」


「あぁ、教員から報告があった」


 話を切り出すのは、生徒会会計であるタメリア・アルガ先輩。私の淹れた紅茶を飲みながら、話題に挙げるのは……


「やはり、最近物騒になってきているな」


 タメリア先輩に応えるのは、茶菓子を口に運んでいる生徒会書紀のメメメリ・フランバール先輩。

 彼も同様に、その件について知っているようだ。


 他のみんなの様子を見ても、そうなのだろう。

 ただ……


「あのぅ……まししゃ、って?」


 私は、それを知らない。なので、恐る恐る手を上げつつ、聞いてみる。

 誰か親切に教えてくれないかな、と思っていたところ、鼻で笑うのは……


「とんだ無知だな。生徒会メンバーたるもの、学外の事件にも目を配らせておくべきだというのに」


 私のことが気に入らないらしい、生徒会書紀のシルフィドーラ・ドラミアス先輩。メメメリ先輩と同じ書紀なのは、こなさなければならない仕事の数が多いからで……

 まあ、それはいい。


 私は正直、シルフィ先輩をぶん殴りたくなる気持ちを抑えながら「無知なんもんですみません……」と謝っておいた。ちゃんと笑えているだろうか。


「……"魔死者"というのは、以前から王都で問題になっている、死体のことよ」


 私の疑問に答えてくれるのは、生徒会副会長のリリアーナ・カロライテッド先輩。

 婚約者であるゴルさんへの愛が強いせいか、女というだけでなんか睨まれたりするけど……こうして、ちゃんと教えてくれるあたり根はいい人だ。


 それにしても、死体、とは穏やかじゃないな……

 ……そういえば、そのまししゃって言葉、どこかで聞いたような……



『私も詳しいことは知らないんだけどね。

 ……ここいらで、妙な死体が増えているって話だよ』



 ……そうだ、前に『ペチュニア』でご飯食べたとき。タリアさんが、そんなことを言っていた。

 その、死体の名前が……"魔死者"。


「変わった呼び方、ですね」


「あぁ。誰が言い出したのかは知らないが……

 その時代には、皆共通点がある。そのことから、ある特徴のある死体を指して、"魔死者"と呼んでいる」


 生徒会長、ゴルドーラ・ラニ・ベルザ……彼が、リリアーナ先輩の言葉を引き継ぐように、口を開く。

 ある特徴のある死体を、一貫してそう呼ぶのだと。


 その、特徴とは……


「死体には、外傷は一切ない。何者かと争った形跡はなく……

 街中で、死んでいるのだという」


「? でも、事件って……」


 外傷のない、死体。それはつまり、事件性などなく、事故だということではないのか。

 いや、事故というよりは病気の方が近いか。


 でも、さっきシルフィ先輩は、事件だと言っていた。外傷もないのに、事件?

 その疑問に、ゴルさんはうなずく。


「あぁ、ただ外傷のない死体というだけでは、事件性などない。それに、騒ぎがここまで大きくなることもないだろう。

 ……先ほども言った、ある特徴が、事件性を示唆している」


「それって……」


「……魔力暴走」


 事件性のある証拠……どこか確信めいた言葉。その理由は、魔力暴走。

 聞き馴染みのない言葉だ。でも、言葉の印象からして、物騒なのはわかる。


 そして、死体に外傷がない、ってことは……


「もしかして……体内の魔力が、暴走して……?」


「ヒュウ、さっすが頭の回転が速い」


 思い至った答えに、口笛を吹いて評価するタメリア先輩。それは、この答えが正解だということだろう。

 ただ、正解したところであまり、嬉しくはない。


 ……人は本来、みんなが体内に魔力を宿している。それを使いこなせるようになるかどうかは、また別の話として。

 とにかく、人はみんな、魔力を持っている。


「"魔死者"とは、なんらかの原因で体内の魔力が暴走し……内部から体が破壊され、死に至った者のことを言う」


 ……それは、恐ろしい想像だった。体内の魔力が、なにかの理由で暴走して……内側から、めちゃくちゃにされる。

 骨も、肉も、臓器も。きっとなにもかもが、めちゃくちゃになって……


 想像しただけで、身震いがする。

 ただ……疑問がある。


「いや、でも……あり得ない、ですよ。

 体内の魔力が、暴走なんて」


 体内の魔力が暴走……そんな話、聞いたこともない。いくら抜けている師匠でも、そんな危ない現象があるならちゃんと教えてくれているはずだ。

 人はみんな、一生自分の魔力と付き合っていくんだ。……例えば魔力の使いすぎとかが原因でも、せいぜいがひどい疲労だ。こうした事件にはならないはず。


 魔力の使いすぎで死んじゃうなら、そういう現象があるって、みんな知ってなきゃおかしい。


「そうだね〜、そう思うのが普通なんだけど……」


「実際に起こっているからな」


 ……体内で魔力が暴走し、死に至った。だから外傷もない。それが"魔死者"と呼ばれている。なるほど、魔力の暴走で死ぬから"魔死者"か。

 私が師匠と暮らしていて世間知らずであることを除いても、今回の事件は異質らしい。


 体内の魔力暴走なんて、誰も予想していないのだ。


「あ、でも……なんで、それで事件だと?

 それこそ、病気とかの可能性もあるんじゃ」


 話を聞いただけだと、やっぱりこれは事件というよりも病気だという印象を受ける。

 魔力が暴走する病気があって、そのせいで……と。


 だけど、リリアーナさんは首を横に振る。


「被害者全てが、人通りの少ない場所で息絶えています。

 ……これが、果たして偶然でしょうか」


「!」


 被害者は、みんな共通して……人通りの少ない場所で亡くなっている? 病気ならば、突然来るものだ……場所など構わない。

 二人三人ならまだしも、騒ぎになるほどの数がすべて同じような場所で死ぬなど、偶然としてはあり得ない。


 つまり……


「誰かが、被害者を人気のない場所まで誘い込んだ……」


「もしくは、人通りのない場所にいた被害者を狙った……

 いずれにせよ、何者かが関与している可能性は高い」


 被害者を人通りのない場所に誘い込むか、待ち伏せするか……そこで、被害者を……!

 そんなことができるのは、被害者以外の人物……"魔死者"を作り出したと思われる、犯人以外にいない。


 状況証拠が、これを事件だと告げている。

 でも果たして……これが事件だとして……


「犯人は、被害者の魔力を、暴走させて殺しているってことですか? どうやって」


 自分の魔力ならいざ知らず、他人の魔力を操作するなどそんな方法、聞いたことがない。


 自分の魔力は、常に自分の中に流れている。魔力での身体強化も、自分の魔力を操ってやっていること。

 大気中の魔力も、常に自分が触れている。そこに干渉するのは精霊さんの力がいるけど、できることだ。


 でも、他人の魔力に干渉するなんて……そんなことは、できない。


「方法については不明だ。そもそも、この事件について詳細がわかっているわけではないからな。

 が、王都で起こっているその規模の大きさから、教員を通じて生徒会われわれにも情報が降りてはきている」


 ……学園内の秩序や生活をより良くしていく生徒会。そこにすら注意を促すレベルで、この事件はあちこちで起こっている。

 いつ学園の生徒や先生が巻き込まれないとも、わからないから。


 『ペチュニア』で冒険者っぽい人が話していたり……私が知らないだけで、クレアちゃんたちも事件のことは知っているのかもしれないな。

 そんな物騒な事件、早く解決してほしいけど……


 もし、犯人が本当に、他人の魔力を操作する方法を持っているとして……

 その手段と、目的は……いったい、なんだろう。

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