第117話 彼が訪れた目的は



「エラン・フィールド、体の具合はどうだ」


「ゴゴゴゴゴルドーラ……ッ」


「さま!」


 突然登場した、第一王子。その姿を確認するや、クレアちゃんとルリーちゃんは椅子から勢いよく立ち上がる。

 まあ、いきなり部屋に王子様が入ってきたら、びっくりするよなぁ。


 私はベッドに横たわっているから動けないし、動けたとしても立ち上がるつもりはないけど。


「そう、かしこまらなくていい。楽にしてくれ」


「い、いやぁ……」


「あはは……」


 楽にしてくれ、と言われても困るだろう。

 クレアちゃんの家は下級貴族。ルリーちゃんに至っては平民だ。本来、王子様と同じ空間にいること自体恐れ多い、と感じているのかもしれない。

 ここでは、そんなこと気にしなくてもいいと思うんだけどな。


 ……っと。二人を観察しているのも面白いけど、ゴルドーラがわざわざここに来た理由も聞いとかないとな。


「体の調子は悪くないですよ、良くもないけど。

 ゴルドーラ……様は、なんでここに?」


「……思いの外元気そうだな……と、俺が言えた義理でもないか。

 エラン・フィールド、キミまでかしこまる必要はない。様なんて仰々しくなく、気軽に呼んでくれ」


「じゃあゴルさん」


「……」


 気軽に呼んでくれ、というから、気軽にあだ名を付けてみたのだけど……なんだろうこの空気。

 なんで、クレアちゃんとルリーちゃんはそんな顔をしているんだろう。まるで、私がなにかやっちまったみたいな。


 数秒ほど、妙な静寂が部屋を支配していたけど……ぷっ、と誰かが吹き出す。


「ゴルさん、ゴルさんか……はは、それはいい」


「えっと……?」


「いい、好きに呼べ」


 なにが面白かったのか、くくっと笑ったあと、あだ名の許可が出た。なんだろう、そんなに気に入ったのかなぁゴルさん。

 ていうか……こんな風に、笑う人だったの?


 思い返せば、コーロランと話しているときと、決闘中しかこの人と接したことないから……素の顔なんて、初めて見たかも。

 もっと、とっつきにくい人だと思ってたのに。


「それで……ここに来た理由、だったな」


「あ、はい」


 なんか、調子狂うなぁ……私が本調子じゃないからか?

 親しみやすい、とまではいかないけど、少なくとも近寄りがたい雰囲気は、ない。


「あ、あの……」


「私たち、席を外しましょうか」


 ふと、恐る恐るといった感じに、ルリーちゃんが、そしてクレアちゃんが口を開いた。

 この二人にとっては、これが正真正銘の初対面。私のようにゴルさんの変わり身を知らないとはいえ、やっぱ緊張しているのだろう。


「そうだな……できるとそうしてもらえると、ありがたい。

 友人同士の団らんを、邪魔して悪いが」


「い、いえ、そんな!」


「では、私たち、これで!」


 ゴルさんが私に会いに来た理由……それは、二人にはあまり聞かせたくないものらしい。

 ゴルさんの謝罪を受けつつ、クレアちゃんとルリーちゃんは私に一言二言残して、部屋を出ていった。


 王族に謝罪されるとか、私今日死ぬのかしら……とか思ってないといいけど。


「……座ったらどうです?」


「あぁ……」


 二人きりになった部屋で、いつまでも立たせておくのも忍びないので、そこにある椅子に座るように促す。

 まさか私の見舞いだけが目的ではないだろう。そうなら、クレアちゃんとルリーちゃんを帰す必要もないし。

 とはいえ、一応は見舞いも兼ねてくれているのだろう。でないと、私の体を気遣った言葉はくれないだろう。


 さっきまでクレアちゃんが座っていた椅子に、ゴルさんは腰を下ろす。

 なんだろうなこの空間。話があるってんだから、話し始めるまで待ってればいいのかな……


「先ほどの決闘だが」


 と、考えていたところに、ゴルさんが口を開いた。

 やっぱ、話って決闘のことだよな。


「よく覚えてないけど、私負けちゃったんですよねー、たはは」


「いや、あれは俺の負けだ」


 ……あれぇ? 聞いてた話と違うぞぉ?

 でも、クレアちゃんとルリーちゃんが嘘つくとは思えないし、現に私気絶しちゃったしなぁ……


「結果としては、キミの負けとなった。だが、あれは……実質俺の、負けだ」


 悔しそうに……というよりは、どこか穏やかに話すゴルさん。

 ははぁん、気持ち的な意味で、俺の負けだ……って言いたいのかな、この人は。


 ただ、結果的にゴルさんの勝ち、私の負けという判定は覆らないらしい。


「決闘とは、必ず審判……第三者の立ち会いが必要となる。

 なぜだかわかるか?」


「さあ……なんかそのほうが、かっこいいから?」


 審判がいる理由か……そんなの、考えたこともなかったな。


「……決闘は、開始から終了までを、審判立ち会いの下で行う。それは、決闘の結果は、審判の判断に委ねられるからだ」


「審判の判断」


「そう。最終的に審判がどちらを、勝者としたかで、決闘の結果は決まる。

 あの時、確かに俺はキミに、追い詰められた。負けたと感じたさ。あの場面を見れば、誰もがそう思う」


 だが……と、ゴルさんは続ける。


「あの瞬間、会場全体は爆煙に包まれていた。あの光景を知るのは、俺とキミのみ」


「うーん、なんかまだあんまりそのときのこと、思い出せないんですよね」


「はは、なら俺だけだな。

 ……ともかく、あの場面を第三者も見ていたなら、結果は変わった。だが、爆煙が晴れる前にキミは気絶した……」


 なるほどね、爆煙が晴れたあとは、私が気絶してゴルさんが立っている姿。

 それを見れば誰だって、ゴルさんが勝ちだと思うよな。


 ……そもそも。


「じゃあやっぱり、私負けてるじゃん」


「!」


 結局私が気絶したことに変わりはない。あと一歩まで追い詰めたとしても、そのあと一歩を詰められずに私は、気絶したのだ。

 そんなの、勝ったなんて言えない。


 私の言葉が予想外だったのか、ゴルさんは目を見開いている。なんか新鮮だな。

 この人、もしかしてこのことを言うためにここに来たんだろうか。律儀なことだ。


「思い切りがいいことだ」


「そうかな」


 悔しいけど、負けた事実には違いない。

 小さく笑ったあと、こほん、とゴルさんは咳払いをした。なんか、真剣な顔だ。


「で、だ。決闘直前、それぞれ賭けとして要求したもの……覚えているか?」


「あぁ……」


 決闘前の、互いに要求したあれか……忘れるはずもない。できれば忘れてほしかったけど。

 やっぱり、この人、私のこと引き取りに来たのかな。


「互いの気持ちはなんであれ、決闘には俺が勝ち、キミは負けた……

 この結果はもはや、変えようのない事実だ」


 ま、そこは認めるよ。私負けちゃったもの。


「つまり、キミは俺の要求を呑む必要がある」


「あぁ、やっぱり私、このまま物のように扱われる日々が……」


「そこで、キミにはぜひ、生徒会に入ってもらいたい」


「待って……うん?」


 私を貰う、なんて要求をしてきた男に、いったい私はなにをされるのか。

 物のように扱われるのか、それともこんな美少女をめちゃくちゃにするつもりなのか……変な想像ばかりしてしまう私に……


 生徒会。その単語は、全くの予想外だった。

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