第116話 知らない天井だ



「…………んん……」


 ……あれ、なんだろう……目の前が真っ暗だ。

 ……あぁ、目を閉じているからか。でも、なんだろう……なんだか、まぶたが重たいや。それに、背中が柔らかい……柔らかいものに、寝転がっている?


 そっか、私今、寝ているんだ。

 ……なんで?


「! エランさん!」


「エランちゃん!?」


 うぅん……私の名前……あぁ、よく知った声がするよ。そこに、居るの?

 まぶたが重たいけど、開けないと。ゆっくりとだけど……開けていく。視界に、光が差し込んでくる。


 視界の、先には……


「……知らない天井だ」


「エランさん!」


「エランちゃん、起きたのね!」


 少し視線をずらすと、そこには……ルリーちゃんと、クレアちゃんがいた。私の顔を、じっと見つめている。私が寝転がっているのは、ベッドか。ふかふかぁ。

 えっと……なんでそんな、心配そうな顔をしているんだろう?


 そもそも私、なんで眠って……


「二人とも……っつ……」


「あぁ、エランさん!」


「まだ起き上がっちゃダメよ!」


 起き上がろうとしたけど、頭の中に鋭い痛みが走る。なんだ、こりゃ。

 ここはお言葉に甘えて、寝転がったままにさせてもらおう。


「えっと……私、なんでこうなってるんだっけ」


「覚えてないの?」


「エランさぁん……!」


 二人とも心配してくれているのはわかる。特にルリーちゃんなんて、さっきから私の名前を呼んでばかりだ。

 ただ、私にはこんなにも心配してもらう理由がわからない。なんだって、私は……?


 思い出そうとする私の頭を、クレアちゃんがそっと撫でてくれる。


「エランちゃん、決闘の途中で倒れちゃったのよ? で、運ばれて……あ、ここは保健室で、私たちは付き添いね」


「あ、ずるい、です!」


「はいはい」


 あたたかかったクレアちゃんの手が離れ、今度はルリーちゃんにバトンタッチ。ルリーちゃんの手は、ひんやりしててこれまた気持ちいいな。

 それにしても、けっとう……ケットウ……あぁ、決闘!


 そうだ私は、ゴルドーラと決闘してたんだ。それで、最後に全力で、挑んで……意識が……ダメだ、思い出してきたけど、まだ頭がぼんやりしてる。

 でも、途中で倒れたってことは……


「負けちゃったのか、私は」


 決闘に負けた……ということか。そうか……

 ……負けちゃったのか。


「エランさん……」


「ん……そんな、悲しそうな顔しないでよ。負けちゃったけど、なんか不思議と、悔しくないんだ」


 これが、負けるってことか……師匠との訓練では常に負けてたけど。その時に抱いた気持ちとは、全然違う。

 年の近い子と、一対一の決闘をして……負けた。


 悔しい……はずなのに。なんだろう、どこかスッキリしている自分がいる。

 もしかして、全力を出した上で、負けたから……だろうか。全力を出しても、まだ勝てない相手がいる。それも、相手は下級魔導士相当の実力者。

 つまり……私が勝てなかったゴルドーラよりも、強い人はまだまだいる。


「そういえば、ゴルドーラ……さんは?」


「実はね、エランちゃんをここまで運んでくれたのは、そのゴルドーラ様なのよ! それも、お姫様抱っこで!

 キャー、あのときの光景って言ったら……脳内保存バッチリなんだから!」


「むぅ」


「運んで、くれた……」


 あぁ、全然覚えてないや……初めて会ったときの印象、いや決闘中も含めた印象だと、倒れた女の子がいても我関せずで、去っていきそうだったのに。

 なんていうか、意外だ。


 でも、運んでくれた当人がいないのは、どういうことだろう。


「驚いたんですよ、ゴルドーラ様がエランさんを運んで……心配だった私たちも、後を追って。

 そしたら、ここでベッドに寝かせた後、私たちにこの場を残して帰っちゃったんですから。こっそり後を尾けてたつもりだったのに」


「へぇ……なんで、ルリーちゃんは不機嫌なの?」


「なんでかしらねー」


 不機嫌……というか、拗ねている? はて、私はなにかしただろうか。

 ……もしや、私がゴルドーラにお姫様抱っこされたことに嫉妬してる!? え、ルリーちゃんってゴルドーラのことが好きだったの!?


「多分、エランちゃん的外れなこと考えてるわよ。

 ……ま、ゴルドーラ様は先生に呼ばれてたって言ってたし、決闘の諸々について話があるんじゃない?」


「あー」


 決闘について……か。だとしたら、私も当事者なのに押し付ける形になっちゃって……なんだか、申し訳ないな。

 私も行きたいけど、これじゃあ動けそうにないし……


 ……不思議だなぁ。


「決闘で、あんなに傷ついたのに。そこまで、ひどい傷じゃない?」


 まあ、巻かれた包帯であんまり傷の様子とか見えないけど。


「今は席を外してるけど、さっきまで保健室の先生がいたからね。手当てしてもらったのよ。

 そもそもの傷については……それが、結界の恩恵ってこと」


 結界の中でのダメージは、一定以上は本人にダメージが行かないようになっている……だったか。

 もしも、決闘のダメージがそのまま残っていたら……とてもじゃないけど、今こうして無事ではいられないだろう。


 なんせ、体内まで爆発させられちゃったわけだし。やっぱ鬼みたいな相手だったな。


「とはいえ、結界の中でも気絶しちゃうまで疲弊しちゃうなんて……」


「普通は、そんなことないの?」


「そりゃ、ね。結界はダメージは吸収してくれる……でも、疲労はそうはいかない。疲労が溜まれば、こういうこともあるけど……大抵は、決闘相手に気絶させられる。自分で、気絶するまでってのはあまり聞かないわ」


「そういえば、ダルマスも私のパンチで気絶してたもんねぇ」


 懐かしいなぁ……とはいっても、あれからまだひと月も経ってないんだよなぁ。

 あのときはまさか、自分がこんなことになるとは、思っていなかったよ。


 決闘して、負けて……なんてね。

 負け……


「あ……」


「どうしたんですか?」


「や、なんでも、ないよ」


 ふと、思い出す……決闘をするにあたって、避けては通れない重大な問題があったことを。

 それは、賭け……決闘開始の際に、相手に要求する賭けのことだ。


 決闘の勝ち負けは、ただ勝ち負けで終わらない。相手から要求されたものを、吞まなければならない。

 それを私は、承知の上で決闘に望んだわけで……



『私が賭けてもらいたいのは、あなたの弟、コーロラン・ラニ・ベルザへの謝罪。謝罪を要求します』


『俺が望むのは……貴様を、我が手中に収めること。

 エラン・フィールド。貴様が賭けるのは、貴様自身だ』



 お互いに、こう要求していたわけで。

 私は、負けちゃったから……


「私、ここから逃げたいかも」


「なに言ってんの、ダメよ」


 どうしようどうしよう……いや、決闘を挑んだ以上、こうなる可能性もあったんだけど……

 今になって、現実味を帯びてきた。


 あの男の雰囲気から、冗談では済ませてくれないだろうしなぁ。そもそも、決闘に冗談を持ち込んでいいはずもない。

 あぁ、私はこのまま、あの男のものになってしまうのね……



 コンコン



「はい」


 ふと、戸が叩かれた。それにクレアちゃんが返事をすると、戸はゆっくりと開かれる。

 クレアちゃん、ルリーちゃん以外にも、お見舞いに来てくれたのだろうか。ノマちゃんかな、ナタリアちゃんかな、それともそれとも……


「失礼する」


「!?」


 戸の向こう側から現れたのは、今考えていたあの男……ゴルドーラ・ラニ・ベルザだった。

 こいつぅ……さっそく、私を引き取りに来やがった!?

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