第100話 第一王子との決闘、互いに賭けるもの



「ふぅ……」


 私は一人、深く息を吐きだしていた。私の他に、この部屋には誰もいない。

 いや、正確にはさっきまで、クレアちゃんやルリーちゃんがいた。その目的は、いわゆる私への応援だ。といっても、ルリーちゃんはともかくクレアちゃんは、やっぱり複雑そうな表情ではあったけど。


 なんで私を応援してくれるのかって? それは、今から私が決闘に臨むからだ。

 ここは、決闘前の控室……みたいなところかな。そこに、一人で気を集中している。


 会場は、以前コーロランのクラスと試合をしたのと同じ会場。ここなら広いし、観客席もある。まあわざわざ観に来なくても、決闘の様子は学園中に中継されているんだけど。

 それでも、直接決闘を観に来る人は多いみたいだ。


「みんな、応援してくれるのは嬉しいんだけど……

 やっぱ、素直にってのは難しいよねぇ」


 誰もいない空間で、私は一人呟く。

 クレアちゃんやルリーちゃん以外にも、クラスメイトのみんなも応援してくれた人はいたわけだけど……


 相手が、第一王子なのだ。なにも考えずに、エランちゃんがんばれ、とは言いづらいみたい。

 そんなこと言ってくれたのは、クラス内外含めてルリーちゃんくらいだ。


 まあ、なにはともあれ……ここまで来てしまったし、逃げられないし逃げるつもりもない。

 私は、ただ全力を出すだけだ。


「よっし、そろそろ行くかな」


 時間もそろそろだし、集中力も高まった。ご飯もいっぱい食べた。

 今日まで訓練してきたし、準備は可能な限りやった。全力を出して、それをぶつけるんだ!


 全力を出して、ぶつけて、そして……そのあとは、そのあとのことだ。


「体調よし、お腹よし、杖よし!」


 最後に最終確認をして、私は立ち上がる。

 そして、扉を開き……長い廊下を、歩いていく。


 薄暗い廊下だ、それに変わり映えのない景色……だけど、確かこの辺りだったな。

 ここで、私はコーロランとゴルドーラのやり取りを目撃して……見て見ぬふりをすればいいのに、飛び出して。そして……



『私、エラン・フィールドは。

 ゴルドーラ・ラニ・ベルザ。あなたに、決闘を申し込む』



 自分から、決闘を申し込んだ。決闘の作法については、クレアちゃんたちから教えられていたけど、まさかこんな形で使うことになるとは思ってなかったな。

 クレアちゃんも、まさか私が第一王子に挑むなんて、思ってもいなかっただろう。


 第一王子との決闘に対して、ほとんどの人が私に対して『信じられないもの』を見るような目を向ける中で、ルリーちゃんやナタリアちゃんはいつも通りだったな。あとヨルも。

 ほとんどの人は、王族の決闘相手である私に肩入れすれば、自分や身内にもなにかしらの影響が及ぶと思っている。だから、私を大っぴらに応援できない。


 対して、ルリーちゃんには身内がいない。少なくともこの国には。ルリーちゃんに家族のことを聞いたことはなかったけど、魔導学園に入学するためにこの国に来たって言ってたから、家族は別の場所にいるんだろう。

 だからまあ、ルリーちゃんが自分のことだけを考えて、それでもなお私のことを応援してくれるのは嬉しいけど……


 生まれも育ちもこの国っぽいナタリアちゃんまで、私を応援してくれるのが……嬉しいけど、疑問だ。

 ヨルは別にどうでもいい。


「……ふぅ」


 いろいろ考え事をして、思い出して、そうやって歩いているうちに、視線の先には光が見えた。あれが、会場へと続く道。扉はないので、光が漏れているんだ。

 あそこを通れば、いよいよだ。たくさんの人が見ている中で、第一王子ゴルドーラとの決闘が始まる。


 ……多くの人の前で、一対一での決闘、かぁ。ダルマスとのときは授業の一環だったし、見学しているのもクラスメイトだけだった。コーロランたちとの試合は、多人数だったし。

 けど、今回は一人。大勢に見られながら、一人……


 ちょっと、緊張する、かも。


「ええい、女は度胸!」


 自分を鼓舞して、いざ……進め!

 私は足を、一歩踏み出して……光の向こう側へと、足を踏み入れた。

 その先にいたのは……


「……」


「……どーも、一週間ぶりです」


 会場となる舞台……そこに立っていた、ゴルドーラ・ラニ・ベルザの姿。こうして見ると、金髪美形で、思わ見惚れてしまいそう。

 けれど、私はこの男の本性を知っている。



『我が弟に、敗者などいない……いや、敗者であるはずがない。貴様は、誰だ』



 あんな言葉を、実の弟に投げかける男に……私は、負けない!


「両者、揃ったようだな」


 舞台には、ゴルドーラの他にもう一人。先生が立っている。ちょうど、私とゴルドーラの中間あたり。

 先生がここに立っている理由は、立会人……審判としてだ。決闘には、第三者として立会人も必要になる。


 そして、立会人の役目はもう一つ……


「それでは双方、決闘の賭けになにを望む」


 決闘は、互いになにかを賭けて行う。それを聞き届け、決闘後に賭けが破られることのないように最後まで見届ける。

 ま、観客もいる前で約束を破ったりなんかできないだろうけど。


 見渡すと、観客席にはかなりの人がいる。コーロランクラスとの試合のとき以上だ。

 さらに、現場は中継され、学園内に流されている。


 ……さて、私の賭けるもの……いや、違うな。決闘では自分が自分で賭けるものではなく、自分が相手に賭けてほしいものを要求する。

 私が賭けてほしいものは……


「私が賭けてもらいたいのは、あなたの弟、コーロラン・ラニ・ベルザに対しての謝罪。謝罪を要求します」


 もっと、自分のための要求をしたほうがいいのかもしれない。けれど、この一週間、考えてもよくわからなかった。

 だから、私は初めに浮かんだものを、賭けの対象として要求する。


 対して、ゴルドーラ・ラニ・ベルザが賭けの対象として私に要求するものは……


「いいだろう。

 俺が望むのは……貴様を、我が手中に収めること。

 エラン・フィールド。貴様が賭けるのは、貴様自身だ」


「……ん?」


 淡々とした口調で、ゴルドーラは言う。

 その瞳は、まっすぐに私を見ていて。


「本来ならば、王族への無礼の代償は退学を要求してもおかしくないものだ。だが、貴様を退学させたとあっては学園の損失に繋がる……

 ゆえに、俺のものとなれエラン・フィールド」


「……どういう思考でそうなるの。あなたの、ものって?」


「貴様は俺の手を拒んだ。友として誘った、俺の手をだ。正直、癇に障ったとも。

 ならばこそ、学園から追いやるのではなく……貴様を屈服させ、俺のものとする。その力を俺のために使い、尽くすがいい」


 ……こいつ、マジだ。マジで、私を手に入れようとしている。

 こんなか弱い乙女が欲しいなんてこの変態! ……って流せるような雰囲気じゃないな、これは。


「俺が要求するのは、エラン・フィールド。貴様だ」


 自分のために一生を尽くせ……私から、自由を奪い去るつもりなんだ。

 そんな、要求……


「……いいよ」


 受けて、立ってやる!

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