第101話 誇りの名乗り



 決闘……それは、互いが互いになにかを賭ける、というもの。自分ではなく、相手になになにこれこれあれあれを賭けてほしいというそれは、賭けというよりも要求のほうが正しいのかもしれない。

 私はゴルドーラに対して、弟コーロランへの謝罪を。

 ゴルドーラは私に対して、自分のものとなることを。


 それぞれ、賭けとして要求し……両者はそれを受け入れ、成立した。


「ゴルドーラ・ラニ・ベルザ。エラン・フィールド。

 互いの要求は受け入れられ、賭けはここに成立した。

 私ヒルヤ・サテランが決闘の立会人として、これを確かに受理する」


 決闘の立会人である先生が淡々と、述べている。それは、決闘の決まり文句みたいなものなのだろうか。

 それに、表情一つ変えず慣れた様子だ。何度も、繰り返してきたんだろう。


 決闘の賭けに要求するものは、気に入らなければ拒否することもできる。だけど、そんなことをする人は滅多にいないらしい。

 決闘とは、伝統あるもの。一度決闘を申し込み、または受け入れた以上、なにを賭けようと賭けられようと、それを拒否するのは……伝統への、冒涜だ。そういう声が多いみたい。


 正直、お偉いお貴族様は大好きな伝統も、私にとってはよくわからないし、どうでもいい。

 けれど、これは私から申し込んだ決闘だ。私が、ゴルドーラに謝罪させたいと願ったものだ。ならば、相手になにを要求されようと、それを拒否するのは……逃げでは、ないのか。逃げは、一生の恥として回る。


 こういった、賭けになにを対象とされるかわからない……それが、誰もが決闘を安々とやらない理由だ。


「決闘には、互いが全力を持って臨むべし。勝ち負けに一切の言い訳は認められない。

 両者、異存は」


「「ない」」


 私とゴルドーラの声が、重なった。

 私は、太ももに装着しているホルダーから、杖を抜き取る。ゴルドーラもまた、自分の懐から杖を取り出した。


 それぞれ、言葉を交わすでもなく……ゆっくりと、お互いに杖を向かい合わせる。

 私の杖がゴルドーラを、ゴルドーラの杖が私を、互いに睨みつけている。


 決闘の作法は、教えてもらった。体が、自然とそれを実践している。

 名乗りは……別に、これとわかる肩書がなければ、普通に名前だけを言えばいいらしいけど……


「ベルザ王国第一王子にして、魔導学園生徒会長ゴルドーラ・ラニ・ベルザ」


「グレイシア・フィールドの弟子、エラン・フィールド」


 私は、自分で誇りだと思っている、名乗りを告げる。


 ゴルドーラは、どうやら生徒会長だったみたいだ。そういえば、入学式の日になんかスピーチしていた気がする。

 あんまり長い話が続いて、よく聞いてなかった。けどまあ、この魔導学園の生徒会長を務めるってことは……


 お互いに名乗りを交わして、杖を引き、軽く一礼。そして、軽く深呼吸……

 …………その時は、訪れる。


「それでは、決闘を開始する!」


 その場に響く、先生の声……

 それが、決闘の合図となった。


 引いた杖を構え直し、ゴルドーラへと向けるが……私が杖を構えたときには、すでにゴルドーラは攻撃体勢に入っていた。

 彼の周囲の大気が震え、次の瞬間にはいくつもの氷の槍が出来上がる。


 大気中に含まれる水蒸気、それを氷の武器としてイメージを膨らませる……私も、よくやるやり方だ。魔導士にとって、イメージを具現化させやすいものの一つ。

 それが、一斉に私へと放たれる。


「先手は取られたか……!」


 私が杖を構えようとしたときには、すでに攻撃の体勢を整えていた……さすが、と言うべきか。生徒会長ってやつの名は、伊達ではないらしい。

 できれば先手を取りたかったんだけど……仕方ない!


「せや!」


 攻撃を、防御へと切り替える。杖を横薙ぎに振るうことで、熱を帯びた火の壁を作り出し、氷の刃を受け止める。

 火に触れた氷は蒸発し、その場から消え失せた。


 別に、防ぐだけならただ壁を作るだけでもよかった。けど、そうしなかったのは……


「飛んでけ!」


 火の壁を丸めて、火の玉へと変化。魔導はイメージ……イメージさえしっかりできれば、壁を玉に変えることだってできる。

 氷の刃のお返しに、火の玉を投げ返す。


「ほぅ……」


 自分に向かってくる火の玉を見ても、ゴルドーラは動じることはない。どころか、足を進めて自ら火の玉へと向かっていく始末。

 そのまま、ゴルドーラが火の玉に呑み込まれる……と思いきや、突如として火の玉は弾けるようにして消える。


 中心から、小さな力で爆発させたのか……火を前に、一切の躊躇もなく。


「じゃ、これならどうかな!」


 私は、自身へと魔力強化を付与する。腕が、脚が、体が……全身が、魔力により強化される。

 魔力による全身強化は、ダルマスとの決闘のときにやったものだ。ダルマス含め、クラスメイトは部分的な強化しかできていなかった。

 その後、魔力の使い方を改めて復習しているけれど、未だ全身強化をできる子はいない。


 とはいえ……


「ふん!」


 ……私はその場で踏ん張り、勢いよく駆け出す。ただ速く走りたいだけなら、脚だけに部分強化すればいいけど……


「はっ! とっ! ぬっ!」


 飛んでくる氷の槍を、私は魔力で強化した拳で叩き割っていく。

 それも、氷の槍は一つや二つではない。まさに、無数と言ってもいい。数えるのが面倒だ。


 避けようにも範囲が広いため、うまく体を動かせない。ならば、一直線に進んでいって自分に刺さりそうなものだけ、ぶち割ればいい。


 走り、走り、走り……範囲内に入ったところで、私は高くジャンプ。私の動きを逐一目で追っていたのか、ゴルドーラの視線も私を追ってくる。

 けど、氷の槍が放たれるまではまだ時間がかかる。急な方向転換はできない、ってね。


 上空から、落下の勢いを乗せて、拳を振り落とす。


「せやぁ!」


「……」


 ドッ……と、その場に衝撃音が鳴る。それは、肌と肌とがぶつかり合った音。

 だけど……私がゴルドーラをぶん殴った音では、ない。


 私の拳は、ゴルドーラの手のひらに受け止められている。素手で。


「やっぱり、全身に魔力強化は使えるよね……」


「当然だ」


 ゴルドーラは、手だけではない。私の拳を受け止めるため腕にも、踏ん張るため足にも、全身に魔力強化を付与している。

 やっぱ、三年間も魔導学園に在籍すれば、全身への魔力強化も使えるってわけか。


 そのまま、ゴルドーラは私の拳を掴んで……振り払うように、ぶん投げた。


「わっ……とと」


 ぶん投げられて、尻もちをついてしまう……わけにもいかず、私はなんとか着地を成功させる。

 少しバランスが崩れたけど……と、一瞬だけ足元に注意を向けた、その隙に……


 魔力で全身強化したゴルドーラが、目の前に迫っていた。


「ぬぅう!」


「っ!」


 振り落とされる拳を……今度は私が、受け止める。

 だけど、片手じゃ受け止めきれず……もう片手を添え、両手でその拳を受け止めた。


 この、重さ……やっぱり、強いな……!

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