第69話 たっくさんの本



 同い年だと思ってた人が、実は先輩だった件。

 ごめん嘘。私に後輩がいないからそう判断しただけで、年下だと思ってました。


「ごごご、ごめんなさい!

 私、てっきり……」


「い、いいって。慣れてるから」


 ど、どうしよう私。初対面の先輩に失礼なことしちゃった!

 気にしなくていい、と先輩は言ってくれるけど。


 ただ、言い訳をさせてもらうなら……


「先輩、スカーフは?」


「あぁ……僕、忘れっぽくて」


 学年ごとに色の違うスカーフ。それが、先輩の胸元には見当たらない。

 当の先輩は恥ずかしそうに笑っている。

 それに加えて、さっきまでなぜか敬語で話していたし……


 仕方ない部分は、あると思うの!


「僕、小さいし、基本的に敬語で話すから……

 あまり、年上に見られないんだよね」


「でも、今は普通にしゃべってますよ」


「キミがピアの友達だって知ったら、つい……

 あ、嫌ならやめるけど」


「いやなんて、とんでもない」


 むしろ、敬語を使われる方が気にする。

 しかも、相手は先輩だし。


 ……年上に、見られないのか……


「小さいから仕方ないよね」


「!? いや、別にそんな!」


 やばっ、私の考えていることがバレた!?

 だけど、先輩は気にせず笑う。


「いや、コンプレックスって言ったらコンプレックスだけど、種族の問題で仕方ないところはあるから」


「……種族?」


「僕、小人族ドワーフだから」


 背が低いのがコンプレックスなのは、わからなくはない。私だって、もっと背丈が欲しいと思うことはある。

 けれど、どうしようもない問題というのは、あるものだ。


 小人族ドワーフ……それが、レニア先輩の種族。亜人だ。

 その名の通り、背が低く、物作りに長けた種族だとも言われている。


 師匠と暮らしていた頃に、そういえば小人族の職人さんが家を訪ねてきていたような気がする。

 私にはわからない話をしていたから、応対したことはないけど。

 ただ、そのときの小人族の印象は……


「もっと、こう、樽みたいな体で……」


「! ぷはははは!

 た、樽!」


「あ! ご、ごめんなさい」


 しまった、うっかり口に出てしまった!

 わりと失礼なこと言っちゃった!?

 重ね重ねなんてこと!


 だけど、先輩は笑ってばかり。


「あはは、いやいいよ! なかなか愉快な例えをするなと、思って!」


 そう笑う先輩は、背こそ低いが……言ってしまえば、背が低いだけだ。言われなければ、小人族とはわからないだろう。

 樽のような体型をしているわけでもなく、むしろ細型だ。


 そんな私の疑問に答えるように……


「確かに、年をとればほとんどの小人族が、た、樽の……ぷふふっ……樽のような体型に、なる。

 けど、若いうちは人間とそう変わらないんだ。背以外はね」


 もちろん力持ちでもあるけど、と、先輩は力こぶを作ってみせる。

 ……力こぶどこだろう。


 小人族は背が低く、樽のような体型で、人間よりも遥かに力持ち。それに、技術士が多く、ものを作ることに長けている。

 エルフのように森を好み、自然に愛されているという。


「まあそんなわけで、僕は一応キミの先輩になるかな」


「この度は失礼をいたしまして」


「だから気にしなくていいって」


 うぅ、これからは人を見かけで判断しないようにしよう。


 それにしても、やっぱり国内国外からたくさんの生徒が集まってるから、いろんな種族がいるなぁ。

 エルフを除いて、ね。


「それにしても、ピアの友達が、調べ物か……

 なにか、変なこと調べてこいって頼まれた?」


「いや、そういうんじゃなくて」


 なんだろう、今の言葉だけで、ピアさんがどんな人だと思われているのか想像がつく。

 幼馴染にも、そう思われてるんだやっぱ。


「ちょっと、私用で調べたいことがあって」


「そっか。ピアが変なこと頼んでたらどうしようかと思ったよ。

 おかしな子だと思ったんじゃない?」


「まあ……思わないことも、ないですけど……」


「あいつ、発明のこととなると時間を忘れて没頭するし……それが悪いこととは言わないけど、人を巻き込んだりするから人が離れていってね。今じゃ彼女に近づく人もあまりいないし、せっかくの友達を大事にしないとまたいなくなっちゃうかもしれない。

 ただ、いいところはたくさんあるんだ。だから、キミもどうかピアといい友人関係を続けて……」


「……」


「……こほん、少し脱線したね。

 僕はこの図書室の委員だから、わからないことがあったら聞いてね」


「はーい」


 びっくりした……急に、ピアさんのことについてしゃべりだすんだもん。

 いや、いいんだけどさ。


 結局、友達だと誤解されたままだ。友達……になるのは構わないどころかウェルカムなんだけど、今朝のやり取りだけで友達になったと言えるのか?


 立ち話もそこそこに、私はついに図書室へと足を踏み入れる。

 続いて、レニア先輩も入ってくる。

 委員って……ボスみたいなもんだろうか。


 ……そういえば、ピアさんには天才少女と言われ、レニア先輩からは期待の新入生と言われた。

 幼馴染の二人から、褒められた!


「ほわぁ、ここが」


 室内に足を踏み入れた瞬間、ぶわっと紙の匂いがした、気がした。

 視界に映るのは、本、本、本……棚に詰められた本が、びっしりと並んでいる。


 師匠と暮らしていた頃、魔導の本は読んでいたけど……まさか、こんなにいろんな本があるなんて。

 数も、種類も。本って、魔導に関するものばかりじゃないんだなぁって改めて思ったよ。


 私が感激していると、後ろから笑い声が。


「まさか、本を見ただけでここまでのリアクションとは。

 噂通り面白い子だね、キミは」


「噂?」


 なんの噂だろう……

 あんまりいいものではないと思うので、深く聞くのはやめておこう。


 なにはともあれ、ここなら、調べたいことも存分に調べられるだろう!

 ……けど……


「多いな……」


 数が多いとは思ったけど、さすがにこの中から目当ての題材の本を見つけるのは、大変だ。

 なので、さっそく頼らせてもらおう。


「あの、エルフに関する本ってどこにありますか?」


「……エルフ」


 なんとなく、声を押し殺して聞いた。

 クレアちゃんたちには、なにについて調べるか黙っていたけど……まあ、初めて会う人だしいいよね。

 どのみち、どの本がどこにあるのか聞かないと、いけないし。


 レニア先輩も、エルフの単語を聞くと、予想通りというか……眉を寄せて、難しそうな表情を浮かべていた。

 私と同じく、声を落とす。


「それなら、あっちの本棚に……」


「……結構、端っこなんですね」


 先輩が指したのは、教室の隅に位置している本棚。その一角に、エルフに関する書物があるのだという。

 あそこに、ついに……


 それにしても……考えすぎかもしれないけど。

 まるで人目に触れないような場所に、置いてあるんだな。

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