第68話 書庫室?図書室?



「……ここかぁ」


 教室を出た私は、ある目的地へと向かい……今回は迷うことなく、そこへたどり着いた。

 見上げるそこには、書庫室、と書かれている札が貼ってあった。


 ここに、本があるのか……なんか、他の教室と比べて、立派で頑丈そうな扉だ。

 ここには、たくさんの本がある……その中には、貴重なものもあるのだろう。だから、他よりも頑丈そうな造りになっている。


 ちょっと、入るのが躊躇われるけど……

 ここまで来たんだ。行ってやる。


「こ、こんにちは……っ!」


 初日、教室に入ったときは、元気よく挨拶を交えて扉を開けたが、今回はそうしない。書庫室では静かに、がマナーらしいのだ。

 少し重たい扉を、開けようとして……手が、止まる。

 扉が、開かないのだ。


 力を込めても、びくともしない。

 頑丈そうなこの扉は、警備も兼ねているんだろうが……ちょっと、頑丈すぎやしないか?


 というか、生徒が閲覧できる部屋じゃないのか!? なんでこんなに開けにくいの!?


「ぬぬぬぬ……!」


 この……! 全然開かない……!

 こうなったら、魔法で扉をぶっ壊すか……いやでも、さすがに……でも……!


「あのー……」


「あん!?」


「ひぃ!」


「ぁ……」


 必死に力を込めていたところで、声をかけられたので、力んだ返事になってしまった。

 おかげで相手を怖がらせてしまったらしい。


 振り向いたそこにいたのは……男子生徒だ。

 頭を押さえて、ビクビク震えている。やっぱり怖がってる。


「あー、ごめんなさい。ちょっと、うまく感情が切り替えられなくて」


「い、いや、こちらこそ、いきなり話しかけてすみません……」


 その男の子は、私が悪いにも関わらず自分が悪いのだ、と話す。

 いい子だ。


 その子は、背丈は私と同じくらい……いや、私より低い。私は小柄な方だけど、その私より低い。

 私の後輩か……と言いたいくらいだけど、入学したばかりの私に後輩なんているわけもない。

 制服のスカーフが見当たらないけど、私と同じ新入生だろう。


「あの……ここで、なにを?」


 ふと、男の子はそう聞いてきた。

 別に隠す理由もないので、私は理由を話す。


 調べ物をしたいので、案内された書庫室に来たんだけど、扉が開かないこと。

 そのせいで中に入れず、本が読めないこと。


 それらを聞いて、男の子は……なぜか、唖然としていた。


「あの……ここ、書庫室です」


「うん」


「書庫室じゃ、本は読めませんよ?」


「……えっ?」


 それは、衝撃の事実だった。

 本が……読めないだって?


 その困惑を読み取ったのだろう。

 男の子は、私に説明するように指を立てる。


「そもそも、書庫室とは本を保管しておく部屋です。本を閲覧できる部屋は、また別にあります」


「そんな……だって、本があるのはこの部屋って……!」


 確かに、私は本がある場所を聞いて、この書庫室を教えられた。

 しかし、よくよく思い出してみると……


 私、本がある場所がないかは聞いたけど、本を読める場所がないかは聞いてないような……!?


「いや、だからって……」


 そりゃ、言い方に誤解はあったかもしれないけど……

 調べたいことがある、本がある場所、その二つを聞いたら、普通本を読める場所を教えてくれるんじゃない!?


 あの人……いや、悪気はないんだろうけど……だからこそ、たちが悪い……!


「騙された……」


「あの……本が、読みたいんですか?」


「うん」


「なら、一緒に行きましょう。

 僕も、ちょうど図書室に用事があるので」


「ホントに!?」


 落ち込む私に、優しく声をかけてくれる男の子。

 いやぁ、いい子だなぁ!

 崩れかけた膝を、必死に奮い立たせる。


 並んで、歩く。


「そういえば、名前……」


「僕? 僕はレニア・カーマン。よろしく」


「うん、よろしく。私は……」


「知ってますよ、エラン・フィールドさんでしょ。

 今年期待の新入生」


 まだ名前を知らなかったことに気づいて、男の子の名前を聞く。

 レニアくん、か。


 私も名乗ろうとしたけど、どうやらすでに知っていたらしい。

 いやぁ、期待の新入生だなんて照れるなぁ。

 ただ、同じ新入生にそんなこと言われるなんて、恥ずかしくもある。


 互いに名前も知ったところで、もうしばらく歩く……かと思いきや。


「はい、ここですよ」


「近い!?」


 思いの外、近かった。


 先ほどの書庫室とは違い、ちゃんと普通の扉だ。

 札には、図書室と書いてある。


「今度こそかぁ」


「まさか書庫室と図書室を間違えるとは……まあ、近いし、入学して間もないなら仕方ないですよね」


 あははは、と笑うレニアくん。

 まずい、このままじゃ私がアホだというイメージがついちゃうんじゃないか?


 私は、それを訂正すべく首を振る。


「違うんだよ。本を探してるって尋ねたら、書庫室にあるってピアさんが……」


「……ピア?」


「うん。

 あ、ピアさんは今朝会った、先輩なんだけど……」


「キミ、ピアの友達!?」


 私はアホじゃない、間違った場所を教えられただけなんだと、弁明する。

 だけど、その途中でレニアくんは、急に詰め寄ってきた。

 なんだなんだ!?


 と、いうか……


「ピアさんのこと、知ってるの?」


「知ってるもなにも、幼馴染だよ」


 どこか嬉しそうなレニアくん。敬語も取れちゃってるし、別にいいけど。

 幼馴染……か。小さい頃から、一緒にいるって意味だっけ。


 まさか、こんなピンポイントでピアさんの幼馴染に会うなんて。

 学園って狭いな。


「そっかそっか、ピアの友達かぁ」


 嬉しそうなレニアくんは、うんうんと満足そうにうなずいている。


「いや、友達っていうか……」


「ピアは昔から、研究一筋の研究バカでね。人と関わるのが苦手で、よく部屋に閉じこもってたものだよ。

 せっかく同じクラスになったのに、初日から研究室にこもりっきりだし……」


「そ、そうなん……

 ……?」


 幼馴染に対する気持ち。それを吐露するレニアくんは、口調こそやれやれといった感じだけど、実際は嬉しそう。

 本当に、ピアさんのこと考えてるんだな。


 だけど、ちょっと待って。

 今、聴き逃がせない単語があったんだけど。


「えっと……

 同じクラス?」


「うん」


「ピアさんと?」


「うん」


 ……ちょっと落ち着け私。

 ピアさんは、先輩だ。一学年上、ニ年生だ。


 そのピアさんと、同じクラスだということは……


「先輩!?」


「あははは、やっぱり先輩と思われてなかったんだ」


 苦笑いを浮かべるレニアくん……いや、レニア先輩。

 私と同じ、新入生だと思っていたのに……先輩、だったのか……!

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