第67話 調べ物をするために



「フィールド、お前魔術を使えたんだな」


「ごめんなさい、あのとき話を聞いてませんでした」


「……いっそ清々しいな」


 教室に戻る途中、廊下ですれ違った私に、先生が言った。

 授業中に、魔術を使える者は手を上げろ、という時間があったが、私は話を聞いてなくて、すっかり忘れてしまっていたのだ。


 そんな私の返答に、先生はため息を漏らす。

 後ろで、クレアちゃんが苦笑いを浮かべていた。


「まあ、その件はもういい。

 お前にはまた、詳しく事情を聞きたいと思っているんだが……」


「えぇ、あれ以上の情報はありませんよ」


「とはいってもな……なにしろ手がかりが少しでも欲しいところでな。

 あれから、動ける教師は総出で、森に異変が起こってないか調べたが、なにも問題がなかった。

 問題がないのに魔獣が出たのが問題、ってレベルでな」


 あのあと、先生たちは森を調べた。

 突然現れた魔獣、それも言葉を喋る上位種。自然に紛れ込んだか、そうでなければ誰かの手引きか……


 いろんな可能性を疑ったみたいだけど、結果として、異常はなかった……と。


「本当に他に、なにもないんだな」


「はい。言葉を喋ったこと以外にはなにも。

 その内容も、意味不明なものでしたし」


「ふむ……」


 嘘だ。魔獣は言葉を話し、こう言った……『エルフ、コロス』と。

 魔獣の言葉に意味はない。それは私も知っている。ただ人の言葉を真似ていて、自分でもなにを言っているかわかってないのだから。


 けれど……実際に、あの場にはエルフのルリーちゃんがいた。

 もしエルフという単語を発したと知れれば……考えすぎかもしれないが、ルリーちゃんの正体が、バレちゃうかもしれない。


「なにか思い当たることがあったら、私から伝えますから」


「そうか」


 それから二、三言葉を交わして、先生は去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、私は考えていた。


 ……もし魔獣の発した言葉に、意味があったとしたら。

 エルフを殺すと叫ぶ魔獣が、実際にエルフのルリーちゃんを狙ってきた。

 偶然にしては出来すぎている。


 魔獣がなぜ、ルリーちゃんを……エルフを狙うのか、わからない。

 だけど、その行動に意味があるのだとしたら。


 エルフが人々から迫害されている理由と、関係あるのかもしれない。


「エランちゃん、どうかした?」


「うんにゃ。行こっか」


 兎にも角にも……調べてみないことには、始まらない。

 放課後、ピアさんに教えてもらった書庫室とやらで、エルフについて調べてみよう。


 教室に戻った私たち……というか私は、実際に魔獣に接触したということで、やっぱり質問攻めにあった。

 先生がいたからなんとか倒せた……とごまかしてはいたが、これで終わりはしないんだろうな。


 その後、再開した授業を受ける。こうしていると、昼前の騒ぎが嘘のようだ。

 ……ルリーちゃんたちは大丈夫だろうか。ルリーちゃんにも他の三人にも、怪我はないとはいえ直接魔獣に襲われたのだ。

 しかも、三人は気絶までしている。授業どころじゃないのかもしれない。


 私も、意識は半ばそっちへ向けられていた。

 いくらここで考えても、なにかが変わるわけでもないけれど。


「エランちゃん、今日はどうする?」


 授業が終われば、放課後だ。鞄を持ったクレアちゃんが、話しかけてくる。

 昨日は、お茶会に誘われたんだったな。もしかしたら今日も……


「エランさん、クレアさん。

 今日も、お茶会に行きませんか?」


 と、声をかけてくれるのはカリーナちゃん。昨日同様、彼女が声をかけてくれたのだ。

 連日誘ってもらえるなんて、なんて嬉しいことだろう。


 だけど……


「ごめん、今日はちょっと用事があるんだ」


「あらまあ」


「用事?」


「うん、ちょっと調べ物があって」


 せっかくのお誘いを断るのは、なんとも心苦しい。

 それでも……このままにしては、おけないのだ。


「調べ物って、いったい……? 私たちでわかることなら、答えるわよ?」


「それとも、その調べ物をお手伝いしましょうか?」


 二人は、純粋に私のために言ってくれている。

 その気持ちはとても嬉しく、ついつい頼りたくなってしまう。


 でも……だめだ。


「ありがとう、二人とも。

 でも、これは……自分で調べなきゃ、いけないことなんだ」


 手っ取り早く、知りたいと思うなら……このあとお茶会に参加して、みんなに質問すればいい。

 そう……「エルフはなんで迫害されているの」と。


 でも、それじゃあ……その人の、主観からしか情報は得られない。ピアさんも言っていたことだ。

 それに、それを見てきたわけではないクレアちゃんたちからでは、伝え聞いた話しかわからない。


 過去になにがあったのか。それを知るには、本だ。

 もちろん、当時のことをそのまま、真実が書いてあるかわからないし、時間が経って書いているなら情報がズレているかもしれない。


「自分の目で見て、調べて……それから、情報を整理したいんだ」


 それに、エルフに関する本が一冊しかない、なんてことはないだろう。

 何冊もの本を読めば、それだけたくさんの情報が手に入る。


 そうすれば、真実と嘘とを、見分けられるかもしれない。


「そっか……

 なにを調べようとしているのかわからないけど、頑張って」


「うん、ありがとう。

 カリーナちゃんもごめんね、せっかく誘ってくれたのに」


「いえ、そういうことでしたら仕方ありませんわ」


「また、誘ってくれると嬉しいな」


 二人にそれぞれ、断りをいれてから私は立ち上がる。カリーナちゃんは、「もちろんですわ」と快くまた誘ってくれると約束してくれた。

 本当に、いい子だ。


 さて……と。

 これから私は、書物がたくさんある場所……書庫室へ、向かう。

 これまで学園内では迷子になり続けてきた私だけど、ピアさんから場所は聞いたし、バッチリだ。


 いざ行かん!

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