第56話 世界一の魔導具技師に



「ぷぁあ!

 すっきりした!」


 自らの魔法により水を発生させたピア・アランフェイクさんは、黒焦げだった顔を綺麗に洗う。

 すっきりした、と、その言葉通りにさっぱりした表情を浮かべている。


 さらには、水と風の力を複合し、それを調整することで服の汚れをも、綺麗にしていく。


「……えっと、ピア……先輩?」


「うん、アタシは二年生。

 アンタさんの先輩に当たるかな」


 綺麗になった胸元のスカーフは、黄色だ。

 私たち一年の、赤色とは違う。二年生の先輩だということがわかる。


「でも、先輩だなんてなんかむず痒いなぁ。

 普通に呼んでくれたらいいよ」


「えっと……じゃあ、ピアさん」


 変な人でも、初対面の先輩をちゃん付けでは呼べないな。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ピアさんはにこっと笑みを浮かべた。


 ……それに呼応するように、頭に生えた猫耳が、ピョコピョコと動いている。


「お、これに興味ある感じ?」


「興味というか……動くときに、どうなってるのかなって疑問はありますけど」


 私は獣人ではないから、獣の部分がどうやって動くのか、それはわからない。

 自分の意思で動くのか、勝手に動くのか。


「にゃはは、これはまあ、感情によるかな。テンションが上がったときとか、結構動くよ。

 それに、自分で動かすこともできるしねぇ」


 ケラケラと、笑うピアさん。

 この学園に来てから、そりゃ獣人も見てきたけど、こうして二人きりで話をするのはピアさんが初めてだな。


 猫耳と尻尾、それは紛れもなく獣人である証。

 ……触ってみたいかも。


「で、アンタさんはどの用でここに?」


「あぇ? ええと……」


 どんな用でここに来たのか……か。

 どうしよう、正直に言うべきかな。

 ただ迷っただけです、って。


 もしかして、なんか変な勘違いをされているかも……


「ははーん。

 さては、アタシの噂を聞きつけて、わざわざ研究室を覗きに来たってことだね?」


 違います。

 あぁでも、やっぱり勘違いしてる。


 どうしよう、めっちゃ嬉しそう。

 正直に迷っただけですって言うの、気が引けるなぁ。


「け、研究室……

 って、さっき爆発してたのは……」


「にゃははは、まあいつものことだよ。

 私は魔導具を開発してるんだけど、まあ度々爆発騒ぎとか起こしちゃうから、こんな所に追いやられちゃってね」


 研究室と言っていたが、この人は魔導具を開発しているのか……

 なんか、魔導具ってもっとそういう職業の人が作ってると思ってたけど。


 そんな私の疑問を見抜いたかのように、ピアさんは声を上げる。


「アタシ、将来の夢が魔導具技師なんだ。だからこうして、日々魔導具作りに勤しんでるわけ。

 ほら、この学園って生徒の自主性を第一にしてるじゃない?」


 指を立て、くるくると回すピアさん。

 なるほど、世の中に売りに出ている魔導具じゃなく、将来のために学園で開発している、ってことか。


 部屋を見渡せば、魔導具らしきものがたくさん置いてあった。


「これ、全部ピアさんが?」


「どれも、実用には程遠いけどね。

 例えば……そう、入学初日にアンタさんが壊した、魔力測定の魔導具。私もあれを作ってはみたんだけど、ちょぉっと魔力注ぎ込んだだけで大爆発。

 てな感じで、なかなかうまくはいかないのよ」


「へぇ」


 うまくはいかない、というけど、私としてみれば、魔導具を作ろうと思い至って形にできるだけでも、すごいと思う。

 それに、それだけ失敗してもめげないなんて……


「好きなんですね、魔導具作り」


「そりゃもちろん!

 魔導具ってものをひと目見たときから、虜になっちゃってね。いつか自分の作った魔導具がたくさんの人の役に立ってくれるのが、私の夢なんだ!」


 にひひ、と、ピアさんは今まで見た中で一番の笑顔を浮かべた。

 そんなに好きなものがあるのは、なんか良いな。


 それに……この人がすごいのは、そういう気持ちや技術だけじゃない。

 魔導の腕前も、なかなかだ。


 さっき、汚れた服をきれいにするために、水属性と風属性の魔法を組み合わせていたけど……


 師匠と暮らしていた頃、自分のや師匠の服を、同じように魔法できれいにしていた私にはよくわかる。

 あの細かな微調整……一歩間違えれば服は水浸しか、ビリビリに引き裂かれる。

 でも、そんな失敗はない。着衣の状態で、だ。


 そんな芸当ができるのは……かなり、魔力の使い方が、うまい。


「ちょっと、興味が湧いてきました」


「お、ホント!?

 いやぁ、嬉しいな! アタシ、毎日のように爆発騒ぎ起こしてるから、他のみんなや教師から煙たがられてるんだよねぇ」


 どうでもよくなさそうなことを、どうでもよさそうに笑いながら話すピアさん。

 魔導具作りはすごいけど、それはそれとして問題なのでは?


 まあ、本人が楽しそうならいいけど。


「ま、アタシの目標とする魔導具技師、グレイシア・フィールドにはいつ届くのやらって感じだけどね」


「そうなんですか」


 なんにせよ、目標があるのはいいことだよね。

 目指すべき人がいるってのも……


 ん?


「誰って?」


「ん? グレイシア・フィールド……アンタさんの師匠だよ。

 そうだよね?」


「そうですけど……あれ、もしかして私自己紹介してない。

 申し遅れまして、私エラン・フィールドです」


「これはどうも」


 …………じゃなくて!


「え、師匠が魔導具技師!?」


「それも世界一のね。あれ、知らなかった?」


「知らない!」


 まさか、師匠が魔導具技師だったなんて……!?

 それも、世界一ときたもんだ!


 史上最強の魔導士で、世界一の魔導具技師か……

 やだ、私の師匠すごすぎ!?


「あの人は本当にすごい。今ある数々の魔導具の原型を作ったのが、グレイシア・フィールドだよ。

 アンタさんが壊した水晶魔導具も、グレイシア・フィールドが発明したものが元になってる」


「そうなんだ……」


 ピアさんの意気揚々とした話。本当に、嬉しそう。

 それほどまでに師匠を尊敬しているんだ。

 魔導具技師か………


 ……ホントあの人、自分のこと話さないな!


「魔導士としても、魔導具技師としても、世界中の人が彼を尊敬している。

 ……彼が、エルフなのにこうまで尊敬されているのは、それだけ残した功績がすごいってことだよ」


「!」


 師匠がすごい……それは、どうやら世界中の人が知っているらしい。

 私は、師匠のことを知ってるようでなにも知らないのかもしれない。


 師匠がエルフ族なのに嫌悪されていないのは、それだけ師匠のしてきたことがすごいから……


「あの、ピアさん」


「んん?」


「エルフは、どうしてみんなに、嫌われてるんですか?」


「……」


 その瞬間……部屋の中は、静寂に包まれた。

 さっきまで、ピアさんが面白おかしく話していたからだろう。彼女が黙ると、まるで別の場所に来たみたいだ。

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