第55話 迷った先にアフロのキミ



「おはようございますわー!」


「……うん、おはよう」


 朝から、部屋の中に響き渡る甲高い声。

 普段は、元気だなと微笑ましくなるこの声も、今ばかりは恨めしい。


 ベッドからなんとか起き上がった私は、朝の準備をしながら、昨夜のことを思い出していた。


 ……ノマちゃんの、恋の相手。一目惚れをしたと聞いた相手の名前に、私はしばし絶句した。

 自分で言うのもなんだが、貴族の名前とかには基本的に疎いのが私だ。

 だから、有名な名前どころか、平民の名前を言われても、私には全然分からない。


 そう、ノマちゃんの恋の相手が平民だと、私は勘違いしてしまっていた。

 だからだろう。出てきた名前に、拍車をかけて驚いてしまったのは。


 『コーロラン・ラニ・ベルザ』


 それが、ノマちゃんの恋の相手。

 その名前は……さすがの私も、知っていた。


 なんせ、この国、ベルザ王国の王子の名前なのだから。

 なんで知ってるかって? タリアさんに散々聞かされたからだよ。同じ学園に通う王族のことくらい知っとけってね。


「あはぁ、昨夜は有意義でしたわ!」


「よかったね」


 相手が平民だと思って、無責任に大丈夫だ、なんて言ってしまったのがいけなかった。

 その後、お相手の話を寝るまで、聞かされてしまった。


 爽やかな表情が素敵だの、わたくしと同じブロンドの髪色でお似合いだと思いませんことだの、気品正しく紳士でだの……

 知らない相手のことを、延々と……


 ただの憧れならまだしも、その相手に恋だ。

 相手は王族な上、婚約者だっている。その道に壁、どころじゃない。


 だってのに、私は大丈夫だって言っちゃったばかりに、ノマちゃんはすっかりるんるん気分。

 いやぁ、無責任に大丈夫だと言うもんじゃないね、うん。


 ……とはいえ。


「ノマちゃん、一応言っておくけど……昨日の今日で、その王子にアタックしたらダメだからね?」


 婚約者持ちの相手にアタックかけるとか、考えただけでも恐ろしいよ。


「もちろん、わきまえていますわ!」


「……なら、いいんだけど」


 あぁもう、なんで入学早々、心配事ばかり増えなきゃいけないんだ。

 ……はい、この件は私が悪いですごめんなさいね。


 ちなみに、ノマちゃんの恋の相手は第二王子だけど、第一王子もこの学園に在籍しているらしい。

 あと、名前だけど……平民は家名がなし、貴族は家名がある、そして王族にはミドルネームがある。


 ミドルネームとは、コーロラン・『ラニ』・ベルザ。真ん中のラニの部分だ。

 ラニとは、この国の始まりの王族の名前で、それを代々継いでいる……とかなんとか。


「準備万端!

 さ、行きますわよ!」


「おー」


 ま、王族とか私には関係ない話だ。

 ノマちゃんの話で、せいぜい触れるくらいだろう。


 朝の準備を終えた私たちは、部屋を出る。ちなみにノマちゃんの髪は簡易な縦ロールのままだ。

 彼女には悪いけど、しばらくの間はこれで我慢してもらおう。いつもカゲくんにしてもらうのを見よう見まねで、私も少し手伝った結果だ。


 部屋を出た私たちが向かう先はもちろん、食堂だ。


「あ、忘れ物をしてしまいましたわ!」


 しばらく歩いたところで、ノマちゃんが叫ぶ。

 あんなに念入りに髪の手入れはしていたのに、忘れ物はしちゃうのか。


 先に行っててくれ、と、ノマちゃんはそそくさと部屋に戻ってしまう。


「しょうがないなぁ」


 ここで待っている選択肢もあるが……

 その場合、私を待たせてしまったと、ノマちゃんが責任を感じる可能性が高い。


 なので、言われた通りに先に食堂に向かうこととしよう。

 えぇと、食堂は確か……


 こっちだ!


「………………迷った」


 意気込みはよかった。足取りにも、ほとんど迷いはなかった。

 周囲にもちらほら生徒はいたし、人の多そうなところへ歩いて行ったはずだ。


 ……迷った。


「参ったなぁ、二回目だよ」


 入学試験でこの学園に来た時も、迷っちゃったよなぁ。

 まあそのおかげで、ルリーちゃんと知り合えたんだけど……


 そもそもこの学園、広すぎるんだよ。

 もう少し、親切な構造にしてくれても……


「おや?」


 長い廊下を歩いていた。

 ふと、先にある扉から……ぴかぴかと、なにかが光っているのが見えた。


 部屋の中から、光が漏れ出ているのか。

 あんなに光ってるって、中ではどれだけ光っているんだろう。


 ……好奇心が、あった。


「だ、誰かいるの……?」


 私は、迷ってしまい行くあてがないのも加えて……

 その光に導かれるように、その一室へと向かっていく。


 そのドアノブに、手を触れ、ひねった瞬間……



 バンッ



「!?」


 部屋の中から、爆音がした。

 え、これもしかして、私のせい!?


 私は、急ぎドアを開け、室内に入る。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ぅ、けほけほ!

 あちゃー、まーた失敗かぁ」


 焦る私とは裏腹に……爆発の煙だろう……煙の中から聞こえてくるのはのんきな声。

 そして、煙は徐々に晴れていき……


「やー、でも、失敗は成功の父とも言うし。

 や、母だっけ? ま、そっちでもいいか。

 かははは!」


「えーっと……?」


 そこにいたのは、一人の生徒……だと思う。制服着てるし。

 ただ、制服の上に白衣を着ているのだ。

 それも、ぶかぶかの。手なんか、袖から出てないし。


 不思議な恰好……だけど、目を引くのはそこではない。

 爆発の影響か、焦げてまん丸になった、頭だ。


 これ、なんて言うのか……

 あれだ、アフロ。


「あの……大丈夫、ですか?」


「ん? やー、大丈夫!

 お見苦しいところを見せてしまったね!」


 その人物……彼女は、座っている椅子を回して、私に振り向く。

 目に付けていたゴーグルをずらし、その瞳は私を見定める。


 ……頭や顔が黒焦げなせいで、女の人ということ以外全然わからん。


「おっと、珍しい髪色だねぇ。

 こんな姿で失礼するよ!」


 あなたこそ、珍しい髪型ですね。


「ははぁ、さてはアンタさんが、噂の天才少女か。

 アタシはこの研究室で、魔導具等の開発とかやっているピア・アランフェイク。

 ここで会ったのもなにかの縁、よろしくね!」


 ……て、天才少女……ほほぉ。

 この人、なかなかいい人かもしれないな。

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