第35話 食堂でのひととき



 私は同室のノマちゃんと一緒に、食堂へと訪れた。

 食堂では当然、部屋割りも学年も関係ない……

 見知った顔もいるし、そうでない顔もたくさんだ。


 クレアちゃんやルリーちゃんを探したかったけど、さすがに人が多かったので諦めた。

 朝とはいえ、食堂を利用する人数は多い。


 席に座り、朝ごはんを食べながら、私たちは周囲を見る。


「……なんだか、見られているような気がするんだけど」


「わたくしの美貌が、人の目線を惹き付けてしまうのですわ」


 食堂に入ってからというもの、なんだか視線を感じるのだ。

 敵意の感じるもの……もあるけど、害意は感じない。それにどっちかっていうと、観察に近いかも。


 私かノマちゃんを、観察している?

 なんのためにだろう。


「まあ……今のは一割冗談ですが」


「九割ホントなんだ?」


「注目の的になっているのはあなたですわ、フィールドさん」


 ビシッ、とノマちゃんは、箸で私を……指そうとしたけど、行儀が悪いと気づいてか箸を手元に置き、拳を私に突き出した。


 ……なんで拳?


「人を指差すのはよくないと思いまして」


 まるで私の心を読んだかのような発言だけど、別に拳で相手を指したからってお行儀はよくないと思う。

 まあ、そんなことはいいや。


「それで、なんで私?」


「それはそうですわ。

 入学試験で【成績上位者】に名を連ね、さらには魔力を測る魔導具を破壊……それは、この魔導学園でもかなり珍しいと思いますわ」


「……入学試験のことはともかく、魔導具のことまで知れ渡ってるの?

 組分けの行事だよ?」


「大きな行事ですもの。それにどんな話も、どこからどう漏れるかわかりませんもの」


 ……ノマちゃんの言うことが正しいのだとしたら。

 この、周囲から感じる視線は、私だけに向けられたもの。

 一緒にいるノマちゃんには、関係のないものだ。


 居心地の悪い視線のはずだ。

 だけど、そんなこと関係なしとばかりに、ノマちゃんは涼しい顔をしている。


「ノマちゃんも、私といたら視線にさらされることになるけど……いいの?」


「むしろ、それを利用してやりますわ。

 注目すべきはフィールドさんだけではなく、このノマ・エーテンここにあり。と、知らしめてやりますの」


 なんともなしに、ノマちゃんは言う。

 そこには、私への気遣いはなく……純粋に、私を利用してやる、くらいの心意気を感じられた。


 ……えへへ。


「な、なにを笑っていますの?」


「別にー?」


「変な人ですわ。

 ……まあ、フィールドさんはすでに他学年にも、周知されているということをお忘れなく」


 入学早々有名人、てわけか。

 理由さえわかってしまえば……うん、望むところだ。


 私は、この学園で魔導を極める。

 その過程で、注目を浴びるのは必然だろう。

 それが、少し早まっただけのこと。


「よぉし、やるぞ!」


「……いきなり大声を出さないでくださいまし。驚きますわ」


「あはは、ごめんごめん」


「まったく……

 ……フィールドさんといると退屈しませんわね。同じ組になれたら、もっと楽しいことが起こりそうですけど」


 その、ノマちゃんの言葉に私ははっとする。

 そうだ……今日は、まず組分けがある。


 昨日の、魔導具で生徒それぞれの魔力を測って。

 その結果をまとめて、教師たちが組分けをするのだという。


 ただ、その内容……魔力の量と組分けがどう関係するのかは、わからない。


「私も、ノマちゃんと一緒の組になりたいよ」


「ふふ、まあこればかりは運任せですわね。

 もしも、魔力量の順で組が決まるのなら、難しいかもしれません」


「! 魔力量の、順……?」


 ノマちゃんのその言葉は、思わずゾッとしてしまうものだった。

 魔力量の順……つまり、魔力の大きいものは大きい者で、固められてしまう可能性がある。


 そうした場合……魔導具の水晶を壊した私と、ヨルが、否が応でも一緒の組と言うことに……


「どうしましたのフィールドさん、顔色が優れませんわ」


「や、いやいや、ううん、なんでもないよ」


 考えすぎ……うん、考えすぎだよ私。

 今のだって、ノマちゃんの予想の一つでしかない。


 魔力の量と、それがどう組分けに反映されるのかは、まるでわからないのだから。


「あ、エランさん?」


「およ」


 嫌なことは考えまいと、なんとか忘れようと励んでいたところへ、私の名前を呼ぶ声。

 聞き慣れた声に、そちらを見ると……


「あ、ルリーちゃん!」


 そこには、お盆の上に朝食を乗せたルリーちゃんの姿。

 そして、その隣にもう一人……


「……ナタリア・カルメンタールちゃん」


「どもー」


 ルリーちゃんと同室である、ナタリア・カルメンタール。彼女が、にこやかに立っていた。

 陽気に手を振る姿は、なんとも気さくだ。


「お席、ご一緒しても?」


「構いませんわ」


 ルリーちゃんたちも加わり、食卓は賑やかになる。

 朝でも当然、人前であればルリーちゃんはフードを被っている。


 ……大丈夫、だっただろうか。

 ルリーちゃん、その正体がエルフだってことを、この人にバレていないだろうか。


 そんな心配をよそに、ルリーちゃんはナタリア・カルメンタールちゃんと仲良さげに話をしている。


「……ルリーちゃん、仲良くなったんだ」


「はい! ナタリアさん、とってもいい人で」


 もう、名前で呼んでいるのか……いや、別にいいんだけどさ。

 そりゃ、私が勝手に、心配していただけなんだけどさ。

 仲がいいなら、いいことなんだけどさ。


 ただ……仲が良くても、正体がバレたら態度が一変することもありうる。

 だから、あんまり気を許しすぎるのも、それはそれで問題で……


「やぁ、エラン・フィールドくん。一応はじめまして、かな」


 と、いろいろ考えていたところへ、話しかけてくるのは、今考えていたナタリア・カルメンタールちゃん本人。

 彼女は、私の隣に座った。


「そんなに警戒……いや、心配しなくても大丈夫だよ」


「心配、って……」


「……彼女がエルフであること、ボクはもう知ってる」


「!」


 彼女は、声を潜めて……私に、話しかけた。


「どうして……ルリーちゃんが自分から?

 いや、まさか……」


「実は、ボクには"魔眼"があってね。

 これのおかげで、彼女の正体も容易に、見破れたってわけさ」


 魔眼……聞いたことのない単語に、私は困惑する。

 ナタリア・カルメンタールちゃんは、自分の右目を指差す。

 そこには、きれいな……深い、海の底のような青い色があって……


 ……徐々に右目だけが、緑色に、変色していった。

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