第34話 髪のお手入れは大事ですの



 その後、私はカゲ・シノビノくんに、今後は無断でこの部屋に……いや女子寮に入ってこないことを約束させた。

 その際「わかりました」と返事は良かったのだが……本当にわかってくれたのだろうか。


 結局今日に至っては、彼の仕事を優先させてあげた。

 さすが毎日やっていただけあって、私がベッドの中にくるまっている数分の間に、終わったようだ。


 なんでベッドにくるまっていたかって?

 一緒に着替えられるわけないじゃないか。


「はぁー、焦ったよ」


「大げさですわねぇ」


「そうでもないと思うよ!?」


 部屋に、見知らぬ男がいたら警戒して当然だと思う。

 私は間違っていない。


 ……それにしても。


「……すごいね、その髪」


「ん、これですの?」


 と、ノマちゃんは自分の、くるくるに巻かれた髪を触る。

 昨夜のお風呂上がりから下ろしていた髪……それは、先ほどのカゲ・シノビノくんに手入れされたおかげで、印象深かったドリルヘアに戻っていた。


 あんまり見てはなかったけど、よくもまああのストレートヘアがこんな巻かれるものだ。


「わたくしの自慢ですわ。

 お手入れに、時間をかけていますのよ」


「そういえば今朝早いもんね。

 でも不思議な形してるよね、そのドリルヘア」


「ドリル!?

 ……こほん。これは、縦ロールとお呼びになって」


 どうやら、ドリルヘアには名前があったらしい。知らなかった。

 縦ロール……なんか、おいしそうだ。


「それにしても、困りましたわ。

 カゲが来てくれなければ、いったい誰が、わたくしのお世話をするんですの?」


「自分でしなよ」


「この髪型然り、すべてカゲに任せていたので!」


 ドン、と、ノマちゃんは豊満な胸を張る。嫌味か?

 というか、そんなだめな方に自信があるのはどうなんだ。


 私は、師匠と二人暮らしで、むしろほとんどの家事を私がやっていたから、いまいちぴんと来ないけど……

 お嬢様って、そうなのか?


「まあ、同室である以上、私もできる限り協力はするけど……」


「! 本当ですの!?」


「え、まあ……

 また、あの人に入ってこられたらたまんないし。

 ただ、言っとくけどあの人みたいに召使い的なのは、なしだからね」


 同室の子だ、仲良くしたい。

 部屋の掃除とかなら、私はいつもやっていたことだし、問題はない。


 そんな私を、ノマちゃんはキラキラした目で見ている。


「では、この髪のお手入れはよろしいですの?」


「えっと……まあ、五分くらいだったら、別に……」


 さっき、カゲ・シノビノくんは五分くらいで、髪を手入れしていた。

 その程度なら、友達との戯れということで許容範囲だ。

 女友達の髪、いじってみたかったんだよね。


 クレアちゃんもルリーちゃんも、なかなか触らせてくれない。

 特にルリーちゃんなんか、きれいな銀髪なのに。


「いえ、カゲは慣れたからあの時間になったのであって。

 そうですわね、はじめのうちは一時間程度……」


「い、一時間……!?」


 嘘でしょう!? 髪の手入れに、一時間もかけるの!?

 それも、朝早くから!?

 てことは、余分に一時間早く起きないと、だめってことじゃん!


 ……嫌だなぁ。


「えー、いいじゃん別にドリルにしなくても」


「だめです、これは譲れません。

 あと、ドリルでなく縦ロール、ですわ」


 なぜ、あの髪型にこだわるのか。

 髪型を変える……イコール、おしゃれ、のはずだ。

 それをやめさせるためには……


「でも、ノマちゃん、髪下ろしたまんまでも普通にきれいだったよ」


「ま!」


「そうそう、だから、変におしゃれしなくても……」


「ふふん、当然ですわ!

 この艶のある髪、誰にでも出せるものではありませんもの!

 日々のブラシングから始まり、自分の髪質にあったトリートメントを……」


 やっべ、なんか変なスイッチ入っちゃったよ。

 ペラペラペラと、なにかよくわからない単語を並べて、気持ちよさそうにしゃべっている。


「フィールドさんは、普段はどんなお手入れを?」


「え、私?

 別に、なにも……」


「なんですって!?」


 次の瞬間、ノマちゃんは私の肩を、ガッと掴む。

 な、なんだよぅ……びっくりした。


 ノマちゃんは、まるで信じられないものを見るような、顔をしている。


「お、お手入れは! なにも、していないと!?」


「そ、その、トリートなんとか、とかわかんないし……これといって、なにも……」


「で、では、なにか髪の洗い方に秘訣が!?」


「や、別に、普通だとおもももも……ゆ、揺らすのやめて」


 肩を揺らされ、視界が揺れる。

 あ、あんまり揺らさないでもらえると、あ、ありがたいかな!


 それから、ノマちゃんは膝から崩れ落ちた。


「そ、そんな……!

 わたくしなんて、日々何時間もかけて、この艶を維持していますのに……!」


「ねぇ、そろそろ食堂行こうよ。お腹空いちゃった」


「きれいな、つやつやさらさらの黒髪……!

 珍しい、初めて見た黒髪……!

 わたくしも、黒く染め上げれば、もしかしたら……?」


「おぉい、戻ってこーい」


 だめだ、ノマちゃん、自分の世界に入り込んじゃったみたい。

 そんなに、重大なことだったのだろうか。


 でも私、お腹減ったんだけど。

 なんだかんだ、起きてから結構経つし。


 食堂は、寮にはない。男子寮女子寮、その中間にある建物、その中にあるのだ。

 もちろん、食堂でしかご飯を食べちゃいけないわけじゃない。購買だってあるし、部屋で自炊してもいい。

 だけど、せっかくご飯を作ってくれるところがあるのだ。ほとんどは、そこで食べるだろう。


「おーい」


「うぅ……

 フィールドさん! その美貌の保ち方、しっかり説明していただきますわ!」


「えぇ!?」


 私なにもしてないって言ったよね!?

 なのに、ノマちゃんは私から、美貌の秘訣とやらを聞きたいらしい。


 その後、二人で食堂へ向かう間、ずっと美貌について聞かれた。

 肌の手入れとか、髪の手入れとか。

 なにもしてないって言っても、関係なかった。

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