第32話 女子寮での生活の始まり



 案内された学園寮は、大きい。

 一つの部屋に二人か三人が入る部屋が、いくつもあるんだもんなぁ。

 それだけに、かなり大きい。


「ここが、女子寮になります。

 部屋の前まで案内するので、名前を呼ばれた者は各自、部屋に入るように」


 それから、次々と名前を呼ばれ、部屋の中へと足を踏み入れていく。

 できれば、私はルリーちゃんと二人で一緒になりたい。

 もちろん、心情的にはクレアちゃんも一緒だとなおよいのだけど……


 現状、ルリーちゃんがエルフ……ダークエルフだと知っているのは、私だけだ。

 誰にも、バレるわけにはいかない。クレアちゃんにも。


 本当ならクレアちゃんにも教えて、秘密を守る人数を増やしたいところだけど……

 エルフに対するクレアちゃんの反応を見るに、それも難しい。


 なので、私だけなら、ルリーちゃんも気兼ねなく生活できるはずだ。

 逆に言えば、私以外の場合、ルリーちゃんの正体がバレるリスクがかなり増える。

 いくら魔導具を身に付けているとはいえ、なにかの拍子にってことも……


「次、ルリー、ナタリア・カルメンタール」


「!」


 ついに、ルリーちゃんの名前が呼ばれる……が。

 同室相手の名前は、私ではない。


 なんてこった、これじゃあ……


「あ……」


「ん?

 どうしました?」


 しまった、思わず声が出ちゃった。

 ここで、なんにもないとごまかすのも、不自然だし……


「わ、私、ルリーちゃんと同室が良いなぁ、て……あはは」


「……エラン・フィールドですね。残念ですが、部屋の割り振りについてはあらかじめ決められています。

 いくらあなたが【成績上位者】でも、特殊な理由なしに特別扱いはできません。


 ……それとも、なにか特殊な事情がおありで?」


「いやぁ、そんなんじゃないですよぉ、あはは……」


 くそ、頑固なおばさんだな!

 いいじゃん部屋くらい!


 特殊な事情があればオーケーらしいけど……

 その"特殊な事情"が特殊過ぎるんだよ。

 というか、それがバレたくないから申し出たのに、ここで特殊な事情をバラすなんて本末転倒だ。


 ルリーちゃんに視線を向けると……不安そうな顔で、心配しないでと身振り手振りで伝えてくる。

 まったく、表情と挙動が合ってないんだよ。


「……そういえば」


 部屋割りが再開される中で、私は少し引っかかりを覚えていた。

 ルリーちゃんと同室の、人の名前……


 ……ナタリア・カルメンタール。聞いた、というか見た覚えがある名前……


「……あ、【成績上位者】の」


 確か、私とヨルともう一人、名前がそんなだったはずだ。

 うん、そうだそうだ。


 名前だけでは、性別まではわからない。

 でも、理事長はあの時……あなたたちと『彼女』とでは、と言っていた。


 つまり、女の子……

 同姓同名なんて、さすがにないだろう。

 だとしたら、ルリーちゃんの同室の相手は……


「そんなに、心配しなくて大丈夫だよ」


「え?」


 突然、後ろから……ささやくように、話しかけられた。

 耳が、くすぐったい。

 なんだなんだ、突然。


 少し大人びてはいたけど、女の子の声……

 その直後、私の横を、いいにおいが通り過ぎる。


 いや、いいにおいのする、声の主が通り過ぎる。


「わ……」


 その表情は見えず、後ろ姿しか見えない……けど。

 まず抱いた印象は、きれいな髪だ……というものだった。

 薄い、水のような色。なんとも、幻想的にさえ思えた。


 それだけでも、かなりの美人なんだろうとわかる……けど。

 先ほどの、言葉の意味がわからない。


「……あの人が」


 彼女は、ルリーちゃんと共に歩いていく……

 つまり、あの人が……ナタリア・カルメンタール。


 私やヨルと同じ、【成績上位者】。

 ただ、同じようで違う……理事長室に、呼ばれていなかったから。


「次、サリア・テンラン、クレア・アティーア」


「あ、私だ」


 と、次にクレアちゃんの名前が呼ばれた。

 クレアちゃんとも、一緒じゃなかったかぁ。


 その後、部屋へと歩いていくクレアちゃんを見送る。

 クレアちゃんなら、誰かと仲良くなるのも難しくはないだろう。


「次、エラン・フィールド、ノマ・エーテン」


 おっと、そうこうしている間に私が呼ばれてしまった。

 相手はやはり聞いたことのない名前だけど……うん、ここから、相手のことを知っていけば問題ないだろう。


 さてと、私たちの暮らすことになる部屋は……あそこか。

 そして、私と同じ方向に歩いてくる、この子が……


「えっと、ノマ・エーテン、ちゃん?」


「いかにも、わたくしはノマ・エーテンですわ。

 あなたが、エラン・フィールドさん」


「うん」


くだんの【成績上位者】と同室になれるとは、運がいいですわ。さすがわたくし。

 これから、末永くよろしくお願いいたしますわ」


 おぉっと、これはなかなか強烈なキャラが出てきたぞ。

 眩しいくらいの金髪を、なんかドリルみたいにして両側から垂らしている。

 金髪とはいっても、師匠とはちょっと違った感じ。


 なんというか、おーっほっほと笑い出しそうな雰囲気がある。

 なんでそう思ったのかはわからないけど。


 ……というか、本当に同い年かよ?


「あら、どうしましたの?」


「ううん、なんでもないよ」


 私は、彼女の女性としての主張が激しい一点から目をそらす。

 あんまり、深く考えないようにしよう。


 私とノマ・エーテンちゃんは、今日から二人で暮らすことになる部屋に入る。


「ふぅん、部屋の大きさはなかなかですわね」


「そうだね、二人で暮らすにはちょうどい……」


「けれど、華やかさに欠けますわ」


 彼女はベッドの上に、荷物を置く。

 ちなみにベッドは、二段ベッドだ。


 わぁ、なんだか楽しそうだよ。


「やれやれ、立ちっぱなしで疲れましたわ。

 あなたもそう思いませんこと? フィールドさん」


「…………えっ、あぁそうだね」


 びっくりした、フィールドさんって私のことか。

 師匠や、クレアちゃんルリーちゃんたちからはエランエランと名前で呼ばれていたし、エラン・フィールドが名前だって認識だから……

 フィールドだけだと、なんか違和感。


 それにしても……

 これまで出会った、クレアちゃんとも、ルリーちゃんとも、誰とも違う……

 不思議な雰囲気を持った、女の子だなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る