第29話 望んでいない再会



「あ」


「げ」


 高鳴る鼓動に胸を弾ませて、いざ新生活への第一歩へ!

 そうして、ついに魔導学園へと足を踏み入れた。

 しかし、ルンルン気分はものの数分で崩れ去ってしまう。


 入学試験のときには、あまり意識していなかった敷地内の様子。

 きれいな中庭、大きな噴水、いい香りのする花々……あちこち、見て回る。

 それらに、心が洗われていたのだ。


 いたのに……


「お前、あのときの田舎者!」


 と、行儀も悪く私に向かって指をさすのは、私の正面から歩いてきた男。

 見覚えは、残念ながらある。

 燃えるような、ツンツンした赤い髪。変なまゆげ。なにより偉そげなあの表情。


 忘れもしない!


「あんた、ダルマ男!」


「!」


 そう、入学試験の日、ルリーちゃんをいじめていた男だ。

 傍らには、あの日と同じ取り巻きもいる。


「なんだ、合格してたんだ」


「それはこっちのセリフだ、田舎者!」


 可能性は考えていた……合格している可能性は。

 あんな偉そうな態度で、試験に落ちてたらダサいなんてもんじゃないし。


 ただ、この場で会うとは、思わなかった。

 まずいな……


「えっと、エランちゃん……?」


「なんでもないよ、行こう」


 ともかく、こいつとはあんまり関わり合いにならない方がいい。

 こいつは、ルリーちゃんがダークエルフだと知っている。変に突っつかれる前に……


「まさか合格した上、俺を差し置いての【成績上位者】とはな。

 まあ、まぐれでそんなこともあるだろ」


「……」


「行っておくが、調子に乗ってるんじゃねぇぞ。

 所詮は田舎者。すぐに俺、イザリ・ダルマス様の実力を見せつけてやる」


「あーもう! 田舎者田舎者って!

 私には、エラン・フィールドって立派な名前があるの!」


 あー、くそ。無視してこの場を去ろうと思っていたのに。

 なんか、田舎者田舎者って言われると、師匠から貰った名前を蔑ろにされているようで、嫌だ。


 私は足を止め、振り向く。


「ふん、田舎者には田舎者で充分だ」


「人の名前はちゃんと呼ばないとダメだよ、このダルマ男!」


「……てめえ数秒前の言葉思い出しやがれ」


 兎にも角にも、早くこの場を離れないと。

 ルリーちゃんが、強張ってしまっている。


 それはそうだ、いつ正体をバラされるかわからないのだから……

 

「まあ、てめえが助けたエルフは、今頃落ちたショックで森にでも帰ってるんだろうがな」


 ……んん?


「え、え、エルフ……?

 エランちゃん、それって……」


「なんだ、てめえそいつの連れなのに知らねえのか。

 その田舎者は、よりによってダークエルフを庇ったイカれた野郎だってな」


 まだ、クレアちゃんには私が迷子の間なにをしていたか、詳細は話していない。

 だって、それを話せばルリーちゃんの正体に触れることになるから。


 いや、それより……この、言い草。

 もしかしてこのダルマ男、私の隣にいるのがそのダークエルフ……ルリーちゃんだって気づいてないのか?


「エランちゃん、本当なの?」


「え、うん」


 すると、クレアちゃんが私の肩を叩いて……

 とても、怯えたような顔をしていた。


「だ、ダメよ! エルフと、それもダークエルフなんかと関わっちゃ!」


「!」


 ……意外な、光景だった。

 まさか、クレアちゃんにそんなことを言われるなんて、思っていなかったから。

 エルフって……そんなに、嫌われて、恐れられてるの?


 ルリーちゃんを、ちらりと見る。

 フードに隠れて、表情はよく見えない。


「はっ、連れの方がだいぶまともみたいだな。

 常識でも一から教えてもらったらどうだ?」


 はははは、と笑いながら、ダルマ男たちは去っていく。

 私は、なにも言えなかった。


 クレアちゃんは、きっとあの光景を見ていないから。

 エルフでも、いじめられている光景を見たら、許せないに決まってる。そのはずだ。

 だから……


「二人とも、行こう?」


 私は、それ以上を踏み込むのが怖くて、駆け足でその場を離れた。

 今になって、実感する……ルリーちゃんが、頑なに正体を隠すわけを。


 さっきの、クレアちゃんの態度を見てしまったら……


「気にしないでください」


 ふと、ルリーちゃんが小声で私に、話しかけてくる。


「でも……」


「あそこで、正体がバレなかっただけでもよかったです。

 この魔導具のおかげですね」


「……そのフードが?」


「はい、人から受ける認識をずらす、というものらしくて」


 認識をずらす魔導具、か。

 一見その辺で売っているフードだけど、実際は魔導具。


 ルリーちゃんがダークエルフだとバレないために、必須のものだ。


「なので、あの人たちは私を、以前見たダークエルフだとは認識できないはずです」


「そっか。

 ……あれ、でも私はちゃんと、ルリーちゃんだってわかるよ?」


「エランさんは、すでに私のことを、ちゃんと認識してくれてるので」


 つまり、ルリーちゃんをルリーちゃんだとすでに認識していれば、魔導具の効果は及ばないと。

 そういう意味なら、この魔導具に助けられたな。


「さっきの男、ダルマス家って名乗ってたけど……

 エランちゃん、入学試験の日まさかあいつと……」


「な、なんのことでしょう」


 とりあえず、魔導具のおかげでルリーちゃんの正体がバレることはなくなったわけだ。フードを被っている間は。

 逆に言えば、フードを脱げない状況は変わらないわけで。


 ……クレアちゃんには、隠し通さないと、ダメ……か。

 今のところ、ルリーちゃんの正体には気づいていないけど……

 気をつけなきゃ。


 だって……入学試験の日、ダルマ男、迷子になった私。そしてクレアちゃんの所に帰ってきた私は、ルリーちゃんと一緒だった。

 考えすぎかもしれないけど……この繋がりから、バレる可能性がないとはいえない。


 友達に、隠し事をしないといけない……つらいな。

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