第15話 泣いている女の子



 座り込んでいる子……エルフと呼ばれた、女の子。

 長い銀髪は地面に散らばり、褐色の肌は日焼けとはまた違った印象を受ける。


 私の知っているエルフとは違う。

 それとも、私が知らないだけで、エルフってああいう姿もいるの?


 まあ……人間だって、同じ種族なのにこの数日でいろんな種類がいたしなぁ。

 エルフもそういうものなのかも。


「お、お願いです!

 私、この学園に入学したくて……」


「はっ、エルフにはその資格すらないって言ってんだよ」


 あっ、のんびりと観察している場合じゃなかった。

 あの男の子、やな感じだな……エルフ、エルフ、って。


 誰か、人を……

 いやいや、人を呼んでくるもなにも、今私絶賛迷い中だよ。


 っていうか、これって"アレ"だよね……


「なあもう行こうぜ、こんなのに構ってたら俺たちまで遅れちまう」


「あー、そうだな。

 おいエルフ、てめえはさっさと森にでも帰るんだな」


 あ、行っちゃうんだ。

 ちょっとむかついてたけど、あの子はやり返さないし……関係ない私が乱入してもなぁって思ってたから。



『いい?

 入学試験日にいきなり騒ぎなんて、起こさないでよね』


『嫌だなぁ、クレアちゃん、私をなんだと思ってるのさあはははー』


『そうね……

 ペチュニアでお酒を飲んでたお客さんに絡まれたとき、好物のチーズを取られたからって相手を半殺しにした危ない奴、だと思ってるわ』


『そ、それは……

 あのおじさんが、私のチーズ取るから……』



 騒ぎを起こさないと、クレアちゃんとも約束したし。

 もう終わってくれるなら、これ以上あの子がひどいことされることはないよね。


 それにしても、初めて見ちゃったよ。

 "アレ"が、話に聞いたことのある……


「っ……ひっく……」


「!」


 その時……届くはずのない距離で、届くはずのない声が……すすり泣くような声が、聞こえた。

 それは、あのエルフと呼ばれた子のもので……頬を、なにかきらりと光るものが、伝っていた。


「……ちょっと待てぇ!」


「あぁ?」


 気づけば私は、その場から飛び出していた。


 あー、なにやってるかな私。このまま嵐が過ぎ去るのを待てばいいものを。

 ……でも……


「その子、泣いてるじゃない!

 それに、女の子を男三人がかりでなんて、恥ずかしくないの!?」


「……なんだお前は」


 その女の子は……

 彼女は、きょとんとした様子で、私を見上げていた。


 ……その目に、大量の涙を溜めて。



『エラン、人を悲しませるようなことをしてはいけないよ。相手の幸せを考えて、行動するんだ』


『えー。でも、誰かの幸せの裏には誰かの不幸がある、って本に書いてあったよ。

 私が行動しても、誰かが不幸になるかもよ』


『……また変な知識を。

 まあ、じゃあ、あれだ……目の前で悲しんでる子がいたら、手を貸してあげなさい』



 ふと、師匠の言葉が、よみがえる。

 悲しんでいる子……それが、きっとこの子。


「誰だ、知っているか?」


「いや、知らねえな」


「俺もだ」


「私は、エラン!

 エラン・フィールドだ!」


「……誰だよ。てかなんだその髪の色」


 初対面だというのに、いきなり険悪な雰囲気になってしまった。

 まあ、起きてしまったことは仕方がない。


 多分リーダーみたいな男の子は、私のことをじろじろ見てくる。

 なにさ、目付き悪いしつんつんした髪型しちゃってさ。

 あと太いまゆげして!


「私のことはいいの!

 あなたたち、"アレ"でしょ……"いじめ"、ってやつでしょ!」


「あぁ?」


 そう、これは話に聞いたことがある。

 複数人で一人を囲って、暴言を投げつける……間違いない。


 私は、びしっ、と、指をさす。


「なにが楽しくてこんなことしてるの!」


「楽しい……?」


「そう! だって楽しいからこんなことしてるんでしょ!」


 私には理解できないけれど、楽しいからいじめってやつをやっているに、違いない。

 その理由を、彼らに問う。


「……別にこれはいじめじゃねぇよ」


「え、そうなの?」


 だけど、返ってきたのは予想外のものだった。


「これは、そうだな……教育的、指導ってやつだ」


「きょうい……んん?」


「よく見ろよそいつを、エルフだ。それも、ただのエルフじゃねぇ……ダークエルフだ。

 汚らわしい……だから、教えてやったのさ。

 この神聖なる学び舎に、お前のような奴はふさわしくないとな」


 彼女は、エルフ……ダークエルフという、種族らしい。

 ダーク、なるほど……だから褐色、というわけなのか?


 思えば、金髪と銀髪、白い肌と褐色の肌。

 私の知っているエルフと、対称的な見た目だ。

 私も、一見エルフだとわからないかもしれない。


 それでも、きれいな緑色に輝く瞳と、尖った耳が彼女をエルフだと教えてくれる。

 それを、汚らわしいって……

 こんなに綺麗な、銀髪なのに。


 どうやら、エルフだからって理由でいじめられていたらしい。

 だから、この子はフードを被っていたっぽいのか。被って耳を隠せるために。

 それも脱げているけど。


「この子が、学園にふさわしくない?」


「そうさ。だから身の程をわきまえて……」


「ふさわしくないのは、三人で女の子をいじめる、あなたたちのことじゃない?」


「……なんだと?」


 さっきまで余裕そうに喋っていた、つんつん赤髪男が表情を硬くする。

 あれは……多分、怒ってるな。


 私、なにか間違ったことを言っただろうか?


「お前、俺を知らないのか?

 ダルマス家長男の、イザリ・ダルマスだぞ!」


「知らん。

 なんだそのダルマの家ってのは」


 自分のことを指さして、自信満々に叫ぶダルマ男だが……

 残念ながら、私はそんな名前、聞いたこともない。


 そんな私の返答が意外だったのか、ダルマ男や後ろの二人、さらにはダークエルフの少女まで驚いた様子で……


「なっ……は、はは。あはははは!

 ダルマス家のことも知らない、ダークエルフのことも知らない。とんだ田舎者だな!」


「なにおぅ」


 そりゃ、師匠の家があった場所は、辺境もいいところだし……

 田舎と言われても、仕方ないかも、しれないけど。


「イザリ、放っておこうぜあんなの」


「あはは、あぁそうだな。

 ダークエルフに田舎者、実にお似合いだ。

 ここにいるってことは、お前も試験を受けるんだろうが……ま、せいぜいいい思い出になるよう、頑張れや」


「あ、おいこのやろ!」


 男たちは、ケラケラと笑いながら去っていく。

 くそぅ、謝らせるどころかなんか私までバカにされた!

 あんなの、入学試験落ちてしまえばいいんだ!


「……えっと……」


 騒がしい連中が去り、残されたのは私と……ダークエルフという種族らしい、女の子だけだ。

 とりあえず、彼女を起こそうと、手を差し伸べる私であった。

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