第16話 ダークエルフの少女



「あ、えっと……あ、りがとう、ご、ざい、ます……」


 手を差し伸べられた女の子は、キョロキョロと視線をさまよわせた後……恐る恐るといった感じで、私の手を取った。

 エルフ特徴の長い耳は、ペタンとうなだれていた。


 うーん、これがダークエルフ……

 髪の色や肌の色は私の知っているエルフとは違うけど、それでもきれいだな。


「私、エラン。エラン・フィールド!

 あなたは?」


「あ……る、ルリー……です」


「ルリーちゃん!」


 掴んだ手を引っ張り、立ち上がらせたダークエルフちゃん……もとい、ルリーちゃん。

 なんかもじもじしてる……そういう仕草、ぐっと来ますな。


「ルリーちゃんも、入学試験、受けに来たんだよね」


「は、はい。でも、私は……」


「じゃ、行こう!」


「え、ちょ……わわ!」


 同じ入学希望者なら、ここでじっとしているわけにもいかない。

 お話はしたいけど、それは移動中でもできる。

 私は、ルリーちゃんを引っ張り歩き出す。


 迷子だった私だけど、ふふん。もう道はわかるのだ。

 あの、同じく入学希望者であるダルマ男の行った方向についていけば、私たちもたどり着けるはずだ。


 ……なんか、あの男に頼るみたいで、嫌だけど。


「四の五の言ってられないもんね」


「あ、あの……」


「あ、ごめん、痛かった?」


 ふと、ルリーちゃんの手を引っ張ったままだったことを思い出し、手を離す。

 小さく柔らかい手だった。思わず強く握っちゃったかな?


「そ、そうでは、なくて……

 あの、わ、私……エルフ、です」


「え、うん。聞いたけど」


 俯き、なにかに耐えるようにしていたルリーちゃんは、恐る恐るといった感じに、口を開く。

 私はエルフだ、と。


 けど、それは今更だ。

 髪の色や肌の色は違うけど、その耳や瞳の色は間違いなくエルフだし……

 それに、さっきダルマ男が散々言ってたし。


「え、っと……それ、だけ、ですか?」


「……?」


「あの、ほら……

 私、ダークエルフ、です!」


「……??」


「いや、そんな『なに言ってんだこいつ』みたいな顔されても……」


 自分の髪をかき上げ、耳を掴んで、自分はダークエルフだと、見せつけてくる。

 なんだぁ? その髪嗅いだらいいのかぁ? なーんて!


 みたいな、もなにも……私は今本気でこの子に『なに言ってんだこいつ』と思っている。

 だって、エルフだとかダークエルフだ、とか言われても……


「もしかして、さっきダルマ男が言ってたことと関係ある?」


「は、はい……

 って、その、ダルマ男って……」


「さっきの男のことだよ?

 イザ……ダルマ……とか言ってたっけ」


「……」


 あれ、なんか……私の言葉を聞いてか、ルリーちゃんが唖然としているような?

 きょとん、というか、信じられないものをみるような、そんな目だ。


 さっきの、ダルマ男たちも、一瞬そんな目をしていたな。


「あ、あの、ダルマス家ですよ?

 知らないん、ですか?」


「知らない」


「お、おぉ……ほんとに、そんな人いるんだ……」


 なんだ、もしかしてあの男、有名人なの?

 悪いけど、この国に来たばかりの私には、なんのことだかわからないんだよ。


 それから、ルリーちゃんはフードを被り直し、顔を……というより髪と耳を隠した。


「えぇと、ですね……

 ダルマス家というのは、貴族の中でも上級の貴族。

 あの人、イザリ・ダルマスは、その家の長男なんです」


「ほほぉ」


 上級貴族……確か師匠から聞いたな。

 家柄によってその人の身分に差がある。大きく分けて貴族と平民に別れる。

 その違いは、簡単に言えば家名があるかないかだ。


 家名があるのが貴族。……ただ、その貴族の中でも、階級というものはある。

 上から、上級貴族、中級貴族、下級貴族。一番上には、王族がある。


 つまり……


「あのダルマ男、めちゃくちゃ偉い人だった……ってこと?」


「そ、そうなりますね……

 ご存知、ないんですか?」


「私この国の出身じゃないからー」


 なんてこった、偉い人だったのか……そんな人と知らず、私は後先考えずに飛び出してしまった。

 目ぇつけられちゃったかなぁ。


 まあ、偉い人だと知ってても、同じことをしただろうけどね。


「それはわかったけど、あいつらがルリーちゃんをいじめてた理由は?」


 私たちは、移動しながら会話を続ける。


「ほ、本当に知らないんですか?

 ダルマス家のことは、外にいたからまだ知らないのはわかるにしても……」

 世界の、常識みたいなものですよ?


「そんなになの。知らないよ」


「そ、うですか」


 知らない、と私が言うと、ルリーちゃんはホッとしたような……でもすぐに、唇を噛んで複雑そうな表情を浮かべた。


「エルフ族は……迫害、されているんです」


「はくがい?」


「はい。

 昔、エルフ族とそれ以外の種族との間で、ある出来事があったらしくて……

 以来、エルフ族は迫害を受け、誰にも見つからない森の中へ、身を隠したんです」


 ルリーちゃんの説明を受け、私は一つ納得をしていた。

 この国に来てから、いろんな人たちを見た。人に、亜人に、獣人に。

 その中で、エルフ族だけ、見たことがなかった。


 その理由が、わかった。

 エルフ族は迫害されているから、こんな場所にはいれない……というわけか。


「特に、ダークエルフは、エルフからも嫌われていて……

 汚らわしい種族、として、扱われているんです」


「そんな……どうして」


「ダークエルフは、不幸を呼ぶ存在だと言われてるみたいで。

 それに、精霊と心を通わせやすいエルフとは違って、ダークエルフは邪精霊と通じやすいから」


「邪精霊」


 ううむ、邪精霊……師匠から教えてもらったな。

 確か精霊と対を成す存在、だっけか。


 それと心を通じやすいから、同じエルフからも嫌われている、と。


「それもひどい話だよ、同じエルフ族のはずなのに」


「……エランさんは、私のことを、その……」


「ん? お友達だと思ってるよ」


 またも、ルリーちゃんはきょとんとする。

 また私、なんかやっちゃっただろうか?


 次第にルリーちゃんの瞳には、涙が溜まっていく。


「わわっ、どうしたの!?

 私なんか言った!?」


「い、いいえ……友達、なんて……嬉しく、て……」


 おそらく、これまでに友達は……少なくとも同じダークエルフ以外、いなかったのだろう。

 だから、感極まってしまった。


 あー、さっき複雑そうな表情をしていたのは……今の話をして、私が離れていかないか、心配したからか。


「でも、種族ごと迫害されるなんて……いったい、なにがあったのさ」


「おーい、エランちゃん!」


 エルフ族迫害の理由。それを聞こうとしたところで、私を呼ぶ声。

 正面から聞こえてきた、聞き馴染みのある声。


「あ、クレアちゃん」


「あ、じゃないわよあ、じゃ!

 もー、どこ行ってたの! 試験始まるよ!?」


「あははー、ごめんごめん」


 駆け寄ってくるクレアちゃん。それに、周囲にはたくさんの人たち。

 そこでようやく、私たちは、本来いるべき場所に来れたのだとわかった。

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