第13話 友達との初めての買い物



 宿での生活から一夜明けて。

 私は、この国を見て回ることにした。どうせ、入学試験までは暇なのだ。


 魔導の練習をとも考えたけど……



『せっかくだ。クレア、エランちゃんを案内してあげな』



 と、肝っ玉母さんから送り出されてしまった。

 なので隣には、今、クレアちゃんが歩いている。


 ううむ、真顔で表情が読めない……


「あの、ごめんね? せっかくのお休みなのに……」


 もしや、私に付き合わせてしまったことに、怒っているのだろうか。

 そう思って、謝罪する。


 すると、クレアちゃんはハッとしたように私を見て……


「ち、違うの! 別に怒ってるわけじゃなくて……」


「……?」


「……と、友達と出掛けるのなんて、初めてだから緊張して……

 って、なにを笑ってるのよ! 怒るわよ!?」


「わわっ、ごめんっ。

 でも、クレアちゃんかわいいなーって」


 私の言葉に、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。

 でも、耳が赤いのは隠しきれていないよ。

 もしかして、表情が変わらないように見えてたのって……緊張してたから? なにそれかわいい。


 そっかー……クレアちゃんにとっても、私が初めてなのかー。


「じゃあ、初めて同士今日は楽しもう!」


「……その言い方はやめてね」


 まあ楽しむとは言っても、道案内はクレアちゃんに頼む形になるので……

 私はなんか、その場のノリで楽しくさせよう!


 それにしても、さすが王都……

 師匠と一緒だったときも思ったけど、賑わっているなぁ。


 食べ物屋さんに、服屋さん……雑貨屋さんと、様々だ。


「エランちゃんは、王都に来るのは初めて?」


「ううん、師匠と何度か」


「なら、道案内なんていらなかったでしょ」


「そんなことないよー、最後に来たのももうずいぶん前だし。師匠の後ろ歩いてただけだし

 それに、クレアちゃんとお出掛けしたかったし」


「……そう」


 おぉ、こうやって褒めるとクレアちゃんの顔が赤くなっていくんだなー。

 面白い!


 まあでも、あんまりおんなじことやっても怒らせるかもしれないし、ほどほどにしておこう。

 ほどほどに。


「コホン。

 ……ところでエランちゃん、今までお師匠さんと暮らしてたって言ってたけど……

 もしかして、服は……」


「えっと、師匠が選んだものを着てきたけど……」


「ダメよそれじゃ!」


 突然、クレアちゃんはガシッ、と私の肩を掴んできた。

 どうしたんだろう、怖いんだけど?


「もういいお年頃なのよ! 花の乙女なのよ!

 服くらい自分で選ばなきゃ……」


「や、でも……」


「そういう機会がなかったわけじゃないんでしょ!?」


 鬼気迫る表情に、なにも言えなくなってしまう。

 そりゃあ、師匠が服を買ってくるときもあったけど……私と一緒のときは、私にどれがいいか聞いてきたりもした。


 でも私は、服なんてどれでも同じだと思ってたし、なんでもいいから師匠に丸投げしていたなぁ。


「よし、今日はエランちゃんの服を買いに行きましょう!」


「いや、あの……」


 別に、服自体は何着か持ってきているし、今すぐに新しく買うつもりはない……

 そう言うよりも先に、クレアちゃんは私の手を引っ張る。


 な、なんだ……クレアちゃん、こんな感じだっけ?

 なんだか、すごくテンションが高いよ!


 クレアちゃんに連れてこられたのは、服屋さん。


「今日はとことん、おしゃれするわよ!」


「く、クレアちゃーん?」


「私、友達の服を選んだりとかしてみたかったんだ! エランちゃんかわいいから、腕がなるよ!」


 ダメだ聞いちゃいない。

 これは諦めるしかないのか。


 ……とはいっても、私も友達とショッピングするのは憧れだったから、少し楽しい、かも。


 その後クレアちゃんに勧められるままに、いろんな服を試着させられて。

 何着か、服やスカートを買うことにした。


「そ、その、大丈夫……?

 私、調子に乗っちゃって……」


 店なら出ると、我に返ったのかクレアちゃんが申し訳無さそうにしていた。

 途中から夢中になっていたもんな。


 勧められたものすべてを買った、というわけではないけど、それなりの量にはなった。

 お財布の心配も、してくれているようだ。


 そんな姿に、私はなんだかおかしくなってしまう。


「ふふっ」


「な、なに?」


「いや、クレアちゃん、いい子だなーって」


「は、はぁ!?」


 意外な言葉だったのか、私のセリフにクレアちゃんはあっけに取られたあと、顔を赤くしていく。

 本当に表情がころころ変わるなぁ。


「ありがとう、心配してくれて。

 大丈夫だよ、私も楽しかったから」


「そ、そう?

 なら、よかった」


 ううん、クレアちゃん、良い子だなぁ……持って帰りたい。帰る場所一緒だけど。


 その後も、私はクレアちゃんに案内されるまま、ショッピングを続けたり、ご飯を食べたり、街を見て歩いたり……

 師匠としか歩いたことのなかった私にとって、全部が新鮮だった。


 楽しい、楽しい、楽しい……!

 だけど……

 私は、周囲を見回す。辺りは、そろそろ暗くなってきた頃。


 人がたくさん、歩いている。

 人、亜人、獣人……いろんな種族が歩いているその中で、やっぱり……


「エルフだけ、いない……」


 宿では、そういうものかと思っていたけど……

 これだけ広い国で、人がたくさんいるのに、ただの一人もエルフを見ないなんて。

 あのきれいな金髪を、見逃すはずがないし。


 師匠と同じ、エルフだけ、いない。


「ねえ、クレ……」


「あっ、エランちゃんあれ! クレープ!

 食べていかない!?」


 湧いた疑問をぶつけようとしたけど、はしゃぐクレアちゃんはすっかり別のものに興味津々だ。

 指さす先にあるのは、屋台。


 そこに、クレープというものが売っている。


「クレープ……聞いたことあるけど、食べたことない」


「でしょ! 行こ!」


「あっ、でも今から食べたら晩ごはん……

 もう、しょうがないなあ」


 クレープとは、甘くクリームがたっぷり乗っていると聞いたことがある。

 未知への興味、それに先に行ってしまうクレアちゃんの姿に、私はさっきまで浮かんでいた疑問も忘れて、追いかける。


 初めて食べたクレープは、とてもおいしかった。

 友達と一緒だから、余計においしいのかもしれない。

 

 満足の一日だった、今日。

 けれど、宿に帰ってから……クレープを食べたからあまり晩ごはんが入らないことを正直に話したら、肝っ玉母さんに叱られてしまった。


 食事は必ずしも宿で取らなきゃいけないわけじゃないけど……今日も食べるって言っていたから、作って待っていてくれたんだ。

 悪いことしたな。

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