第12話 あたたかい人たち



「んんんー……おいしー!」


「あはは、そりゃなによりだ」


 机の上に並んでいる、料理……目の前にある、あたたかいご飯を、私は夢中で食べていく。

 このひき肉はコクのある味だし、スープは体の底から温まる。


 家を出てから、なにも食べていなかった空腹感を除いても……

 これは、おいしい!


「嬢ちゃん、いい食べっぷりじゃねえか」


「そんなに腹減ってたのか?」


「姐さんの飯がうまいんだろうよ」


 こんな大勢の前で食べるのは、恥ずかしいけど……

 その気持ちを上回るくらいに、料理の味がおいしい!


「よく食べますねー」


「んぐ、んんぅぐんまま!」


「……食べ終えてからでいいですよ」


 呆れたように、正面に座るクレアちゃんはため息を漏らす。

 悪いなと思いながらも、私は食事の手が止まらない。


 師匠は料理かじぜんぱんが苦手だったから、誰かの手料理を食べるなんて、久しぶりだ。


「んぐっ……ぷはぁ!」


「どうだいウチの味は」


「はい、とってもおいしいです!」


 この味で、三食付きで宿の値段は銀貨二枚……

 すごくお得だ!


 一気に食べたからか少し落ち着いた。

 少し膨れたお腹を、ぽんぽんと叩く。


「ふぅ。

 私、魔導学園に入学しても寮じゃなくてこっちに住もうかなぁ」


「あははは、嬉しいこと言ってくれるねぇ」


「ダメよ、学園の規則で、生徒は全員寮暮らしなの。

 それこそ、特別な理由でもない限り」


「特別な理由?」


「こらクレア、お客さんにそんな口聞いて」


「お母さんだって似たようなもんじゃない」


「あはは、まあまあ」


 本当に、この二人は仲が良いなぁ。

 ……お母さんがいるって、こういうことなのかな。


「いいですよ、話しやすい話し方で。

 私も同い年の友達って憧れてましたし」


「と、友達って……飛びすぎでしょ」


「ダメ?」


「……ダメじゃないけど」


 ふいっっと顔をそらす、クレアちゃん。

 ちょっと耳が赤いのは、もしかして照れているのだろうか。


「コホン。

 それで、話の続きだけど」


「続き……あ、特別な理由っての」


「えぇ。例えば、実家から通わざるを得ない……親が病気とか、人によってはね」


「そうなんだ」


「そういえば、エランちゃんの両親は、よくその年で娘を一人で送り出したわね」


「あ、私両親居ないから、師匠が……あれ?」


 軽い雑談、そのつもりで会話を続けていたけど、急に空気が重くなる。

 な、なんだ……どうしたんだ?


 特にクレアちゃんなんか、顔を真っ青にして。


「ご、ごめんなさい、私、そんなつもりじゃ……」


 ……んん? どんなつもり?


「ご、ごめんよエランちゃんウチの子が。

 まさかその、複雑な家庭事情だとは……」


 次いで、肝っ玉母さんが謝ってくる。

 ふくざつなかていじじょう……?


 ……あぁ!


「そういうことか。

 大丈夫ですよ、私気にしたことないので」


 みんなは、私の両親がいないという言葉に、衝撃を受けたのだろう。

 けれど、そんなこと心配する必要ないのに。

 優しい人たちだなぁ。


 けど、そっか……両親がいない、って話はしてなかったっけ。


「私を育ててくれたのは、私の恩人で、魔導の師匠なんです。

 師匠が言うには、雨が降る中道端に倒れていた女の子を拾って……それが、私だそうです」


「倒れていた、って」


「それ以前の記憶はなくて。

 だから、両親とか言われてもピンとこないんですよね」


 それに、今日ここに来るまで、師匠と二人暮らしだったんだ。


「いわば師匠が、私のお父さんみたいな……

 って、みんなどうしたんですか!?」


「うぅ……!」


 師匠のことを早くも懐かしんでいたけど、ふと肝っ玉母さんが、みんなが泣いていることに気付く。

 な、なになに、何事!?

 私なんかやっちゃいました!?


 慌てる私。その手を力強く握って……


「エランちゃん、私のことはお母さんだと思って、甘えて良いんだからね!」


「……へ?」


 唐突に、肝っ玉母さんはそんなことを言った。

 お、お母さんって……急すぎない?


 もしかして、両親がいない私を励まそうとして……?


「嬢ちゃん、これ食いな」


「俺も、遠慮すんな」


「欲しいものがあったら遠慮なく、言うんだぞ」


「えぇえ!?」


 それだけじゃなくて、他のお客さんからそれぞれ、一品ずつおかずを貰った。

 な、なんだか悪いような……


「人の好意は、素直に受け取っておくものよ」


「クレアちゃん……」


 机に肘をついて、手のひらに顎を乗せているクレアちゃん……

 その目は、少し涙ぐんでいるように見えた。


 まったく、みんなお人好しだなぁ。


「あ、ありがとう、ございます」


「おうよ!

 俺は冒険者のガルデってんだ、よろしくな」


「同じく冒険者のケルだ」


「同じくヒーダだ」


 お客さん……いや冒険者と名乗ったおじさんたちは、気のいい人たちだ。

 握手を求められたので、それに応える。


 う、嬉しいけど人に酔っちゃいそう。


 とはいっても、こうして初めて来た場所で、人とのつながりができるのは、幸先が良い。

 私からも積極的にいけば……もっと、知り合いができるだろうか。


 周囲を、見回す。

 そこには人や亜人、獣人が楽しそうに喋っている。

 いいな、こういうの……


「……あれ」


 っそこでふと、私は違和感を覚えた。

 師匠のことを思い出したから、というのもあるのかもしれない。

 ここはいろんな種族も集まる宿屋。最近は人が少なくなってきていると言っていたから、ここにすべての種族が集まっているわけではない、のかもしれないけど。


 ……エルフ、いないんだな。


「……?」


 まあそういうこともあるだろう。

 それに、あのきれいな金髪は目立つから、こういった場所は好まないのかもしれない。


 その後、優しい人たちとのお喋りを楽しんだ後、私は部屋に戻った。

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