第10話 案内された宿
通行証は、また日を改めて作ってもらうことにした。
場合にもよるけど、仮ではなく正式な通行証を作るには、時間が掛かるらしい。
いい加減、お腹も空いたし。もっと、時間に余裕があるときにしよう。
ちなみに正式な通行証は、身分証明書のもうな役割も果たしてくれるらしい。
たとえば冒険者なら『冒険者』、魔導学園在籍の生徒なら『魔導学園在中』と、自分の立場によって書かれることが違うとのこと。
「ま、それよりもご飯っ、ご飯!」
一応、宿までの簡単な地図は書いてもらった。
あのおっぱい大きい受付さん、とても親切だ。
安くて、近くて、ご飯もおいしい。それに、看板娘もかわいい。
こんな好条件な宿に巡り合えるなんて。
私は運がいい。
「あ、ここかな」
地図を頼りに、時に人に道を尋ね、ついにそれらしき所へと到着する。
わかんないことは人に聞くべし、とは師匠に教わっていた。
えっと、宿の名前は……『ペチュニア』か。
「……うん、間違いない!」
宿の名前も合っているし、ここが案内された宿で間違いはない。
結構、大きい建物だ……石造りの、ちょっと丸っこくてかわいい。
桃色の屋根が特徴的なこの宿。
入り口はギルドのとこと似ているな。
「よっし。いざゆかん!」
宿を見つけるや、私のお腹がもう待ちきれないと言うように、ぐぅぐぅ暴れまわる。
寝床、それにようやくご飯にありつけるんだ!
私は、扉を開けて宿の中へと入る。
「いらっしゃい」
中に入ると、さっそく声をかけられる。
声の主は正面……受付のようなところに、立っていた。
なんというか……肝っ玉母さん、みたいな感じだ。昔本で読んだことがある。
この人が、看板娘……?
確かに、気さくな感じはするけど……
「おや、見ない顔だね」
「あ、はい。
えっと、この国に来るのは初めてじゃない……だけど、初めてで」
まず、初対面の人には敬語。これも師匠から教えてもらったことだ。
ギルドのおっぱいの人とも、それで話がスムーズに進んだんだから。
あ、盗賊は初対面でも論外だから。
「あはは、おかしな子だね。
この宿に泊まりたい、ってことでいいのかい?」
「あ、は、はい」
私がしどろもどろとしていると、肝っ玉母さんが私の意図を汲んだように言葉を繋げてくれる。
そうだよ、私、しっかりしなきゃ。
宿に来たんだから、泊まりに来たってことでしょ。
「ずいぶん若い子だねぇ」
「えっと……実は、魔導学園に入学するために、この国に」
「おや、もしかして一人でかい? それはまぁ。
ってことはウチの子と一緒だね」
「一緒、って……」
「受けるのさ、魔導学園の入学試験。
だからあんたと一緒、ってことよ。えっと……」
「エランです」
「エランちゃん。未来の魔導士さんだねこりゃ」
初対面の私にも気さくに話しかけてくれる、いい人だ。
店内では、お客さんと思われる人がちらほらいて、ご飯を食べてるけど、私をちらちら見てくる視線を感じる。
変な感じ。
この人からは、そういった変な感じはしない。
「ということは、学園に入学するまでここに泊まる、ってことでいいのかい?」
「よければ……」
「いいも悪いもないさ。
ここはお客さんに心の安らぎを与える『ペチュニア』、泊まってくれるなら大歓迎さ」
き、肝っ玉母さん……!
私を普通の目で見てくれる上に、大歓迎だなんて!
人の温かさに触れ、胸がポカポカしてくる。
「けど、お金は大丈夫かい?」
「はい、問題ありません」
多分。
「まあ、エランちゃんみたいな可愛い子なら、いくらでもサービスしたげるがねぇ」
「姐さん、そりゃ贔屓じゃねえか?」
「だったらあんたらも可愛い女の子にでもなってきな」
途中、他のお客さんからも話しかけられる肝っ玉母さんだけど、慣れた様子でかわす。
かわされたお客さんも、まるでいつもの光景のように笑っている。
それに、姐さんなんて呼ばれている……
お客さんから慕われているんだなぁ。
確かに、オススメしてくれたのは正解だ。この雰囲気大好き。
「ま、そうは言ってもこっちも商売だからね。
あんまり期待はしないどくれよ」
「は、はい。と、泊まらせてもらえばそれで……あと、ご飯も美味しいって聞いて……」
「そうそう、ここの飯は最高だぜ!」
「休めて飯がうまくて、気軽に話せる! こんな場所早々ねえよ!」
私をちらちら見ていた他の客だけど、どうやら悪い人たちでは、ないのかな。
肝っ玉母さんがああいう性格だからか、お客さんも気さくな人が多い。
「あっははは、褒めてもなにも出やしないよ。
それに最近じゃ、客足も遠のいてねぇ」
「なにかあったんですか?」
聞いた限りだと、かなりのいい宿に思える。
なのに、その評判と今いる客の数とは……比例しない。
そりゃ全員が全員この場にいるわけでは、ないだろうけど。
私の質問に、肝っ玉母さんは困ったように笑う。
「たいしたことじゃないさ。
例の魔導学園、最近じゃ国が力を入れているって話でね。そのためにエランちゃんみたいに外から来る人も多いんだよ。
だから、そういった人たちを泊めるために宿屋も増えてきてねぇ」
「真新しいものに目移りしてるって、だけの話さ」
客の一人が、面白くなさそうに言う。
そういえば、この宿の外観、お世辞にもきれいとは言えなかったな……
言い方を変えれば、年季が入っている。
けれど、外から来る人たちにとっては新しい方に行きたがる、ってとこか。
「ま、そのおかげで俺たちゃ、この宿で好きに騒げるんだがな」
「そういうこった、だははは!」
「気楽なもんだねぇ」
笑う客たち。なるほど、昔からこの宿を愛用している人たちにとっては、新しいところに行く必要はないか。
もしかしたら、私にこの宿を紹介してくれたおっぱいの受付さんも、この宿の常連だったのかも。
肝っ玉母さんには悪いけど、使わせてもらう私にとっては、人がいっぱいで宿に泊まれない可能性を考えたら、今の状況のが好ましい。
「さて、話が脱線しちまったね。
ま、お金が払えなくなりそうなら、遠慮なく言いな」
「わかりました!」
「じゃ、部屋に案内を……
おーい、クレア! ちょっと降りてきな!」
話を戻し、宿に泊まる手続き……
といったところで、肝っ玉母さんは背後の階段の上へと叫ぶ。
二階……そうか、二階に泊まる部屋があるのか。
一階は、主に食事のスペースってことだ。
「はーい、なーにー?」
「いいから降りてきな!」
「はいはい」
二階から、聞こえてくるのは女の子の声。
少し気だるげだ。
それから少しして、ドタドタと階段を降りてくる足音が聞こえた。
階段を降りてきたのは、細く白い足。
その体型が、ゆっくり姿を現す。
「なーに、母さん」
「お客さん。部屋まで案内してやんな」
「お客?」
姿を見せたのは……肝っ玉母さんと同じ桃色の髪を肩まで伸ばした、女の子。
色白で、スタイルがいい。それにヒラヒラの服着てる。
まさに女の子って感じの女の子だった。
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